◆25
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その後、職人たちとハウエル、ローザ、トンプソンを交えて、会議が開かれた。
「というわけで、何か案はないかな」
ハウエルが物腰柔らかに尋ねる。
「とおっしゃいましても」
「ううむ」
職人たちは案の定、考え込む。
そこへ領主が助け舟を出す。
「私の知る限り、雨で銃が使えなくなるのはいくつかの原因による。火皿が濡れて上手く着火しないこと、火縄の火が消えること、そして火薬そのものが湿気ることだ」
「なるほど。そう考えれば火皿に関してはある程度、解が出ますな。覆いで保護すればよろしい」
トンプソンが発言する。
「火薬を注ぐ際は開けることになりますから、特に豪雨の時は困りそうです」
「豪雨の時は仕方がないよ。それは私も覚悟しているし、どうしても銃の火力が必要なら普請で雨避けの設備を建てるしかない」
ハウエルが兵法の観点から回答する。
「火縄は……火縄は防水加工をするのが一番だけど」
「ロウを塗るのはどうでしょう」
ある職人が提案した。
「ロウか」
「水を弾くといえば、その印象があります」
「ほかにもいくつか水を弾くものについて心当たりがあります。一部の木の皮ですとか、油、樹脂、ニカワといった具合です。これで火縄が作れるかどうかは実際にやってみないと分かりませんが……」
「なるほど。実際にやってみないと分からないか……」
作ってみないと分からない。
多かれ少なかれ、そうであろうと考えてはいたこと。雨に耐える鉄砲づくりはまだ試行錯誤の段階にある。
しかしこうもまっすぐに言われると、いささかもどかしいというもの。
「しかし試す価値はあるよね。ぜひ火縄班はその方針でお願いするよ」
「御意。色々やってみます」
職人が頭を下げた。
「あとは火薬だね。とはいっても、火薬そのものと火薬袋の二つかな」
「確かにそうですね。火薬袋も含めて防水を施さないと、あまり効果は出ません」
「火薬そのものですか……」
「どうしたんだい?」
聞くと、トンプソンが代わりに答える。
「きっと、火薬の調合は繊細でありますゆえ、なかなか改良というわけにはいかないのでしょうぞ」
「むむ」
「雨に耐えても、火が思うように点かなくなったり、爆発しなくなっては意味がございませぬ」
彼の意見に、しかしハウエルは答える。
「しかし、それでも探求することに意味はあるはず。無理を言うようですまないけど、火薬班はまず色々試してほしい。それで少しでも現状を改善できれば儲けものだ」
「むう」
「それに、火薬袋の防水加工はできそうな気がするけどなあ。油とかなんとか。私は製法にまでは詳しくないけれども」
ハウエルが促すと、火薬班もうなずいた。
「御意。火薬と火薬袋の改良を進めます」
「あと、これは私の案なんだけども、弾込めについてだね」
彼は話を切り出す。
「弾と火薬を紙とかで包んで、装填するときには包みを開いて一発分をさっと込められるようにすれば、装填の時間も短くなるんじゃないかな」
言うと、火薬班の一人が思い出したように反応する。
「あ、聞いたことがあります。早合と呼ばれているものですね。ずっと西方の国では似たようなものが使われているらしいです」
「へえ、すでに先例があるのか」
「詳しい製法は伝わっていませんけれども、おおせのように先例がありますので、頑張れば作れると思います」
「安請け合いに聞こえるけど、大丈夫?」
「大丈夫です。製法は伝わっていませんが、実物を見たことがあります」
「へえ。じゃあ任せてもいいね。頼んだよ」
「御意!」
火薬班の職人は、明るい表情で拝命した。
荒天領の銃に関する施策は、どんどん上へ上へと駆け上ってゆく。
しかし、思いもよらぬところから邪魔が入った。
「晩学地方で住民蜂起の気配、ね」
