◆16
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しかし、その機は期せずして、しかもすぐに回ってきた。
翌日、ハウエルはセレスに対して用事ができた。
城の二階、倉庫の出窓から見てみると、ちょうどテラが外を歩いているのが見えた。
彼は出窓から身を乗り出す。
「おーいテラ、ちょっと来てはくれないか」
最近、彼女は仕事が多く、彼と面を合わせる機会もあまり多くなかった。
久々に直接呼ばれた彼女は、品よくそっと手を上げる。
「はい。ただいま参りますわ」
「ちょっと急いでほしい、探し物が見つかったんだ」
「ああ、あれが見つかったんですか」
後ろで束ねた髪を揺らしながら、ぱたぱた小走りするテラ。
しかし、ハウエルの手足が滑った。
「うおっと……!」
体勢を崩す伯爵。
「あ、主様、危ない!」
ちょうど何か考えながら真下を歩いていたローザが、気づく。
「うわぁ!」
案の定、二階から落ちたハウエル。
彼を受け止めた人、もとい人の一部分があった。
下で受け止めたローザも体勢を崩し、その豊かな胸が主の顔をポフッと包んだ。
「うう……ああ、ごめん、ローザ」
受け止めたローザは、一瞬硬直したのち、顔を赤くする。
「な、な、なにしてるんですか、主様のへんたい!」
「いやごめん……わざとじゃないんだ」
そこへテラが駆けつける。
「おや、ローザ、よかったではありませんこと。日頃から主様に乳房を強調していた甲斐があったのですから」
「うぐぐ……そうじゃなくて」
「そうだ、この機に主様のぬいぐるみなどを作ってはいかがですか。いつも胸に抱けば、感触をいつでも味わえるのですから」
ここぞとばかりにからかい倒すテラ。
「うぅうーっ!」
「そこまでにしようよテラ。ローザが困ってるよ」
「主様は女心が分からないようですわ。ローザはここぞというときに変に常識人ぶるだけで、頭の中はアレ……もとい乙女なのですから」
「ああぁもう、うるさい!」
「そういうものか。さてテラ、倉庫に行こう」
「そうやってあっさり受け流す! もう!」
ローザは恥じらったり怒ったり、ハウエルら以上に忙しそうだった。
その数日後、ローザはテラの言うとおりハウエルのぬいぐるみを作り、毎晩胸に抱いては「ご主人様……だいすき……」などと変態性を示していたが、それは少なくともこのときは、誰も知る由がなかった。
ハウエルは城下村の巡回をした。
銃器鍛冶、製鉄の施設や整備はあらかた完成し、鉱山のほうも盛んに人が行き来している。
この調子なら、悲願だった銃の生産は近いうちにできそうだ。
銃は高価である。機動半旗の武器としても使えるし、金の延べ棒のように他の領主へ高値で売れる。
何もない領地に描いた展望は、まさに現実のものとなろうとしていた。
「長かったなあ」
ぽつりとひとりごちると、そばにいたローザが。
「ほんとですよ。私と主様が恋仲になるまで、実に長かったですね」
「は? そんな覚えはないけど」
「あるんですよねえ。私は毎晩、ご主人様をかき抱いて添い寝しているんですよ」
「頭大丈夫?」
いつものやりとり。
「まあ、主様がここのところ、前向きになって本当に良かったです。荒天地方への赴任になったときは、もう悲しくなるぐらい沈んでいましたからね」
「そりゃまあ。……あのときは前向きというよりは、現実から逃げるわけにはいかないって思いだったけどね。武官が戦場から逃げるわけにはいかないみたいに」
滝の砦からの追放を言い渡されたときは、激しく動揺した。それは認めなければならない。
「いずれにしても、ここまでこれたのはローザたちのおかげだよ。一人では何もなしえなかった。本当にありがとう」
「主様、お礼なんて頭でも打ったんですか」
「そっくりそのまま返すよ。……しかし、まあ、ありがとう」
言われたローザは目線を逸らし、ほほを染める。
「……へへん。全く主様はどうしようもないんですから」
「特に凶賊団への処置は、ローザとか仲間がいないと何もできなかったな。精神的な意味だけでなく、もっとこう物理的に」
すると彼女は、「あ!」と声を上げる。
「凶賊団……そういえば志願兵も予想以上に来て、確か総勢千人に達しているって聞きました」
「へえ。今日はちょうど訓練の日だね。訓練場に見回りに行ってみようか」
彼は言うと、くるりと向きを変えた。
訓練場では、総勢千人の機動半旗たちが、真面目に訓練をしていた。
「想像以上に士気が高いね。盛り上がっているって意味じゃなくて、訓練をこれだけ真摯にやっているのは、出自を考えるとすごい」
「いまは凶賊出身だけじゃなくて、流れ者も加わっているみたいですけどね」
そこへトンプソンがやってきた。
「おお、これは主様。見回りですか?」
「そうだね。どのぐらいよくやっているかなって思って。思った以上だよ。これはいい」
「銃が生産できてからは、また訓練の課程も帰ると聞きましたぞ」
「ああ。兵科とかの編制も考えなければならないね。現状は槍兵、弩兵、弓兵だけど、どれをどの程度、銃に回すか、一度考え直さないとね」
自警団は数に入っていない。ハウエルは機動半旗を完全に主軸にし、自警団はオマケ程度に考えていた。
各村の思惑を背負い、領主に無私の忠誠を尽くさない戦力ほど邪魔なものはない。一応は、間接的に領主の支配下だが、本軍たる機動半旗からは切り離し、あわよくば体よく使い倒せれば上々と考えていた。
そして、そのように特別扱いすることは、自警団からは若干反感を受けるだろうが、機動半旗からの忠誠は集められるはずだ。
そもそも自警団は「自警団」なのだから、仮にも「地方領の軍隊」であり「正規軍」であるものと比較して不平不満を持つこと自体が本来はおかしいのだが。
今後、自警団も忠誠を誓ってもらえればいいのだが、現状、あてにはならない。
しかし領主たる彼は、その本心を誰にも言っていない。察している人間はいるかもしれないが、口に出して言ったら火種になりかねない。
あくまでも内心の認識。政策や戦略戦術を決めるための基盤にすぎない。
「ともあれ、機動半旗には期待が持てるね」
「仰せのとおりでございます」
「じゃ、執務室に戻るとするよ」
ハウエルが帰ろうとすると、一人の若者がやってきた。
「主様、ちょうどいいところに」
「うん?」
見れば、彼の供回りの一人であるランドという男が向かってきた。
地味な配下ではあるが、要所要所でいい仕事をする部下である。
「主様、僭越ながら……」
「どうしたんだい」
「秘密のご相談があります。夕刻、仕事が終わってからで構いませんので、突然ですがご相談に乗っていただけませんでしょうか」
「へえ、秘密の相談ね。公的なものでは……なさそうだね」
彼は遠慮がちにうなずく。
「恐れながら私的なものです。貴重なお時間ではありますが、少しだけいただけませんでしょうか」
「そうだね、いいよ。夕刻、十七の時でいいかい」
「ありがとうございます! 十七の時、確かにお約束しました!」
ハウエルは「なんだろうね?」とローザやトンプソンにつぶやいた。




