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◆26

◆26


 とはいえ、仮にも領主として多少は名を馳せているハウエルが、鉱夫などのふりをしてその中に入っていくのは、いささか無理というものである。

 ということで、彼はトンプソンとローザに指示を出した。

 二人が鉱夫とその妻であるという設定である。しかしローザは難渋した。

「私は嫌です。私の良き伴侶となる人はトンプソンではなく……いや……私、まだ独身なのに、既婚者のふりをするのは、なんか貞操の面で嫌です」

「……そうか、そうだな、すまなかった。じゃあ親戚、例えば叔父とめいというのはどうかな」

「……それならいいですけど、うーん」

「ローザ、これは私にはできない任務なんだ、不満は分かっているつもりだけど、一つ頼まれてくれないかな」

「分かりましたよ。どうせ選択肢なんてないんです。せいぜい大活躍してみせますよ」

 渋々ながらローザは了承し、潜入任務に着手した。

 ハウエルのすべき仕事は、主に城内で晩学伯とともに審問をすることである。

「住民の動きに関係のありそうな人物、ですか」

 審問を受けている重臣は、首をかしげる。

「我ら官吏の側にはいないように思えますが……」

「そうですよね……」

 ハウエルはあごをなでつつ、晩学伯に尋ねる。

「直接住民との窓口となっている人はいますか」

「いないではありませんが……」

 現在のこの世界の文明は、おおよそ近世レベルである。まだ民主主義は根付いておらず、住民が、その地方政府に直接物を言うための窓口は、発展していない。

 もっとも、住民と全く断絶していては政治にならないので、住民側とのやり取りをする官吏はいる。

 カーティスの計略の対象になる、または巻き込まれたり何か異変を観測している者が、地方政府側にいるとすれば、そこではないかとハウエルはにらんだ。

「呼びましょうか」

「ぜひ。できれば上司格の人からも話を聞きたいですが……聞き出すのは個別にしたほうがいいですね。上司の前ではできない話もあるでしょうし」

 彼は少しでも事情を知るべく、晩学伯に促した。


 しかし。

「不審な兆候ですか。特にそういったものは、それがしの目が節穴なだけかもしれませんが」

「申し訳ありません、わしには心当たりは全く」

「誰かからそそのかされている者、ですか。私めのみる限り、怪しい動きを見せている部下は見当たらのうございましたが」

 会計帳簿も見てみたが、特に追及できそうな痕跡は見当たらなかった。

「ないですね」

「ないですな……」

 なお帳簿には、その他の関係ない不正の跡もなかった。事前に消し去ったのでないとすれば、晩学伯はかなり清い政治を敷いていることとなる。

 指導者がそうであるなら、やはり地方政府側には曲者はいないのだろう。

「今回は機密であろう帳簿まで見せていただき、まことに恐縮の限りです」

「いえ、それで問題解決につながるなら、荒天伯殿にはお世話になっていますし信頼もできますから」

 あいさつ。

「しかし、こうも無いとなると、あとは城下の間者からの報告を待つしかないようですね」

「そうですな……おとなしく待つとしましょう」

 少々奇矯な点はあるものの、ローザは頼りになる。トンプソンは奇矯な点もなく安心して色々任せられる。晩学伯の間者たちも頼れるのだろう。

 二人はそろって、小部屋から会議の間に移動した。


 結論からいうと、間者組からの収穫はあった。

「鉱夫組頭の数人が、勇者カーティスと接触していたみたいです」

「勇者本人が?」

「はい。お金の動いた跡もあります。蜂起の気配は、カーティスが組頭たちを買収し、その野心をたきつけた上で、組頭たちを通して鉱夫を煽っていたようです。それをカーティスの手の者が強引に伝播させて、蜂起の機運を作り上げたみたいですね」

「カーティスは暇人なのかな。前線をほっぽって何してるんだろうね」

 ハウエルは怒り半分、呆れ半分で話を聞いた。

「とはいえ相手は勇者カーティス。しかも本人が来ているとのこと。彼はただの武辺者ではなく頭も悪くないと聞きます。これは難敵なのでは」

 一方の晩学伯は本気で心配しているようだ。

 そして、ハウエルも決してカーティスをどうでもいい者として考えているわけではない。

「まず接触した組頭たちを、がっちり特定して会いに行きましょう。一箇所に呼ぶのではなく、個別に会いに行きましょう」

「罰を与えるのですか?」

「とんでもない。組頭たちと対立しては相手の思う壺。カーティスは鉱夫たちへの待遇を通じて憎悪を煽るやり方のようです。こちらは誤解を解いたり、ときには金の受け取りを指摘しつつも、鉱夫たちの頑張りを認めて友好を回復する方法でいきましょう」

「しかし、金を受け取った組頭は、それを拒むのではありませんか。金の力は、ときに誠意も理非の弁も通じなくさせると私は感じています」

「そうですね。その懸念はあります。そうなったら少しばかり脅すしかありません。そのために屈強な検査員を何人か連れていきましょう。もらった金を力で捜索するのです」

 いつもの強引な手口に、ローザが呆れる。

「またそういう無茶するんですか。まあ私ももちろん力をお貸ししますけども」

「確かに強引な感はぬぐえない。けれど、晩学伯殿、捜索は必ずしも身柄拘束や訴追を意味しません」

「ほう?」

「あくまで我々がすべきは説得です。証拠を目の前にお出ししつつも、平和的に説得することは可能であると考えます」

「それ、もう脅し入ってませんか?」

「ローザ、脅しの一歩手前で止めるんだよ。それが為政者のケンカというものだよ」

「おお、怖いですね、主様は」

「ローザ殿……。それがしは主様の意図するところは分かりますぞ。鼻先に物証を突き付けつつ、事を荒立てないことは、充分に、とはいえないまでも、そういった流れにすることは可能でしょうぞ」

