◆13
◆13
二人に、ラナはあいさつをした。
「夜分にごきげんよう。ラナと申します」
元、伝説の隠密。立ち居ぶるまいが静かでかつ隙のなく、その肩書きは嘘ではないことが容易に見て取れた。
「荒天伯ハウエルです。こちらは従者ローザ」
「お待ちしておりました」
「……お待ちしておりました? まるで私に捕まるために待っていたような」
疑問に、彼女が答える。
「然り。主ラグリッチは、ハウエル様に援助の申し出をするために、このような企画を開きました」
ハウエルは目をぱちくりさせる。
なんでも、ラナを探すという課題は表向きのものにすぎないという。
ラグリッチは滝の砦にハウエルがいたころから、その噂を聞き及んでおり、荒天領赴任後も凶賊たちへの計略や銃器製造計画、そして王都での、主にスジ者などとの戦いの情報を耳にしたという。
いっそう興味を覚えたラグリッチは、企画の体裁でハウエルに支援の申し出をし、ハウエルは参加という形でこれに図らずも答えたというわけだ。
「なぜそのようなまわりくどいことを……直接交渉にいらしていただければ、もっと簡単だったのでは?」
「その辺は主の趣味というものです。主に限らず富豪の世界というのは、しゃれっ気と回りくどさが粋とされているようです」
「粋か……」
あまり理解はできない文化である。それはハウエルが、伯爵とはいえ元々前線の武官だったからだろうか。
ともかく。
「しかし私たちが手配書を見逃した場合は、どうするつもりだったのですか?」
「ご心配なく、方法はいくつも用意しておりました。例えばあの製鉄技師パラクス殿から誘うとか、あるいはもっと直截に主がハウエル様のもとを訪れるなどです。ああ、パラクス殿は今回は、企画について何もお教えしませんでしたよ」
既定路線だったようだ。
「しかし資金援助ですか。見返りは何を望まれますか」
「主が長を務めるラグリッチ商会を、貴殿の領地の御用商人にしていただきたいとのことです」
「御用商人?」
ハウエルはまたも目をぱちくりさせる。
「恐れながら、いまはあの領地には、ほぼ何も見るべきところがありませんよ」
「いまはそうでしょう。しかし伯爵様の、鉄砲鍛冶で村おこしをするという計画は、主にとっては何かピンとくるものがあったようです。また、伯爵様個人にも、伝え聞くその手腕には大いに期待を申し上げているとのことです」
つまり、苦労は少しだけ報われた。
見ている人はいるのだ。
彼はそれを思うと、少しだけ連日の疲れがとれた気がした。
「なるほど。こちらとしても御用商人は歓迎したいです。ただ、暴利やあくどい振る舞いには、甘くするつもりがないことははっきり申し上げております。村民は貴重な住民ですので、その生活を困らせるようなことは、ないようにしていただきたく。大変失礼ではありますが、その点は念押しいたします」
「主もそれは充分に承知しております。もとよりラグリッチ商会は、そこらの半端な商人もどきとは違いますゆえ、ご安心ください」
「なるほど。器の違いというわけですね。分かりました、よろしくお願いいたします」
「ちなみに、荒天領内、城に近いところにラグリッチ商会の支部を構えるつもりです。まあ近日中には、営業できる状態になるはずです」
「来てくださるのですか、それはよかった、村もにぎわうでしょう」
ハウエルは満面の笑みを浮かべた。
「よかったよかった、本当に良かった」
「ところで」
ラナはまだ用事があるようだ。
「貴殿の武芸の腕は一流であると聞きました。私といま、ここで一騎討ちの試合をしていただけないでしょうか」
言って、そばに用意していた木剣を、一振りはハウエルに渡し、もう一振りは自分の手に。
「試合をですか」
ハウエルは丹念に木剣を調べようとするが、ラナは首を振る。
「それに何かを仕込んだり細工したりなど、こすい真似はしませんよ。誓って、ただの木剣です」
「なるほど、そうですか。失礼しました。……いいでしょう。貴殿も腕に覚えがあると見ました。私はわざわざ強者と腕比べをしたいという発想はないですが、お世話になるものですから、ご希望は聞きましょう。最初の間合いはこの辺からでよいですか」
「かまいません。始まりの合図は、そこの従者殿が行ってください」
「ええ、私がですか? まあいいですけど」
ローザは突然の指名に驚き顔。
ラナとハウエルは互いに木剣を構える。いつでも戦える体勢だ。
「お願いします」
「まあ。……では用意……始め!」
始まっても、お互いすぐには斬りかかりはしなかった。
この元隠密、経歴の通り、半端ではない。
構えを見ただけでハウエルには分かる。
すぐにでも攻勢に回れる剣先。それでいていつでもハウエルからの打ち込みを捌ける体勢。ハウエルは、この女性がおそらく自分とほぼ互角であろうことを察知していた。
とはいえ、話の流れからいって、ローザに交替するわけにもいかない。
自分が戦うしかない。
これが真剣での勝負だったら、おとなしく逃走してローザほか助けを呼んだだろう。
それほどまでに相手は強大だった。
お互いの剣が、かすかに揺れ続ける。攻撃の機をうかがいつつ、敵からの打ち込みに備えるために。
隙を待つしかない。
二人の剣は徐々に大きく揺れる。
互いに不用意な攻撃を誘うために、限界近くまで牽制を続けている。
最初にかかってきたのはラナのほうだった。
「いやあぁ!」
大きな踏み込みから、闇をも切り裂く一撃。
しかしハウエルは、ギリギリまで待ったうえで紙一重で避ける。
そして雷光すら怯えすくむほどの、神速の反撃。
「はああぁ!」
その剣はラナののど元でピタリと止まった。
勝負は一瞬だった。長く時間がかかったが、一度動いたら瞬きの間に勝ち負けが決まった。
「勝負やめ! ハウエル様の勝利!」
いちおう立会人であったローザが試合を締める。
「ふーっ、よい腕前でした」
「こちらこそ、勉強になりました、伯爵様」
互いに疲労の色が濃い。
動いたのは少しだけだったが、互いに読み合い、神経をすり減らし合い、隙をうかがい続けたのだから、試合の最中は、少なくともハウエルにとっては緊張の極致だった。
「伯爵様はなかなかな腕前でいらっしゃいます。安心して取引相手になっていただけるというもの」
それを剣術の腕で測るの?
彼は一瞬、疑問を抱いたが、すぐにやめた。考える必要はない。
きっとラナは見た目に似合わず、思考が武闘派なのだ。そうでなければハウエルと互角の力量を身につけられないのだろう。
彼自身は武闘派のつもりはないが、それはどうでもいいことだ。
「伯爵様、ではそろそろ夜も深いので、おいとまさせていただきます。主によい報告を届けることができて、大変喜ばしい限りです」
「ありがとうございます。ラグリッチ殿には、今後ともよろしくお願いいたしますとお伝えください」
ラナ探しと大樹の一騎討ち、そして王都への滞留は、これでようやく終わりとなった。




