表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
2/30

◆02

◆02


 しばらくして荒天領の本城「つむじ風の城」に着くと、代官アントニーが出迎えた。

「お待ちしておりましたぞ、荒天伯ハウエル殿。ようこそ、といっても、貧相な出迎えで申し訳ございませぬが……」

 ハウエルは尋ねる。

「やはり貧しい領地なのか」

「然り……豪勢にできればよかったのですが、そのような余裕もなく……その代わり官吏は、ここに全員が出迎えておりますれば」

 ちなみに、代官やその他の官吏は、本来は国の臣下であり中央政府所属だが、今回の荒天伯着任にあたって領主直属の家来となるに至った。一種の転籍。出向や与力ではなく主自体が替わるものだ。

 もっとも、忠誠心を期待できるかどうかは、いまのところ分からない。

「ひとまず城内をご案内して、領内の現況をお話ししますぞ。馬は、そこのサクソン、馬留におつなぎしろ」

「御意」

「さあ、行きますぞ」

 勝手が分からないハウエルは、ひとまずついていくことにした。


 城。確かに城だが、籠城戦にはあまり向いていないようだ。

 それほど堅くも見えず、かといって豪華でもない。むしろ貧相という言葉が目立つ。

 そして古く、ところどころ傷んでいる。

 普請、というか修繕修理をしたいところだろうが、その費用もなかなか捻出できないのだろう。できたらとうに行っている。

 これは想像以上に……とハウエルは頭を抱えた。


 一通り城内を案内されたハウエルは、大会議室――とはいっても供回りと代官と数人の官吏を入れる程度の広さしかないが――で話を聞く。

「この領地には四つの村があります」

 北にウェード村、西にサヒダ村、南にシタール村、そしてこの城の隣にディレク村。

 ディレク村は先ほど通ってきたところだが、のどかで牧歌的な……率直にいえば閑散としてあまり発展していない村だった。

 城の隣ですらそうなのだから、残りの村も推して知るべし。

「村々に何か特徴はあるのかな」

「コロクスという特産工芸品がありますが、特産とは名ばかりで、産業の主軸には到底足りませぬ。一方で村々にはやっかいな特徴もあります」

「それは?」

 この地方では、村の自警団が国防を担っている。村々、あわせて二百を動員できる。

 ただし、動員できる、には語弊がある。ディレク村は代官、つまり領主に軍権があるが、他の村では村長が軍権を握っている。代官や領主は、出陣を要請できるにとどまり、村長は断ることが、少なくとも慣習上はできる。

「ひどいな……領主に従わないおそれがあるのか」

「然り。最低限の防衛戦力すら、あまりあてにならないものでございまして」

「むむ……そうだ、鉄鉱山があると聞いたけれど」

「確かに、この城やディレク村からすぐ近くにございます。眠っている鉄鉱石も多いものと推察されまする。ただ……」

 代官は言いよどむが、続ける。

「こんな小さく貧しい領地には鉱夫も集まらず、製鉄や加工もめどが立ちませぬ。しかも、ただ鉄の延べ棒を作っただけでは大して収入が増えませぬ。何か価値のあるものに加工しないとなりませぬが、そういった加工の職人も、集まらぬもので、そもそも何を作るかという問題がありまする」

