◆17
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あまりにも意外な用件だった。
「私はコスミーのことが、その、好きで、惚れています」
「……コスミー?」
「いつもセレスとかテラとかと一緒にいる、あの人です」
「いや、それは知っているけれども」
ハウエルは首をかしげる。
「確かに仕事ぶりはまずまずだけど、コスミーって、ローザ以上に単純というか、能天気な感じのあれだよ? いつもご飯食べたいとか言っているあれだよ?」
「それがいいのです!」
力説。
「それがいいのかなあ? で、私に協力してほしいってこと?」
「おっしゃる通りです。コスミーと少しでも仲良くなれるように、色々便宜を図ってくだされば幸いです」
「便宜といってもね……相手がいることだから、そう無茶なことはできないと思うよ」
「それでも!」
再び力説。
「それでもコスミーのことが好きなのです!」
「おお……それは分かったよ。うーんどうしよう」
ハウエルも色恋のことはよく分からない。いや、それ以上に、ランドがどの程度コスミーのことを知っているのかすら、よく分からない。
両者ともハウエルの供回りではあるが、彼の記憶によれば接点にはあまり恵まれていないはず。
「しかし、いったいどうしてそんなに惚れたんだ?」
「パンを……美味しく食べていたんです」
「へ?」
彼は情熱的に語る。
「いつも明るい人だとは思っていました。しかしある日、彼女がすごくいい笑顔でパンを食べていたんです。白いパンです。相当楽しみにしていて、実際美味しかったんでしょう。無邪気にむしゃむしゃ食べていて、すごく元気そうで幸せそうで、それで好きになったんです」
よく分からないが、本件に限らず、恋のきっかけというのはそんなに大仰なものではないのだろう。
「そうかあ。まあ暗いより明るいほうが、印象は良いよね。私は明るさより頭脳とか一芸とか腕っぷしとかを重視したいけれども……ああ、決して否定するつもりはないよ。ランドがそう思ったんならそうなんだろう」
「私は、少なくとも私はそうでした。あの日からずっと記憶に焼き付いて離れません」
「そうなんだ……」
とりあえず、ハウエル一人では手に負えないだろうことは分かった。
「もっと詳しそうな人を呼びたい。ローザとトンプソンを招き入れてもいいかな」
「トンプソン殿は頼りになりそうですが、ローザ殿ですか……口の軽そうな……」
ひどい言われようである。
「確かにローザはアレな人だけど、こういう話でおかしなことはしないさ。それは信用してもいいと思うよ」
「そうですね……分かりました」
許可を得たハウエルは、使いを呼んで、トンプソンとローザを呼び寄せさせた。
両者とも幸運にも時間が空いていたようだ。
トンプソンはいつもどおり冷静に、ローザはいつも以上に高揚した雰囲気でやってきた。
「恋の話ですか、恋の話ですよね!」
「落ち着こうか。やっぱりローザを呼んだのは間違いだったかなあ」
「失礼な、私はこれでも他人の話はきちんと取り扱う女ですよ!」
「本当かなあ」
ごあいさつもそこそこに、ハウエルは詳細を話した。
「なるほど、ランドの気持ちはよく分かった」
トンプソンがうなずく。
「で、ランドはコスミーについて、どれぐらいのことを知っているんだ?」
「ご飯を美味しく食べて、明るくて元気なことです」
「他には? 食事以外の好きなこと、物とか、特技とか、話の傾向とか」
「それは……話したことが少ないのでよく分かりません」
トンプソンは頭を抱えた。
「これでは、どうやって接近すればいいのか分かりませぬ」
「もう、トンプソンは考えすぎだよ。直球で気持ちを告白すればいいと思うよ」
「いいわけないでしょう。告白は締めの段階です。一か八かの博打ではありませぬ」
呆れ返ってため息をつく。
さすがにハウエルも、トンプソンの懸念は理解した。
と、そこでローザが提案する。
「じゃあさ、コスミーについての手がかりが無いなら、集めればいいじゃない。私、セレスとかテラに色々聞いてみるよ。私もコスミーについてはそんなに深く知らないからね」
「ちょっと待ってください。ランド、お主は本当にコスミーのことが好きなのか」
突然の質問。
「当たり前です。彼女はまぶしすぎるぐらいに素敵な女性です」
「物を食べているのを見ただけで、そこまで言うのか?」
「ちょっとトンプソン」
厳しい流れになりかけているのを感じたハウエルは、助け舟を出した。
「誰でも始めのきっかけはそういうものだと思うよ。私も恋の経験には乏しいけど、それを否定したら可哀想だ。それぐらいは分かる。人となりを知るのだってそう簡単じゃないしさ」
「しかし……あまりに無策で努力もなくて、これでは」
「分かるけどさ、前向きに行こうよ」
伯爵はひたすらなだめる。
「まずローザには手がかりを集めてもらおう。主にセレスとテラから、コスミーがどういう人か聞いてもらいつつ、ランドとの接点を作ろう。私も、公私混同は良くないけども、仕事のときは便宜を図る。トンプソンは接近の仕方をランドに教えてほしい」
的確な指示に見えたが、トンプソンはなおも切り返す。
「主様、お言葉ですが、コスミーが秋波を喜ぶとは限りませんぞ。嫌がるのをそのままにしたら、忠誠心も必然と損なわれましょう。それにご自身でおっしゃっている通り、公私混同にもなりかねません」
「分かるけどさ、ちょっと手心を加えることはいいんじゃないかな。それに嫌がる気配があれば、ランドにも残念だけどあきらめてもらう」
「どうやって判断するので?」
「ローザに様子見もしてもらう。ちょっとでもその気配があれば、またこの面子で話し合いをしよう。それで異議はないんじゃないかな」
言うと、トンプソンは若干不満な様子を見せつつも。
「まあ、……それなら仕方が無いでしょうな」
「ありがとうございます、皆様」
ランドが頭を下げる。
「私も相手の気持ちがあることとか、ランドの、その、無策、のようなものは充分に理解している。けれどまずは動いてみないとどうにもならない。みんな、頼んだよ」
「はい」
「はーい!」
「御意……」
一同は口々に、様々な想いがあるだろうと思われるが、ひとまず同意を示した。




