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◆27

◆27


 馬車の中でローザがからかうように。

「長いんですよ、あいさつ」

「仕方がないよ。礼は尽くさないと」

 ハウエルの言葉に、トンプソンも同調する。

「特にこたびは問題に特別に介入させてもらった身だ。仮にも他人の領地に割り込んだ以上、嫌われてもおかしくはなかったのだぞ」

「それは分かってるけど……なんか面倒だなって思うんですよ」

「とはいえ、晩学伯殿の感謝の言葉は、建前だけではない様子だった。だからなおさら礼を尽くさなければならない。自分から味方を減らすのは感心しないからね」

「誰がですか?」

「私自身がさ」

 ハウエルはそういうと「ふあぁ」とあくびをした。

「お疲れのご様子ですな」

「なにせ他の領地での事件だからね。そりゃあ疲れもするさ」

「私がもみほぐしますよ。全身。くんずほぐれつ念入りに。そして高まった二人は燃え盛る愛を体験するのです!」

「なんか寝言でも言った?」

「うぅー!」

 またしてもトンプソンが「なんだこれ」といいたげな視線を向けていた。


 それからしばらくして。

 ハウエルがディレク村の領内巡察に出ると、異変の兆候があった。

「みんな、おはよう」

 彼が軽くあいさつすると、一部の村人は「ひ、人食い!」などと意味不明な声を残して、素早く家の中に退散する。

 そうでない村人も、身分の差からとも思えない緊張で身体をこわばらせたり、「ひぃ」と言って逃げ散る。

「どういうことかな。おおい、そこのルーカス、なんかあったのかな?」

 水を向けられた村人も「お、お許しを!」などと悲鳴を上げて逃げる。

 同行している官吏も首をかしげる。

「これじゃ巡察にならないね」

「左様で……」

「何かあったに違いないな。きっとまた勇者がらみだろうな……。まず巡察してもこれじゃ意味がない。大人しく城に戻って事情の把握に努めよう」

 ハウエルは不本意にも来た道を戻った。


 そこでまたローザとトンプソンを……だけでなく、いま自由に動ける供回りも、可能な限り領主の執務室に呼んだ。

 そして始まる相談。

「ディレク村に何か異変がある。この調子だと、ウェード村、サヒダ村、シタール村にも何かあるだろうね。領主のひざ元ですらこうなんだから」

「異変? どんなです?」

「なぜか私を異常に怖がっているんだ。人食いとかなんとか」

「人食いぃ?」

 ローザは表情をコロコロ変える。

「私、決して文明的な都会人ではないですけど、よっぽどの未開の地か兵糧攻めの末期でもない限り、人食いなんてないことぐらい知ってます」

「そうだよね。たぶん、今回も勇者の計略が入っているんじゃないかな」

 ハウエルの言に、トンプソンがうなずく。

「特にこたびは民心に対する攻撃ですゆえ、自警団の動向が気がかりですな。カーティスの最終目標も、自警団の反乱にありそうな気がしまする。機動半旗は、さすがにまあ、そうはならないでしょうけれども」

 上官の命令に従うための訓練をしているから。ハウエルに恩義があるから。

 知力で偽計を見破れるから……というのはさすがに無理がありそうだが、しかしそれでも、機動半旗は簡単には乗せられないだろう。

「トンプソン殿、まずは現状の把握が先ですわ」

 そう言ったのはテラ。

「この異変が、どういった物事をきっかけに起きたのか、カーティスはどう関与しているのか、原因を断たなければもとの状態を回復できない以上、まずは原因を探さないとなりませんわ。そうではなくて?」

「その通りだな。ただ、最低限の到達点は自警団の反乱の阻止ではないかと」

「いや、そうでもないよ」

 領主ハウエルが割って入る。

「むしろこれは好機かもしれない。全容を把握しておいて民に説明をしつつ、自警団は泳がせ、反乱を起こしたところを機動半旗で叩き潰す」

「むう……そのお心は、あえて自警団を打ちすえることで、今後の完全な従属を約束させる、といったところですかな」

「その通り。トンプソンは毎度頭が切れるね。……まあ、自警団以外の民にまで溝ができては仕方がないから、慎重にせざるをえないけども。そのためにも、できるだけ詳しい手がかりを集めなければならない。みんな、各村に行って調べてきてほしい」