「なるほど。確か近くに『強装銅』の産地があったね。あれがあればだいたい足りると」

「左様にございます。鉄よりは若干強度が低く使い勝手も一歩及ばないようですが、強装銅でも日常では概ね足りますゆえ」

「むむむ」

 ハウエルは深く息をついた。

「こちらは鉄で価値のある何かを作る、その展望が立たないと。製鉄とその価値を付加する職人、そしてそもそも採掘技術者がいないんだね」

「おっしゃる通りにございます」

 領地の収入は少ない。軍事力はガタガタ。鉄鉱脈はあるが、収益化する見通しはない。そして何より過疎で領民も貧しい。

「課題だらけだなあ」

 ハウエルは頭を抱えた。


 代官アントニーが「では、とりあえず今日の仕事をしまする」と言って去って行ったあと、若き領主は供回りを城の裏庭に集めた。

「主様、いかがされましたか」

 供回りの一人、トンプソンが疑問符を浮かべる。

「本当に、なにかあったんですか?」

 ローザも尋ねる。

「一つ聞きたい。あの代官アントニー、信用できるかな?」

 こんな話、譲り受けたばかりの城内でしては、誰に聞かれるか知れない。

 ともあれ主は率直に問う。別に「信用できない」という結論を得たいがための追認を要求している、というわけでもない……と言いたいところだが、実はそういう意図もある。

 ある行為を承認させるために。

「信用……とはいえまだ会ったばかり。彼が怪しい人物かどうかは、今後じっくり検討すればよろしいのではございませんか?」

「あくまでいまの新鮮な印象を聞きたいなあ」

「新鮮な印象ですか。うーん、貧しい地域とはいえ、代官ですからね。悪事の一つや二つやっていてもおかしくはないかも、ですね」

「あまり疑いたくはないのですが、しかし、ローザの言うとおりでもあります。不正な蓄財あたりは、長年をかければ出来るかもしれません」

「全て妄想の域を出ませんぞ」

 セレスの言葉を、トンプソンはしかし制する。

「そう。いまここで話しても、結局は妄想の域を出ない。だから今夜、がっちりと確認しようじゃないか」

「確認って、まさか」

「そう。領主の権限で――」

 ハウエルはニィと笑う。


 しばらくして。

 月さえ冷える夜に、ハウエルと供回りの姿は、代官邸周辺にあった。

 代官は領主ではないため、城に住むことはできない。そのため城下町や、城の近くに邸宅を建てて住む。

 邸宅とはいっても、やはりこの地方の代官アントニーは、小さな家に住んでいた。

「主様、代官の住処の邸宅がこの程度じゃあ、やっぱり無いんじゃ……」

「無くても意味はあるさ」

「どんなです?」

「後で分かる。……包囲したみたいだな。よし、大槌を打て!」

 ハウエルが合図をすると、家の正門に、盛大に大槌が打ち付けられた。

 夜空を震わす打撃の音。空気は震え、その衝撃を黙して語る。

「打て、扉を叩き壊せ!」

 何度も轟音がとどろく。

 やがて扉が使い物にならなくなると、号令。

「突入だ、捜索しろ!」

 そのころには、驚いて目を覚ました代官アントニーが門前に来ていた。

「うわあぁ領主様、いったいどうされたのですか!」

「セレス、テラ、捕縛しろ! ローザたちは速やかに捜索だ!」

 アントニーは腰を抜かし、その隙に縄を持ったセレスらにきつく縛られていた。

「領主様、どういうことです、何か粗相がありましたらお許しを!」

「それは探した後だ、各人は散らばってくまなく探せ!」

「領主様、どうか、どうかお許しを!」

 アントニーはわけも分からずといった表情だが、とりあえず何かをハウエルが自分に仕掛けようとしているのは分かったのだろう。

「急げ、持ち逃げされてからでは遅いぞ!」

 ハウエルは一喝し、捜索は進む。


 しかし、目当てのものは。

「これだけか、有価証券も他にはない……」

 トンプソンがつぶやく。ハウエルも同じ言葉をのど元で抑えていた。

 蓄財というには、わずかな、それこそ非常時にたやすく吹き飛ぶ程度。

「不正な蓄財には見えないね……領地経営の足しにすらならないほど……」

 ローザが巧妙に隠された本音を示すと。

「お戯れを!」

 アントニーは泣きそうになりながら弁解する。

「確かに蓄財はしました、しかし決して不正はしておりませぬ、しかもこれは非常用の持ち出しで、ぜいたくのための金品ではありませぬ!」

 言うとおりにしか見えなかった。

 おまけにハウエルは、事前の調査で、村々にこの代官が財産や有価証券を隠しているわけではないことも把握していた。

 しかし、シナリオには続きがある。

「そうか。アントニー、あなたには申し訳ないことをした」

「えっ」

「全ては私があなたの忠誠を疑ったからだ。この人もまばらな領地で、せめて日々の辛さを紛らわすために不正な蓄財をしているのではないか、そう考えたんだ」

 アントニーは黙して聞いている。

「しかしここに職務への誠実さは証明された。疑った私が、疑ってしまった私が悪い。私をその手で叩いてくれ」

「エェ!」

 可哀想な代官は、されど首を勢いよく振った。

「領主様にそんなこと、できるわけないでしょう!」

「……許してくれるのか」

「私は許す許さないの立場にありません、領主様の疑いもやむをえぬものです、一層の忠誠を誓います! 必ず誓います!」

「そうか。すまないことをした。改めて詫びよう」

「そんな、領主様……うぅ……」

 完全な被害者であるはずのアントニーは、罪もないのにすっかり縮こまり、勢いのままに臣従の意を示した。

「あなたを内政参与の役に任じたい。やることはあまり変わらないから、引き受けてくれるかな」

「もちろんです! 全身全霊をもって忠勤をお約束します!」

 元代官はひたすら平身低頭だった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