◆03
◆03
翌日。
アントニー邸の扉は粉々になってしまったので、修繕のできる村人を呼んで直してもらうことにした。
その間、アントニーに命令が下った。
「ディレク村の様子を見たい。案内と説明をお願いできるかな」
「もちろんですとも!」
アントニーはかなり気合が入っている。やはり昨晩の事件のせいか。
ハウエルは内心で少しだけ罪悪感を抱いたが、それはそれ。
「ローザ、トンプソン、同行してほしい。何か内政をうまくやるための手がかりが見つかるかもしれない」
「はい、承知しました!」
「御意」
四人の巡察者は、本拠地の城下町、もとい城下「村」へ向かう。
土地は決して豊かとは言いがたい。作物もそれほど多くはない。村の広場には、行商がまばらにしか営業していない。村人の身体もあまり肉付きが良くない。
「現状がこれか」
「左様。我々行政も手を尽くしてはおりましたが、決め手に欠け、なにせ税収が少なきものでして……」
「鉄鉱は加工の途がうんぬんだよね。分かっている、分かってはいるんだ」
しばらく回ると。
「おや?」
鍵付きの農具庫を開けてもらい、見回すと何かを見つけた。
「銃だな」
いわゆる火縄銃である。たった五丁。
「狩りのためか、いや、害獣駆除にも?」
「仰せの通り。しかし資金不足で、この五丁しかこの村にはございませぬ。他の村も似たようなものですな」
「むう、火縄銃か……値段が張るんだね」
「然り。有事の際は、飛び道具は弓弩が主となりますな。弩ですら、決して安くはありませぬもので」
「いまは事が起きないことを願いたいね」
彼はため息をついた。
「しかし火縄銃か。高価、高値なんだな……」
若き領主は、妙にうなずきながら農具庫を出た。
ハウエルが執務室に戻ると、冊子が何部か届いていた。
「あ、それ、主様の王都のお屋敷から届きましたよ!」
「ほう」
「貴族向けの広報ですって。今までは『滝の砦』に届けていたものを、これからはこの城に届けるようにするって、使用人の方が言ってました!」
コスミーが明るい声で説明する。
ハウエルも一応爵位持ちであるので、王都に滞在用の邸宅を持っている。貴族の家にしては小さく、古くて傷んでいるが、使用人が何人か住み込みで働いている。逆にいえば、使用人は「何人か」しか雇う余裕がなかった。
また、王都では近年、活版印刷を採用しているため、少なくとも公的な書籍の類は印刷物として発行される。そのため広報も、貴族の各戸に配れるほどには作れるというわけだ。ハウエルの家に複数部届くのは、どうやら先代、つまり彼の父が何か働きかけたようで、いまとなっては詳細はよく分からない。
もっともこの広報、あくまで貴族向けであり、例えば現代日本の、普通にいう広報とは性質が全く異なる点に注意が必要である。民間向けの広報はまだ存在しないのだ。
ともかく。
「広報か。どれ」
彼は目を通す。
政策の報せ、貴族向けの手続の案内、物資調達の関連での、ギルドの宣伝やその動静。
そして。
「懸賞金!」
彼は小さくその言葉を口にした。
凶賊やその組織――ものによっては武装勢力と呼べるほどの戦力を持った賊軍――または重大な犯罪者、政治犯など、王都の一員として討つべき相手、その特徴などが、ずらりと並んでいる。
そして、荒天領付近の賊も例外ではなかった。
「おお……」
思わず口をつく感嘆の言葉。
この付近には凶賊が多いようで、特にたくさんの賞金首が説明されている。
しかし、どれも一定の戦力を持っていることが書かれている。村の自警団では果てしなく頼りない。
村々で守勢の戦いをするなら、村のまあまあまともな守備設備が機能し、勝ち目はあるが、自警団の側から攻め入るとなると、厳しいものがあるだろう。
しかし懸賞金は欲しい。ついでに賊の貯めていた財産と、できれば戦力としての賊そのものを取り込めれば万々歳だ。
金策は主に懸賞金から。
彼は独りうなずいた。
翌日の会議で、ハウエルは開口一番。
「この領地の到達点が見えた」
一同が顔を見合わせる。