「それがしは異存ありませぬ」

「私も異議ありませんわ」

「わ、私もですよ主様!」

 口々に賛同の意を述べる。

「よし、じゃあ行ってらっしゃい。私自身は、動いたところで誰からも教えてもらえそうにないからね……」

 彼は少しだけ寂しそうにこぼした。


 トンプソンは、ディレク村を訪ねてきた旅人になりすまし、近くで畑を耕していた民に話しかける。

「どうも、こんにちは」

「おお、よく来なさった」

 ハウエルの巡察のときとは打って変わり、柔和な笑みを浮かべる。

 どうやらこの村人はトンプソンの正体には気づかなかったようだ。無理もない。彼は基本的には領内巡察などしないからだ。

「どちらから」

「西方から。イスパティリヤから参りました」

「おお、それはそれは、ずいぶん遠くですなあ」

「旅をしているのは事情がございますゆえ、これ以上は……」

「それはすまなんだ。お上がりなされ」

「かたじけのうございます」

 彼は言葉に甘え、ついでに家の中や民の様子、噂などあらゆる切り口から、可能な限り事情を探ることにした。


 村人はニコニコしている。

「粗末ではありますが、紅茶でもどうですかな」

「かたじけない……ところで」

 トンプソンは慎重に切り出す。

「この村、何かあったのでございましょうか」

「むむ……なぜそう思われたので?」

「何かにおびえているかのような気配がありますゆえ。しかも村人同士のいさかいという感じもいたしませぬしな」

 あくまでもじっくり、真相への接近を試みる。

「……実はその何かがあったのです」

「むう。それがしとしても、滞在する村のことは知っておきとうございます。よければお教え願いませぬか」

「……分かりました。まずこちらの文書をご覧あれ」

 字を読めるのであろう、その村人は棚から何かの文書を引っ張り出した。


 しばらくして、ハウエルはトンプソンの報告を受けた。

「なるほど。私と機動半旗が村人たちを食い物にしようとしていると」

「然り。物理的にだけでなく、搾取などといった意味でも『食い物』にするつもりである、との怪文書が出回っております」

 言って、トンプソンは村人からもらった文書を見せる。

「これはディレク村でもらったのかい?」

「然り。ただ、ウェード村などの他の村々でも同じような怪文書が流れているようですな」

「うぅん……配って歩いた者の素性は分かるかい?」

「一部に、勇者の手の者が紛れていたとの話がございまする。たまたまその親戚筋だという村人が話しておりました」

「勇者か。明らかに……」

 明らかに離間の計である。それも自警団を動かそうとするものだ。

 もちろん、自警団の中には、これを荒唐無稽な流言だと見破る者もあるだろう。しかしそれを口にするということは、すなわち領主ハウエルの擁護となる。

 自警団は決して彼に友好的ではないことを考えると、たとえ一部が見破ったとしても、その口をあえてつぐむだろう。自警団全体としてはハウエルを糾弾し、攻撃し、ひいては武力でその政治の転覆を図ろうとしてもおかしくない。

 もっとも、先だって彼が言ったように、自警団が反乱を起こしたら、これをより堅い帰順の好機とする腹積もりではいるが。

 むしろ、ハウエルが仮に説明を尽くしても、なお自警団が刃向かってくるなら、これはもはや彼の側に大義がある。心置きなくその理非を分からせてやれるところだ。

 ……逆にいえば、説明を尽くす必要はあるようだが。

「この怪文書について、村長や自警団の組頭たちに説明する必要がありそうだね。召集手続に入ってほしい」

「おそらく荒れますぞ。素直に鎮まるとは思えませぬ」

「そうなったら爆発するしかないよ。トンプソンだって、自警団などのあれこれに終止符を打つ必要は感じているだろう?」

「それは……それで解決するなら」

「そもそも」

 ハウエルはいつにもまして真剣な目をする。

「領内の武力が領主……というか代官か、ともかくそれにあまり忠実でなかった、これまでの状況のほうがおかしいんだ。私が一から直属の武力、機動半旗を確保する必要があったという、それからして異常なんだ。いざとなればここらへんで、領内に巣食う身勝手な勢力はツケを払うべきときなんだろう」

