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◆01

◆01


 その言葉は、絶望か、転機か。

「兵站主幹ハウエル、お前はこの砦から出ていくことになった」

 勇者カーティスは古傷をさすりながらそう言った。


 告げられた、十八歳の青年ハウエルは、当然、その理由を問う。

「なぜですか、私は着任してから今まで、怠りなく、どころか、人一倍に仕事をしてきたつもりです!」

「ハウエル伯爵よ」

 すでに肩書きは「兵站主幹」ではなくなっている。

「戦は専門家の連携で行うものだ。その方針に従って、俺が砦の軍を再編していることは知っているだろう」

「つまり兵站の専門家を?」

「その通り」

「兵站の専門家は私でしょう!」

 大声を上げる若き伯爵。

「確かに私はまだ若輩で、武官として完全無欠とはいいません、しかしこの砦周りの兵站に関しては――」

「ハウエルよ、お前はいうなれば『七十点』だ」

 唐突な点数付け。

「え?」

「お前はなんでも一応はこなせる。各分野の初心者よりは、二回りぐらいは秀でているだろう。しかしそれでは駄目なのだ。専門家を百点とすれば、お前は何につけても『七十点』余りだ」

「それは……確かにそうかもしれません。しかし、もともと兵站管理というのは、あらゆる分野に一定の力を持っていないと、務まらないものと認識しております!」

「俺はそうは思わない。『歴戦の』武官である俺がな。なあ『新人』よ」

「そんな……!」

 絶句するハウエル。

「それに、お前は目立った戦功を立てていない」

「当たり前です。影で支える兵站管理が華々しく手柄を立てることは、仕事の性質上ありません。それぐらいはご存知でしょう?」

 常識的な反論を、しかし勇者は無視する。

「屁理屈はどうでもいい。もう代わりの人材は見つけてきているからな。物流の専門家、元商人のゼーベックだ」

「物流の専門家? 物流と兵站は違います。それすらお分かりでないのですか!」

「勇者を物知らずと侮辱するのか?」

「……くっ!」

 何も言えない。何も言い返せない。

 相手が正しいからではない。正しさだけなら、ハウエルは自分の考えこそが正しいと自信を持って言える。勇者――すなわち「国一番と認められた武官」カーティスが間違っている、と、大衆の前で宣言できる。

 しかし立場が違いすぎる。カーティスは前線の最重要拠点「滝の砦」の城代を務める侯爵。しかも勇者の称号持ち。

 この点、カーティスが侯爵の位に就いているのは、前線で指揮する武官に箔をつけるための、半ば形式的な処置にすぎない。しかれど、ハウエルが伯爵の位であるのも同様であり、そこを攻撃するわけにはいかない。

