◆12
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まず向かったのは、パラクスの家だった。
王都で会った中で、最も気づきのよさそうな人間だからだ。
とはいっても、それだけの理由では。
「私も分かりかねますな。申し訳ございませぬ」
「本当に、些細なことだけでもよろしいので、聞かせては」
「いや本当に分からんのです。ラナ……ううむ、やはり聞き覚えはありませぬ」
一生懸命に記憶を探っているのがよく分かるが、これ以上聞こうとしたところで何も出てはこないだろう。
「そもそも、その富豪、ラグリッチの使用人となどまるで面識がありませぬ。しがない製鉄技師が、富豪やその使用人と親しくなることなどないでしょう」
「まあ……細工師や装飾品の卸売ならともかく……あ、そうだ」
言おうとするハウエルを、パラクスが制する。
「スクルドは確かに鉄細工を身につけましたが、富豪向けの高級なものではありませんぞ」
「……そう、ですよね……」
言って、パラクスは突然「あ!」と声を上げた。
「どうしました」
「昔、ともに製鉄の修業をした者の中に、ラグリッチと知り合いというか遠縁の者がおりました。事あるごとに血縁を自慢してくるので、よく小突いたりしたものです」
手がかりといえば手がかり。だが。
「その人と仲はよろしいのですか、どこにいるかはわかりますか」
「ええ、今でもたまに会っては話をするものです。家は王都の南西、地図を用意すると……」
紙と鉛筆を持ってきて、簡単な地図を描いた。
「ニトラルめの家は……この辺ですな。王都は広いので、同じ王都内でもご近所とまではいかないのです」
「なるほど。その遠縁のお方、どの程度、ラグリッチ殿と親しいのでしょうか」
「同じ師に商売を教わったことがあるそうですから、割と親しいのでは。実際、いまも富豪の誕生日にはご馳走になると言っていました。いまもその日はがっちりした正装で、私を煽りにくるので、嘘ではありますまい」
「煽り……ともあれ、学友というわけですか」
「そうなりますな。生活は夜職の女性のおこぼれにあずかっているらしいので、全く品はよろしくないのですがね」
同じ師に商売のイロハを教わりながら、片方は富豪で、片方は徒食。
ハウエルは、まさかこんなところで人生の難しさを知るとは思わなかった。
とにかく、彼は言った。
「とりあえず、そのニトラル氏に会いに行ってきます。貴重な情報ありがとうございました。……ちなみに、スジ者と事を構えるおそれは?」
「女性のほうに不用意に手を出さない限り、無いと思いますぞ。彼自身はただの座食ですゆえ」
「なるほど。ご助言、本当に感謝します」
一礼し、彼は「どれ、あの建物があれだから……」と家を出ていった。
しばらくして、ハウエルたちはニトラルの家にたどり着いた。
扉を全力で蹴り飛ばす――こともなく、普通に軽く叩いた。
「ごめんください。私は荒天伯ハウエルという者です」
返事がない。いや、少し物音がしたが、すぐにまた静かになった。
きっと出る価値を感じずに、昼寝にでも戻ったのあろう。
だから彼は拳を――もとい権威を振りかざす。
「平民よ起きよ! 私は伯爵ハウエルなるぞ!」
普段の彼からは考えられない大声で、中の人物に呼びかけた。
「ひえっ! はっはい!」
さすがに貴族の身分、伯爵位の威光が効いたのか、ばたばたと扉に向かう音。
ハウエル自身は、身分を振りかざす真似は、周りから嫌われる原因になると信じているので、使いどころを考えて使わなければ、とは思っている。
ただし身分を叩きつけること自体は嫌いではない。ステゴロとか果たし合いも無しで目的を達成しうるなら、下手に策を考えるよりやりやすい。
単純な方法は一番良いのだ。
「ど、どどどうしました伯爵様!」
出てきたのは、中肉中背、そして弱そうな雰囲気の男。聞いたとおりの風貌で、ニトラルに違いない。
「手荒な呼び方をしてすまない。私は荒天領の領主ハウエルという者だ」
言って、胸につけている小さな紋章を指す。身分の証である。
「領主様……がなぜこんなところに」
「ラナ殿という女性を探すため、ラグリッチ殿や彼女に関しての手掛かりを求めています。何かご存知であればお話をうかがいたいところです」
正直に用件を述べるハウエル。
しかしニトラルはうつむきがちに。
「答えるわけにはいかない。答えられない」
「そうですか。指と肩、どちらを痛めつけられたいですか」
「ひっ!」
ハウエルが組み付く構えを見せると、彼は涙目になりながら言葉を返す。
「ご、拷問されても答えられないんだ、そういうものなんだよ!」
弱々しげな、しかし芯のある拒絶。
「……ふうむ。ラグリッチ殿から口止めされているとか?」
「とにかく答えられないんだよお……許してくれよお」
