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◆14

◆14


 荒天領への帰途。馬車の中で。

「なんかあっという間でしたね……」

 ローザがぽつりと。

「今回は幸運だったよ。色々偶然が味方してくれた。私の運の良さは七十点どころか百点に違いない。運の専門家だよ。ハハ」

 しかしローザが浮かぬ顔。

「そうじゃないんです……」

「おっ、どうしたんだ」

「主様と二人の旅が、もう終わっちゃうんですよ」

 しおらしいことを言う彼女。

 彼は答えた。

「そうだね。でも退屈はしなかったんじゃないかな」

「でも。逢い引きの機会かと思いきや、脅したり人探しをしたりゴロを巻いたりしかしてないじゃないですか。もっとこう、男女でできる楽しいこと、演劇鑑賞とか、一緒に屋台飯を食べたりとか」

「ゴロを巻くって……貴族の従者からそんな言葉……」

 ケンカを挑むという意味である。かなり荒っぽい俗語であり、ハウエルが驚くのも無理はないことだった。

「私、確かに戦いは苦手じゃないですけど、女の子なんですよ。せっかくの王都で、もっと遊びたかったです」

 彼女の言葉は、しかし痛切だった。

「ローザ……」

「謝らなくてもいいです。主様は正しいことをしました。領地のために最善の努力を尽くしました。素手で敵を圧倒する姿はりりしくて、カッコ良かったです」

 ハウエルはしばらく沈黙したが、やがて再び口を開いた。

「ローザ。私の領地は必ず発展させてみせる。そうすれば、ラグリッチ商会も支部が来るというし、それなりに楽しい街に、いつか変えてみせる。王都にも負けないくらいさ。私にできることはこれぐらいしかないけど、忠実な従者にはそれぐらいの報いはする。約束だ」

 だがローザはまだ浮かない。

「……いや、そこまででなくとも、領地の財政が良くなってきたら、また王都に遊びに行こう。表向きの名目はなんでもいい。戦いとか色々なことに協力してくれたきみには、いつかそうやって報いる。これも約束するよ」

「……ほんと?」

「ああ、本当だ。私もローザといられて楽しかったからさ。王都への旅はこれ一回きりじゃないし、荒天領もいつまでも過疎地にしておくつもりはない。どちらが先かは分からないけど、きっと約束は果たす」

 ハウエルが言うと、ローザは泣きそうな笑顔を見せる。

「……ありがとうございます。私の大切な人」

「どういたしまして。まず帰ったら少し休むこと。疲れていると考えまで暗くなるからね」

「はい。承知しました」

 馬車が少し大きく揺れた気がした。


 つむじ風の城に帰ると、さっそく職人たち……と、その顔なじみと思われる設備や建築の業者たちがあれこれしていた。

「どうしたんです?」

「あ、これは伯爵様。いやあそれが」

 パラクスが頭をかきながら答える。横のアントニーが困り顔で続ける。

「工房と設備にお金がかかりまして。試算ではこれぐらいですが」

 アントニーが見積書を見せてくる。

「……これは……なるほど。結構かかるようですね。まあ支払えはしますけども。ですよね、アントニー殿」

「左様、支払えぬ額ではございませぬが、かなりの額になるため、領主様のご意向を確認すべくお待ちしておりました」

「仕方がないさ。新しく事業を始める以上、出費はやむをえない。決裁しよう」

「かしこまりましてございます」

「ああ、ちょっと待って」

 ハウエルはアントニーを呼び止めた。

「近く、ラグリッチ商会が支部をこの領地に出すと約束した。御用商人だ。入用なものがあれば、そこから調達したほうが安く収まるのではないかな」

「ラグリッチ商会……あの当主が物好きで有名な」

「うん、まあ、そういう噂は届いているようだね」

 ハウエルは、噂になるぐらい変わった人と提携して、本当に大丈夫だろうか、と今更ながら心配になった。

「まだ支部設立は準備段階だから、必要なものを王都の本部に発注することになる。そのやり方は整える必要があるね。ちょうど工房と設備が完成するころまでは、そういったことが必要になるんじゃないかな」