「その通りだよ、トンプソンは理解が早くて助かる」

「うへ、物騒な、まあ命令には従いますけどね……」

 ローザが苦笑する。晩学伯は言葉こそ少なかったが、どうも理解はできたようで、ハウエルはそこが助かったところであった。


 領主たちが直々に組頭たちと談判。

 なお、場所は首謀者と目される者の家である。

 いつでも家探しできるように、もとい「呼び出しでは心苦しいと考えて」場所を指定したものである。

「全て聞いているぞ。カーティスから金をもらって今回の騒ぎを起こしたんだってね」

「金? とんでもない、誰から何かをもらうまでもなく、おれは待遇改善のため立ち上がったのですぞ。全ては鉱夫の正義のために!」

「カーティスと接触したことについては?」

「誰だか知りませんが、誰かの入れ知恵ではありませんぞ」

 取り付く島もないといった様子。ハウエルはローザたちに指示した。

「探して」

「合点承知!」

 言うと、ローザ、トンプソン、検査員たちがいきなり家探しを始める。

「ちょ、ちょっと、何をするんだ!」

「金を探しているんです。やましいところがなければ、そんなものは出てこないでしょう」

「いい加減にしろ、おい、やめろ!」

 組頭はローザに挑みかかるも、ローザは彼をつかみ、投げ飛ばし、追撃で蹴りを何発か入れてのけた。

「かはっ……こ、こんな横暴」

「あ、晩学伯様、ハウエル様、不審な金を見つけました」

 検査員がそのブツを持ってくる。

 大量の金貨。組頭が持つような額ではない。

「密約の走り書きも見つけました」

 何者かの計画と協力を乞う旨が書かれたもの。計画の記載は、組頭たちが起こした行動、およびローザらが探った情報とほぼ同じであった。

 その筆跡は勇者のものであったが、さすがにそれだけで勇者訴追を果たすには無理があるだろう。

 しかしそれでもよい。ハウエルとて現時点で勇者に直接反撃をしようとは思っていない。

「くっ……」

 検査員が強引に調べ、物が散らかり荒れた部屋で、組頭はむむとうなる。

「さて、それらしい物証は出てきたわけですが。どうも事実は先だってのお話と違うようですね」

「しかし……おれは何もしていません!」

「強情ですね。ところで私たちが望んでいるのは、別にあなたの処罰ではありません」

「むむ?」

「私たちとて事を荒立てたくはないのです。この家が検査によって散らかったように、あなたの命も散らせたくはないのですよ。それではわだかまりが残るだけだ」

 組頭は言葉の途中で目をむき、絶句したように息を止めた。

「嘘も方便。悪事を正直に吐く義務を観念するのも酷というもの。これを罪とするなら、あなた方が責任をもって鉱夫に説明と鎮静を求めるのが、最も建設的と考えますがいかがですか」

「むむ……脅しですかな?」

「脅しとお考えなら審問を開きますか、ああ、その前に『尋問』で身体に事情を聴くことになりそうですね。ちょうど尋問に詳しい配下も私にはいることですし」

 トンプソンが静かにうなずく。

「どうみても結構な譲歩を我々はしていると思いますが。これ以上というなら晩学伯殿のご意向によって、法と秩序による峻厳な措置をするしかなくなります。他に何かありますかね?」

 組頭はしばし無言、そして。

「罪には問わないと約束してくれますか」

「約束します。この騒動をあなた自身によって鎮めてくれるならね。それで構いませんよね、晩学伯殿」

「うむ。私としても、それで事が済むなら」

 うなずく晩学伯。本来はここの領主は彼であり、彼が前面に立って交渉等をすべきであったが、ハウエルはその点を責めても仕方がないことを知っていた。

 まして硝石調達で世話になっている身。下手にがめつい要求はできない。

 ともかく。

「分かりました。おれから他の組頭や鉱夫に説明して、矛を収めてもらいましょう」


 その後、金をもらっていた組頭による説得や説明は誠実に行われたようで、鉱夫たちは賃金の水準等について一応は納得した。

 蜂起の気運は徐々に鎮まり、改めて圧政を敷かない限り、今後武力衝突に発展するおそはないだろう。

 ハウエルも帰ることにした。

「とりあえず事は収まったようですし、私たちはひとまず領地に帰らせていただきます」

「そうですな。こたびのご協力、まことにありがとうございました。貴殿の領地の切り盛りもあるところを、わざわざいらしていただき、大変恐れ入りました」

 晩学伯は頭を下げた。その様子に、この言葉がただの建前であるような気配はない。

「こちらこそ、機密にもかかわる会計帳簿を見せていただいたり、談判に従者を引き連れさせてくださったり、大変恐縮しております。もしご迷惑でなければ、お困りのときには援助を惜しまない所存です」

「心強いお言葉、ありがとうございます。これからも私たちの硝石をよろしくお願いいたします」

「委細承知しました。あまり長々としても晩学伯殿もお疲れでしょうから、まずはこれにて」

「そうでしたな。ゆっくり領地で疲れを取ってください」

 ハウエルらは馬車に乗り込んだ。

「それでは、これにて。ご健勝をお祈りしています」

 晩学伯が「今後ともよろしく頼みますぞ」と言うと、馬車は走り出した。



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