本件に関して、わざわざラグリッチから口止めされるということは、この男、思ったより主催者の富豪と仲が良いのではないか。
「ちょっと締め上げようかなあ」
「やめて、やめて、知り合いに元・間者がいる、末端だったらしいけどそいつを紹介する、手がかりを知っているかもしれない、だからやめてくれよお!」
意外な反応。
「ほう、そういう人がいるのですか。これは悪くない」
「そいつが知っているかどうかは保証できないけど、許してください、そのぐらいしかできない」
ハウエルはしばし考えたのち。
「では教えていただきたい。どこの誰で、何をして、どういう風貌か、色々聞かせていただければ幸いです」
「も、もちろん。まずは家におあがりください。狭いところですが」
ニトラルはまだ若干怯えながらも、しぶしぶ歓迎の姿勢を見せた。
教えられた家へ。
「主様、さっきから移動してばっかりですね。私疲れました、おんぶしてください!」
「ローザは屈強だから、この程度はなんでもないことだろう?」
「もう! 女の子に向かって屈強だなんて失礼な!」
「だって実際強いじゃないか。スジ者にしろ高利貸しにしろ、ローザの的確な援護があってのものだよ」
「それ褒めてない!」
「ローザには本当に感謝しているんだ。すごくよくできる人だなあって」
「ごまかされませんからね、私はか弱い女の子! か弱い乙女なんです!」
あくまでも自分が弱いことを主張するローザ。
なぜこんなにもごまかそうとするのか、彼には分からない。
しかも二段階にわたって隠している。ハウエルが直に見た力と技の冴えも充分なほどだが、まれに尋常ではない動きや技術が発揮されている。彼女の本当の実力は、この王国でも指折り、あの勇者に対してですら互角以上の戦いをできるだろう。彼はそう見ている。
複雑な感情を、しかし今は放っておく。
「はいはい、か弱いか弱い。それよりここがニトラルの言っていた家だな」
彼は今度こそ普通のやり方で訪問する。
「失礼します。王国の伯爵のハウエルです。ラナ殿についてのことをうかがいにまいりました。ニトラル殿から紹介を頂いています」
通常の礼儀通り、軽く扉を叩く。蹴飛ばしたり荒っぽい口をきいたりはしない。
相手も素直に出てきた。
「ハウエル伯爵でございますか」
「然り」
すると相手は扉を開ける。が、中へ入らせることはしなかった。
「言伝がございます」
「……言伝?」
彼は首をかしげる。
「今日の夜、二十一の時、この街の外の『英雄の大樹』においでください」
唐突なアポイントメント。
「英雄の大樹……聞いたことはあるが」
「然り。神話の英雄が大きな足跡を残したとされる、周り二十人が囲めるとされるあの大樹でございます」
ハウエルは、王都に定住しているわけではなかったが、存在といわくは知っている。それほどに有名な物体、というか場所であった。
もっとも、名所ではあるが街の外でありそばに何もないため、ここを訪れる者は少ないはずだ。
まして二十一の時となればすっかり夜。誰も通りはしないだろう。
「そこに何かあるのですか」
「それは行った後に分かります。では伝言も済んだのでこれにて」
「伝言? 誰が……ちょっと、待って――」
一方的に告げた相手は扉を閉めた。
結局伝言通り、ハウエルらは一時的に王都から外出し、英雄の大樹へと向かう。
「なんなんでしょうね。一方的に人を呼びつけて」
「いや、まあ、訪問した私たちも一方的に行ったからね」
言いつつも、ハウエルはこの不思議な待ち合わせの伝言に何かを感じていた。
「行った先にラナ殿がいればいいなあ。楽で」
「もう、どうしてうちの主様は楽をしようとするんでしょうね」
「楽じゃない道ばかり歩んできたからね……」
不意に口をついた、苦労のこもった一言に、さすがの従者も言葉に詰まる。
「……そうですよね……」
「あっと、別に荒天領送りの件だけじゃなくてさ。その前も敵地との最前線で、滝の砦に詰めていたからね」
「楽ではないですよね。言い過ぎました。ごめんなさい」
「いや、いいんだ。色々思い出してさ」
彼は、まだ人生は長いとはいえ、これまでの苦労を振り返った。
「兵站主幹の仕事も、思えば大変だった。限られた予算で設営をどうつなぐか、どこにどれほど物資とか兵を配置するか、兵站線をどのように描くか、頭を悩ませたものさ。種類は違えどいまも似たようなものだけどね」
「そうですね……」
「そういえば現在の担当は元気かな。ちゃんとやっているだろうか。ちょっと畑が違う気がして、大変そうだけどね」
ローザはどう返していいのかわからなさそうな顔をしていた。
「どうでしょうね……」
「おっと、樹が見えてきたぞ。……先客がいる!」
彼はさっと覚書を取り出す。
「書かれた通りの風貌だ、間違いない、ラナ殿だ」
彼は覚書をしまった。