「まあ、そうですな。それがしも最初に自警団のあれこれを聞いたときは驚きました」

 ハウエルは、しかし、ひとまず説得と説明は試みることにした。

「とにかく召集だな。まだ武力衝突は起きていないから、アントニーとも協力してほしい。彼は案外、戦以外でなら役に立つと思うよ」

「御意。それではひとまず、これにて」

 伯爵は、信頼している家来が去るのを見送った。


 各村の村長、自警団組頭たち、そして領主側数名を交えた会議。

 領主側は領主ハウエル、ローザ、トンプソン、アントニーが列席。

 いずれもいまのハウエルにとって、信頼のおける配下たちだ。ローザが一見心配だが、重要な時に失策をするような従者ではない。充分に信じられるという判断だった。

 しかし肝心の会議は……。

「わしにはこの文書が真実を突いているとしか思えませぬ!」

「本当になにかにつけ自警団をないがしろにして、散々搾取した後に焼いて食うつもりでありましょう!」

「飛燕地方の救援も、機動半旗を温存して、我らばかりこき使ったのを、我々は忘れていませんぞ!」

 荒れに荒れた。

「飛燕地方の救援は、充分に趣旨を説明したつもりですし、実際やむをえないことだったと認識しています」

「だからって、長年この地を守ってきた自警団にばかり押し付けて、ねぎらいの言葉だけで済ませるのが領主のやることですか!」

 それが領主に投げる言葉か。

 戦働きもしていないのに、国が一丸となってすべき国内の災害救援で、恩賞をねだるつもりか。

 長年この地を守ってきたとは、軍事力を背景に代官を圧迫して、我が物顔で居座ることか。

 ハウエルの中で、様々な言葉が駆け巡った。

 しかし、ここで怒ってはどうにもならない。

 あくまでも相手がわがままで反乱を起こした体裁に寄せなければ。

 彼の頭の中では、もはや自警団を機動半旗で叩き潰すのは確定事項だった。

「仮に自警団が多かれ少なかれ不遇だったとしても、私がいつあなたがたの肉を口にしたのですか?」

 ハウエルは怒りを歯で食いしばりながら続ける。

「搾取、搾取と、ずいぶん自分たちは苦労したんだ、虐げられてきたんだ、圧政に苦しんでいるんだなどと言いたげですね」

「その通りでしょう、それ以外に――」

「自警団は、領主ですら命令を直接下すことはできない。各村は派遣要請を断ることができる。これがいまの自警団の運営でしたね。気分次第で領主に従わない戦力が、ほかの地方でも国でもいい、どこにあるのですか?」

 彼はよく通る声で言った。

「そうまでして好き放題あぐらをかいているのに、虐げられたとは、どの口が言っているのですか。鉱夫、製鉄技師、銃器職人が頑張っている中、たまに災害救援に行ったかと思えば、そのことで領主に詰め寄る。こんな軍隊、他のどこにもありませんよ。それで圧政に耐えているなどと、世迷言も大概にしなさい」

 論争は意味がない。そのことを思い出した彼は、自警団の気が収まらないであろうことを、もはや悟りながら、それでも指示をする。

「とにかく、搾取のつもりも、人食いをするつもりも私たちにはありません。これを村民たちによく言い広めて理解してもらいなさい。これは領主としての命令です。違反者は厳正な吟味のもと、刑罰で報います」

 まだ何か身勝手なことを言いたげな村長や自警団らに、彼は「以上です、下がってください」と淡々と述べた。


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