ハウエルは間者から報告を聞いた。
「左様。しかし私の密偵の限りでは、その……」
「どうしたんだい。遠慮なく言っていいよ」
彼はしかし、間者が何を言いたいかすでに予測をつけていた。
「何者かが裏で糸を引いているような気がします」
領主はただ、努めて無表情に「うん」とうなずいた。
この住民蜂起の動きは、勇者カーティスの差し金であろう。
なぜなら、晩学領は火薬の原料である硝石の産地であり、荒天領もそのことで世話になっているからだ。
この点、晩学領からの硝石の供給が完全に途絶えたとしても、荒天領の火薬生産が止まることはない。なぜなら荒天領周辺への硝石ほか原料類の供給は、色々な経路からなされているからだ。
仮に膨大な策略とハウエルのありえないほどの看過によって、硝石の流通を全て止められたとしても、ラグリッチ商会に特別に頼み込めば、荒天領の工房の活動が止まることはない。
とはいえ硝石の供給が、一筋途絶えるのは見過ごせない。
現実にはその前にハウエルが対処するし、実際に彼は晩学領に対して手を打つつもりだ。
蜂起防止への協力という形で。
他の領地への介入。断られるかもしれないが、カーティスをよく知っているハウエルでないとできないこともあろう。また、硝石の流通のためにも、解決してくれなくては困る。
「誰が糸を引いているか、私には分かるような気がするよ」
「実は私も……いまのところ証拠はありませんがしかし……」
「いいんだ。全部言わなくていい。どうせ糸をたどるところまでは私たちにはできない。黒幕は隠れているから黒幕なわけだしね。そこを暴くのは、もっと奴の悪行が蓄積して、相手が油断を始めてからだ」
珍しく、彼の眼光がぎらりと光る。
策士らしい態度を見せたから?
違う。カーティスを叩きのめすその日を、強く思い描いたからだ。
「ともあれ、私がいますべきことは腹を立てることじゃない。最近は留守を任せられるぐらいアントニーも頼れるようになったことだし、晩学領に行くかな」
彼は、不安がる間者に「今回はよくやったよ。これからも頑張って密偵を続けてほしい」と言葉をかけた。
彼はローザとトンプソンを連れて、馬車で晩学領へと向かう。
「今回はトンプソンまで連れてきてすまないね。仕事も多いだろうけども」
「とんでもございませぬ。主様の行くところなら、一の家来としてどこまでも参ります」
トンプソンの言葉に、ローザが反応する。
「一の家来は私ですぅ。主様の王都出立の際には私が同行したんですからね!」
「まあ、ローザは気軽に連れていけるからね。頭が良くて博識なのはトンプソンだよ」
「うぅうぅー! 私が主様をお守りするんですからね!」
「まあ冗談はともかく、ローザはどう見ても、今回みたいな他の領地との交渉には向いていないだろう、これは私とトンプソンの領分だよ。怒るんじゃなくて、冷静に状況を見よう」
なだめすかすように言葉を紡ぐと、ローザはしゅんと頭を下げる。
「そりゃあ……得手不得手はありますけど」
「うん。ローザも目端が利くし荒事に強いけど、交渉向きなのはトンプソンだ」
「トンプソンは軍学も計略もできますし、私にはできないことだらけです」
「そんなことはないさ。ローザにはローザの持ち味がある。落ち込むなよ」
ハウエルはローザの肩をポンと叩く。
「……ほんとですか」
「本当だよ。きみにはいつも助けられている。感謝しているよ」
この言葉は社交辞令ではない。気恥ずかしくて簡単には認められないが、彼にとって一の家臣はトンプソンではなく、ローザである。
役割の分担はあるが、一番信頼しているのは目の前の荒事に強い淑女だ。
「……フヘ。ちょっとは元気が出てきました」
「それはよかった。私としてもローザが落ち込む姿は見たくないからね」
「フヘ」
