◆11
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ディラグの家へ、小さな凱旋。
「確認書に署名を取ってきました」
「ハウエル様……!」
彼は感謝感激といった様子で、彼の手を握った。
「ありがとうございます、ありがとうございます!」
「いやあ、これほど喜んでいただけると恐縮ですよ」
前述のとおり、法律事務自体は誰でも受任できるものである。特に今回は司法院の判例を知っていれば、誰でもこなせる役目であった。
チンピラに勝てるという前提があればの話だが。
「で、ディラグ殿もこれで憂いなく、荒天領に?」
「もちろんだ、今後はハウエル様の下で、鉱夫として仕事をさせてもらう。ただ」
「ただ?」
「元・鉱夫頭として、かつての仲間を集めるまで少し時間がかかる。採掘は一人ではできない」
「それもそうですね。……そうだ、仲間を集めるついでにお願いがあります」
「なんだ」
「その過程で『荒天領が鉄鉱採掘の鉱夫を募集している』ということを鉱夫の業界に広めてほしいのです。そうすれば、少しでも多い増員が期待できます」
「なんだ、そんなことか、もちろんそうさせてもらうぜ」
これだけでどっと人が押し寄せるとまではハウエルも思っていない。されどやらないよりはやったほうがいい。一連の公営事業をわずかでも成功に近づけるためにも。
「いやあ、それにしてもよかった。これで鉱夫、製鉄、銃器鍛冶がそろいました」
「なるほど、そのようだな」
そこへローザがはしゃいだように口を出す。
「まだ日数には余裕がありますし、王都をぶらつきましょうよ、主様。何か発見があるかもしれませんし、なにより可愛い女の子と逢い引きができるんですよ」
「逢い引き? 誰と?」
とぼけられたローザは「もう!」とふくれ面。
「どっちにしても、王都に来てから相談と戦闘しかしていないじゃないですか。せっかくですから色々見て回りましょうよ。私は確かに戦闘もできますが、戦闘が楽しみでここに来たわけじゃないんですよ」
「『か弱い女の子』なのか?」
「そうですよ! か弱い女の子なんですよ!」
ハウエルは吹き出す。
「ハハハ、面白い冗談だね」
「もう! そんなに私と王都散策したくないんですか?」
「いや、ごめん、そういうわけじゃないよ。王都散策、いいね」
ハウエルは様子を見ていたディラグに再び話す。
「というわけで我々も少しばかり王都にとどまります。何かあれば私、ハウエルの屋敷に来てください。まあ何もないとは思いますが、よろしくお願いします」
「おう、分かった。……嬢ちゃんの肩を持つわけじゃないが、王都にはいろいろな物事がある。探せば何か見つかるかもしれないぞ」
「そうですね。私もそう思います。……さて、ではまた、よろしく」
一礼して、ハウエルは席を立った。
◆
アルフレッド。先日まで山賊団を率いていたが、今は何の因果か、荒天領の正規軍「機動半旗」で中隊長などをしている。
ある日の夜、彼がディレク村の小さな酒場で静かに飲んでいると。
「おう、アルフレッド、久しぶりだな」
白髪の老人がやってきた。背丈は小柄ながら、その筋骨は、アルフレッドと比べてもたくましい。
中隊長は、その老爺を知っていた。
「ん? ……おお、トマスの爺さんか、久しいな」
古い知り合い。
アルフレッドはトマス翁に小さく手を掲げた。
「本当に荒天伯の軍団にいたのか。これは出世ではないか。いやはや人とは分からぬものだな」
「爺さんこそ、その齢で武芸の修行に出ていたんだろう、村の若いやつから聞いたぞ」
トマスはシタール村の自警団員で、武芸者である。若い頃から幾度となく武者修行の旅に出ていたが、数年前も「新しい剣技が西の大陸で流行っている」として旅に出ていた。
その後、しばらく消息が不明だったが、先日帰ってきたという。
「若い頃は何度か剣を合わせたな」
「ああ。弓の的当てをしたこともあった」
アルフレッドは東方の「セイシュ」という米の酒に口を付けた。
「や、アルフレッド、お前さん随分といい酒を飲んでいるじゃないか。儲かってるのか?」
「まさか。今日明日は休む日だから、たまには高い酒ぐらいいいだろ」
トマスは「店主、おれにもその酒を」と大きな声で言った。正規軍中隊長となった男は、その翁の負けん気の注文にただ苦笑する。
「それにしても爺さん、まさかシタール村に帰ってすぐ、こっちまで来たのか?」
「まだ家には帰っておらん。お前がいると聞いてこっちに直行した」
「おお……」
「お前とは長い付き合いだ。ちいとばかり遅れたが、お前が山賊稼業から足を洗った祝いをしたくてな」
言って、革袋から処理された肉を取り出す。鴨肉とみえる。
「店主、この肉をうまく料理してくれんか。金は出せる。肉はまだ新鮮で処理もしているから心配ない」
店主は「あいよ」とそれを受け取り、厨房へ入っていった。
「さて、旅の土産話でもするかな」
「爺さん、今日は機嫌がいいな」
「おうよ。今はそういう日だろ」
「なんだそれ」
人も少ない酒場に、静かな笑いが満ちた。
◆
翌日。
若き伯爵は、従者を引き連れて、王都を巡っていた。
「南側の広場に来てみたけど、何もなさそうだね」
「そんなことないですよ。ほら、あそこにお菓子の露天商があります」
「そうだね。……奢らないからね」
「主様のケチ!」
「そんな余裕はないよ……いま財布にあるのは、万一の時のためにつむじ風の城から引き出した、みんなのお金だからね。きちんとした使い方をしなければならないんだ」
「主様の石頭!」
ローザがハウエルの頭をゴンと叩く。
「痛い」
「ケチ! 石頭!」
よくない流れだ。ハウエルは直感した。
「それより、北側の広場に行ってみようよ。まだあっちは行ってない」
広場に着くと、なにやら人だかりができていた。
「立て看板か何かが見えるね」
「これは事件の予感!」
群衆をかき分け、彼らが看板の文字を読み取ると。
「ラナを探せ?」
富豪にして商会当主ラグリッチに仕えるラナという女性がいる。かつて彼女は伝説級の隠密だったらしい。
そのラナを今日から三日間で捕まえれば、彼女の現在の雇い主である富豪から莫大な賞金がもらえるらしい。彼女は目印として不死鳥のエンブレムを隠し持っているのだそうだ。
要するに、酔狂な富豪の遊びだった。
しかし。
「これは金策の好機だな」
提示されている金額は、領地経営にもそれなりに役立てられるほどである。
これに参加しない手はない。
「確かに金策の好機ですけど……探す当てはあるんですか?」
「ない。だけどそれはみんな同じだ」
「それは、そうですけど……」
ローザが何か言いたそうにもじもじしている。
「どうしたんだ?」
「だって……せっかくの主様との逢い引きが……」
「ローザ」
彼は言い聞かせるように話す。
「今回の王都への旅行、その目的をないがしろにしてはならない。まあ当初の目的はあくまで銃器鍛冶とかの確保だったけど、それでも、あくまで領地のために来ているってことを、忘れてはいけない」
「うぅ……」
「何度も言うけど、滞在費は荒天領のお金から出ているんだ。無駄遣いはできない」
「うぅうぅ……」
ローザはしばらくうなった後、やけくそな調子で返した。
「分かりましたよ、せいぜいラナとかいう女の尻を追いかければいいんですよ!」
「ローザもだよ」
「分かりましたよ!」
かくして、彼らのラナ探しは始まった。