「主様、それはいかなる」
「鉄資源を、最終的に火縄銃に加工して、軍に配備したり売りさばいたりするんだ」
端的な結論。
「火縄銃にですか?」
「確かに高く売れますな」
「武装にもなりますね」
「しかし足りないものがありますわね」
口々に感想を述べる。
「そう。鉱夫や採掘技術者、製鉄技術者、銃器鍛冶、どれも足りない。ついでにお金も足りなければ呼び水もなく、さらに軍というか有事の戦力も少なからず不自由だ」
領主ハウエルは、淡々として現状をまとめる。
どうしようもない領地に対する無力感もあるが、それ以上に、自分たちで何とかしなければならないという思い。
「もっとも、ここ一帯は火縄、弾丸、火薬等についての原料は充分に流通しているみたいだけどね。近隣の地方が市場に供給しているらしい。この村には、買い手があまりいないからか、常駐の商人はいないみたいだけど、それは銃の生産体制が確立してからでも遅くない。鉄もこれから採掘して製鉄すれば、まず材料は足りる」
「その通りです! その見通しは今は現実味が……ちょっとないかな……って思います!」
全くもって正論だった。
「そうなんだけども、見すえるべき到達点が見えたのは、ちょっとした収穫ではあるんじゃないかな。私はそう思うよ。少なくとも、例えば無計画に鉄の採掘にこぎつけるよりは、指向性があるというか、ちょっとは道が鮮明になるのではないかなと」
「しかし主様、それは実現の可能性があってこそのお話ですよ。主様の大まかな展望自体はぜひとも支持したいところですが、お金その他の算段は何か策がおありなのですか?」
「実はないでもない。この冊子を見てくれ」
言って、何部かの貴族向け広報を家臣や官吏に回し読みさせる。ハウエルがある箇所の頁を折って、該当部分に印をつけてあることを示した。
「これは、懸賞金?」
「そう。凶賊たちの手配書だ。懸賞金が掛けられていることが分かる。しかも個人だけじゃなくて、徒党を組んで山野に潜んでいるものも多い。群盗ってやつだな。軍で対抗できる地方領主向けの記述だ。治安の概況図も兼ねているのかな」
彼は腕を組む。
「しかし、掃討について村の自警団を動員するのは不安定では……忠誠心のほども期待はできませぬでしょうし」
「その通り。そこで策を用いる。最初の取っ掛かりさえ突破すれば、あとは余勢を駆ってそれほど難しくなくいける、と踏んでいる」
「ぜひお聞かせ願いませぬか」
ハウエルは策を説明した。情熱的でありながら論理を用い、並みいる家臣全員の協力を心から願うように。
「なるほど。それでどんどん膨らまして――」
「このためには皆の協力が必要不可欠だ。アントニーたち官吏組も、可能な限り出てきてほしいけど、どうかな」
「もちろんですとも! 危険は危険ですが、領主様のお願いとあらば!」
「ありがとう。幸い、酒食の用意は王都の屋敷の使用人たちに命じて、持ってこさせることができる。屋敷のほうには、個人的な資産が少しはあるからね。安物ならたっぷり用意しても、まあ、底を尽くことはない、はず、と思う。滝の砦時代の蓄えがあるからね」
「蓄財ですか?」
ニヤニヤしながらローザが問う。
「その通りだ。だけど不正な蓄財ではない。分かっているはずだよね」
「はい! 分かっています!」
「で、だ。決め手となるものの調合は、その知識のあるトンプソンに任せたいところだけど、いいかな?」
「御意。絶妙な加減で調合してご覧に入れまする」
「いいね。交渉の場は私自身が設ける。もっとも、ローザを中心として協力してもらうけども、進行は私が主体で行う」
「分かりました、がんばってくださいね、私たちもがんばって支えますよ!」
ハウエルはうなずく。
「初っ端から、なかなか歯ごたえのある課題だけど、やるしかないからね。失敗が許されないなら、失敗しないようにするしかない。策士は危険を避けるとは言うけれど、結局は危険なくして成果は無いのも確かだ。皆でがんばろう!」
おお!
ハウエルの挙手に合わせて、彼らも腕を上げた。