「手配が整っても、生産体制が動き出すまでには多少の時間がかかるみたいですね」

 ローザは職人たちを見て言う。

「それはそうさ。まあ金策の手立てを尽くしつつ、状況を見守るしかないよ」

「あれもこれも金策ですな」

 トンプソンがぽつりと漏らす。

「まあ仕方がないよ。でも辛抱だ。事業が軌道に乗ればそれなりにお金が回せるようになる、はず。たぶん、きっと」

「弱気ですな」

「事業にしろ戦争にしろ、慎重なぐらいがちょうどいいってね」

 ハウエルはそう言いつつも、弱気と慎重の狭間を行ったり来たりしつつの自分の未熟さを痛感した。


 一方、勇者カーティスが駐在する滝の砦。決戦には及ばないまでも、小規模から中規模の戦いが何度かあった。

 彼はその戦果の低さに立腹であるようだ。

「ゼーベックを呼べ!」

 しばらくして、ハウエルの後釜として兵站を管理しているゼーベックがやってきた。

 物流の専門家は、兵站の専門家ではない。

 そのことを本心では知っていたカーティスは、怒りを代わりにゼーベックに振り下ろした。

「この役立たずめ、兵站線は切られるわ、物資は不足するわ、もっとまじめに兵站管理をしないか!」

 しかしゼーベックは、びくびくしながらも果敢に反論する。

「申し訳ありませんです。しかし……わしは物流の専門家ではあっても、戦いにはさっぱり詳しくなくて」

「どの辺がだ」

「物流を円滑にするすべは知っていても、どこに、何を、どの程度、どのように『配置』すればよいのかとなると、敵の攻撃まで含めて考えると、まるで暗闇なのです。部下や同僚に聞いても、ズバリの答えはなかなか見つからず……」

 ゼーベックは縮こまりながらも続ける。

「特に設営の計画とか、敵の攻撃に備えた兵や物の配置、より安全な兵站線の引き方、そういった、戦闘や戦術が絡むこととなると、わしは素人なのです」

「ハウエルはそこを小賢しくやっていたとでもいうのか!」

 正解である。しかし二人ともそれは認めないだろう。カーティスは自尊心にかけて、ゼーベックは逆鱗に触れるのを避けるために。

「勉強します、勉強しますので堪忍くだされ……!」

「何が物流の専門家だ、これ以上失態を繰り返したら懲罰ものだぞ!」

「しかし……他の『物流の専門家』にあたっても、きっと似たような結果にしかなりま……と思ったり思わなかったり……」

 すっかり及び腰である。

「せめて実戦経験の豊富な、または戦いというものをしっかり学んだ武官を副官に回してくだされば、それなりにもなりましょうぞ」

「そんな余裕があると思うか! そういうやつらは最前線で戦っている!」

「ひい」

 この言い合い、ゼーベックに分が悪い。しかし勇者も勇者で無茶を言っている。

 特に勇者は、兵站を学んだりその経験を積んだりする機会に乏しく、もっぱら敵を直接に倒すための兵学と、武芸にばかり傾注していたため、総大将ですら兵站の穴を補充することができない状況である。

 ちなみに勇者の武芸は、ハウエルのそれと違い、兵卒の技術とは言い切れない。敵と直接戦うことの少ない、兵站担当だった荒天伯と事情を異にし、立場上、一騎討ちやら試合やらで武芸の技を使わざるをえないときがあるからだ。

 特別扱い、または二枚舌?

 そうでもない。勇者という立場がゆえに許された、例外的で正当な扱いだろう。ここを叩いても仕方がない。

 ともあれ、勇者カーティスもゼーベックがあまり適任ではないこと、手立てを講じなければならないことを感じてはいたようだ。その渋面に表れている。

「ハウエルの残り火……実に不快な男だ」

「えっ」

「うるさい、とっとと仕事に戻れ!」

 カーティスが声を張り上げると、元商人は「ひい」と言って駆けていった。


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