一連のやり取りの中で、傍ら無言だったトンプソンが「なんだこれ」とでもいいたげに、少しばかり冷ややかな視線を向けていた。
一行が晩学領に着くと、迎えの者たちが待っていた。
しかし歓待を受けている時間ではない。ハウエルは適当に、最小限のあいさつを済ませて会議を催促し、領主……晩学伯とその側近とともに城内の会議室に入った。
「こたびのご助力、まことに痛み入ります」
「私たちも日頃、だいぶお世話になっていますからね。まあ、事は急を要するようにみえますし、さっそく詳細をうかがいたいです」
「承知しました。お話ししましょう」
晩学地方は硝石の鉱脈があり、荒天地方が鉄鉱脈の採掘を始めるずっと以前から、これを採掘して輸出していた。
どうも晩学領は、その硝石をもとに銃生産をするという発想がなかったようだ。無理もない、火薬の一材料にすぎないものからその発想は、なかなか出てくるものではない。
ともあれ、そうしてたくさんの先例に基づき、平穏に採掘をしていた。
ところが。
「突然、いまになって鉱夫たちが大幅な賃上げを要求してきまして」
「賃上げ……」
いわく。いままでの賃金は領主の搾取によってわずかな額に抑えられていた。政治に疎い鉱夫たちは、それを搾取と気づかないまま、従容としてわずかな金額で危険な労働をしていた。
しかしこれからは通用しない。荒天領の銃器鍛冶の賃金と比較しても、それがいかに安価か分かる。
「待ってください」
「ハウエル伯爵、いや、言いたいことは分かります。硝石の採掘も技術が必要な職業ではありますが、さすがに銃器鍛冶と比べて同じ水準は無理がある、と、そうおっしゃりたいのでしょう」
「全くもってその通りです。比べるなら鉄鉱の鉱夫……いや、それも積み重ねてきた歴史が違います。私たちはまだ新興で、鉱脈についても全容を把握してはいないため、人員を募集するには多めに振る舞わざるを得ません。ずっと昔から定着してきた、晩学領の硝石の鉱夫と単純には比べられません。城下町のにぎわい、すなわち福利厚生的な面でもまだ私たちの領地は追いついていない」
そこでハウエルは、自分が熱くなりすぎていることに気づき、深呼吸をする。
「さて、しかし突然の不可解な主張ですね、鉱夫の声は」
「そこですね。誰かが入れ知恵したらしいということは推測できますが……」
ハウエルは答えた。
「心当たりがあります。滝の砦の勇者カーティスの可能性が高いです」
「なんと……あの……」
驚く晩学伯。
「彼は前線で、最近は思うように武功が立てられていないともっぱらの噂です。また、彼は領地を持っていないため、内政の功で世に面目を立てることもできません。それで、栄えている地方領をねたみ、計略を仕掛け、その困るさまを楽しんでいると聞きました」
実際は、カーティスが中心的な標的にしているのはハウエルと荒天領であり、周辺はそのとばっちりにすぎない。
しかしそれを正直に言う必要もないし、むしろ未だ発展途上でしかない荒天領を一番に敵視するというのは、言ったところで信じてもらえるか疑問である。
ともかく、それを聞いた晩学伯は、邪魔者の姿が見えたことで憤然となった。
「勇者カーティスは許せませんな。身勝手な理由で、他人の領地を邪魔するとは」
「ここで怒っても仕方がありません。相手は計略を使っているのですから、頭は常に冷たく平衡にしませんか」
「……そうでしたね。そうでなければ乗り越えられません」
今度は晩学伯が深呼吸をした。
「とはいえ……その計略について探る必要はありそうです。どういう経路で、誰が最初の起爆剤になったのか、金は動いたのか、最初の誰かはだまされたのか真意を知って一枚噛んだのか、とにかく鍵をつかみましょう」
「そうですね……私も配下の者に探らせますゆえ、荒天伯殿も協力いただけませんか」
「もちろん。ともに頑張りましょう」
ハウエルは大きくうなずいた。