「しかし、この処置には不服です、王宮の司法院に申し立てをします!」

「国王陛下も納得されたものを?」

 言って、勅令書を見せる。

「なっ……そこまで、そこまで……」

 そこまで逆風は吹くのか。

「待て。よく見ろ。――お前は領地持ちの領主になれるぞ」

 言われて、彼は勅令書をよく読んだ。

 伯爵ハウエルを「荒天」地方の領主に任命する。

「よかったじゃないか。これは栄転だ」

 しかし大きな騙しがある。

「荒天地方とは、確か、資源が鉄鉱脈程度しかなく、それを採掘する技術と資金にも欠け、商業もろくになされず、わずかな農村しかない地域……」

 要するに左遷である。これを栄転と言い放つカーティス。

 そこまで勇者は手配をしていたのか。性格の悪さにかけても、目の前の男は国一番であろう。

「どちらにしても地方領主になれるんだぞ、よかったじゃないか!」

 ハハハと豪快に笑う。

 これは演技だ。彼はそう直感した。

「覆せないということですか」

「なに、全てにおいて少しは結果が出せるお前なら、広い能力を求められる地方領主も務まることだろうよ。ハッハッハ!」

「……勇者カーティス様」

 荒天伯ハウエルは決然として言った。

「最後に栄光を手にするのは私です。この運命を打ち破って、あなたに絶望を味わわせて差し上げましょう」

「おっ、おもしれえ。頑張れよ、ハハハ」

 青年は、打ちひしがれつつも、捨て台詞を吐き、城代の部屋を退出した。


 勇者カーティスは、ハウエルが嫌いだったのかもしれない。ハウエル自身にはよく分からないが、ありうるといえばありうる。

 しかし、勇者の最近の編制方針は、明らかに専門家を重視し、各々のスペシャリストたちを大将たるカーティスが束ねるというものだった。

 ハウエルが嫌いだったかどうかは確信が持てない。兵站を軽視していたわけでも決してない。現に勇者は、物流の、ではあるが専門家を後任に選んでいる。

 不運の伯爵が半ば追放されるのは、やはりカーティスの、専門家ドグマとでも呼ぶべき教条によるものであろう。

 いずれにしても、勅令である以上、左遷先、絶望の領地へ赴任しなければならないが。

「ローザたち、よく来たね。今日は……悪い知らせがある」

 空いていた部屋で供回りを呼んだ彼は、このことを話した。


 数日後、後任の元商人に引き継ぎを終えたハウエルは、荒天地方へと馬を歩かせていた。

 供回りたる、自分直属の家臣、十五人を引き連れて。

 人数が多いのでは、という疑問もあるかもしれない。しかし兵站管理は、情報、設営など様々な要素のもとに成り立っているため、それぞれについて管理の中枢たる彼を多面にわたって、家臣団が補助する必要があったのだ。

 なお、他にも部署に人はいたが、その者たちの主君はこの国「月花王国」自体であり、ハウエルの家臣ではない。指揮命令の都合で、いわば借りていただけだった。だからその者たちは同行していない。同様の理由で直属の兵士や部隊もいない。

 とにかく、領主となる伯爵は、道中でも悲しみを引きずっていた。

「はぁ……」

「主様……」

 筆頭の家来であり、歳が近く古くからの仲でもあるローザが、気づかわしげに見る。

 すると彼女、何か妙案をひらめいたようで。

「主様、ほら、見てください」

 彼女は、その大きな乳を、自分の手で揺らした。

「ぷるぷる、ぷるぷる」

 大胆極まる行動である。道端でこれを行っているのも、ある意味驚嘆に値する。

 しかし彼は。

「はぁ……」

 大して気にすることもなく、またうつむいて地面を見る。

「これは重症ですね。私のおっぱいに喜ばないとは」

 しかし彼は無言。

「ローザ、そっとしておいてあげましょう」

「そうですわ。間違いなく大変な出来事ですもの」

「それよりご飯のことでも考えようよ!」

 彼女の友人、セレス、テラ、コスミーが口々に言う。三人とも女性である。

「むー。だけど心配ですよ、私は。……それなりの期間、前線の砦で、勇者とともに戦場を駆け抜けたのに――」

「兵站管理は本営付将校ですよ。駆け抜けはしません」

「駆け抜けたのに、当の勇者からはこの仕打ちです。専門家を束ねるとかいう教義ですか、あれに毒されて、なんでもできる主様を追放なんて」

「それは、そうですね。勇者の性格の悪さもありますし有名ですが、それはともかく……その戦闘教義、というか編制の信条自体は一概に間違ってもいませんが、組織には主様のような人材もいないと、かえって危ういのでは、と私などは思うのです……」

 セレスが慰めるように話す。

 ローザは諦めずに、もう一度ハウエルのほうを向く。

「まあ、主様、もうこれは新天地に賭けるしかありませんよ。前評判ではなかなか難しい領地ですけども、探せば何か見つかります。それに、そもそも私たちは、なんだかんだ言って生きているんですから。受けたのはせいぜい、勇者の底意地の悪い嫌味ぐらいですし」

「ローザ、それは少しばかり極端ですよ」

「いや。極端でもありません。今回失ったのは、貴族の位でも仲間でも命でもありません。いくらでも浮き上がる機会はありますよ。みんな主様の味方ですから、がんばって、いや、最初は無理をしなくてもいいので、私たちに頼りながら、領地の現状をどうにかしましょう」

 ローザの話を聞いて、ハウエルは。

「……そうか、そうだな」

「あ、主様がやっとしゃべってくれました!」

 少しずつやっていくしかない。

 追放の無念は、少しずつ流していくしかない。領地は徐々に上向きに、名誉はこつこつと回復していく。

 勇者に直接、目にものを見せてやる機会は、あったとしてもずっと先のことだろう。しかし急ぎはしない。領地の予備知識を鑑みるに、いまはそれどころではない。雪辱はゆっくり、機を見て進めていけばいい。

 まだ当分は心が曇り、身体は慣れず、ときには失ったものに涙するだろうが、それでも前を見るしかない。

 いまは現状の道を、少しずつでいいから進んでいくべきだ。

 振り返っても戻れないのだから。

「やるしかないんだな」

「あ、主様、どうです?」

「まだ衝撃は大きいよ。でも、とりあえず前を見る気にはなった。ありがとう。これからも、というかこれから大仕事になるだろうけども、ついてきてくれるかな」

「もちろんですよ! 主様のためなら頑張ります!」

 陽射しが少し暖かかった。


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