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ハルナシの仕入れ帳  作者: 真水 地恵
第一章 『不幸の代償』

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2

春の雨と花粉で体調を崩しました。

よろしくお願いいたします。

 

 リユースショップ「ハルナシ」の朝は、陽子の吐き出す電子タバコの煙と、古い木材の匂いで始まる。

 日和は、陽子から渡された強力な厄除けのお守りを首から下げ、慣れない手つきで店内の掃除をしていた。


「……あの、陽子さん。これ、どこの棚に戻せばいいですか?」


 日和が手に持っているのは、江戸時代のものだという、不自然に指の長い「猿の手のミイラ」――のレプリカ。陽子はカウンターで帳簿を付けながら、顔も上げずに答える。


「あー、それは『曰く付き』の棚だ。一番奥。……おい、素手で触るなよ。お守りがあるとはいえ、お前の『無意識の呪い』がその手に引火したら、明日にはこの店ごと猿の惑星だぞ」

「ひっ、すみません……!」


 日和は慌てて布越しにミイラを掴み直す。この店には、陽子が各地から「仕入れて」きた、一見ガラクタだが恐ろしい因果を秘めた在庫がひしめいている。日和にとってここは職場であると同時に、自分の性質を学ぶための教習所でもあった。


 昼過ぎ、店のカウベルが控えめに鳴った。

 入ってきたのは、顔色の悪い、眼鏡をかけた気弱そうな中年男性だった。彼は大きな風呂敷包みを抱え、怯えるように店内を見回している。


「あの……ここなら、どんなものでも『引き取って』くれると聞いたのですが……」


 陽子は帳簿を閉じ、査定用のルーペを片手に、獲物を見るような三白眼を男に向けた。


「物によるな。うちはリユースショップだ。……次の持ち主に『精算』できる価値があれば、買い叩いてやるよ」


 男が震える手で風呂敷を解くと、中から出てきたのは、古びた「木彫りの熊」だった。一見どこにでもある土産物だが、その熊の目は、なぜか充血した人間のように赤く、不気味な光を宿している。


「これを持ってから、家の中で誰かの足音が止まらないんです……。夜中に目が覚めると、枕元にこいつが座っていて……。捨てても、神社に預けても、翌朝には玄関に戻ってきているんだ……っ!」


 陽子は熊を手に取り、無造作にひっくり返した。裏にはこれといって刻印等は見受けられない。有名な技術者の作品という訳ではなさそうだ。


「ふん……。ただの『戻り癖』のある呪物か。ランクとしては下位だな。手間に見合わねぇ。普通ならお断りだ」

「そんな! お願いします、いくらでも構いませんから、引き取ってください!」


 男の叫びのような懇願を聞いて、陽子はニヤリと笑った。彼女の「商売」が始まる合図だ。


「いいか。うちはゴミの無料『引き取り』はやらねぇ。その代わり、価値をゼロにして『買い取る』。……おい、ヒヨコ。こいつの喉元を少しの間だけ触ってろ」

「えっ、私がですか!?」


 陽子は日和を熊の前に立たせる。陽子の狙いは、日和が無意識に漏らしている呪いを、あえて熊の呪いに「ぶつける」ことだった。


「お守りの紐を少し緩めろ。一瞬でいい。この客が『いい歳して木彫りの熊に怯えてて羨ましいな』とでも思え」

「えぇ……そんな失礼なこと……。で、でも、陽子さんの言う通りに……」


 日和がお守りの紐をわずかに緩め、男に対して「私よりはマシな悩みでいいな」という微かな嫉妬の念を抱いた瞬間。日和の指先から、黒い澱みのような呪詛が熊に流れ込んだ。

 ――ギチッ、ギチギチ……!

 熊の充血した目が、恐怖に染まったように白濁し、そのままカランと床に落ちた。熊に宿っていた「戻り癖」の呪いが、日和の生み出した圧倒的に「質の悪い呪い」に当てられ、そのあまりの不快さに一時的に活動を停止してしまったのだ。


「はい、査定終了。おとなしくなったな。買取価格は……一円だ」

「あ、ありがとうございます……! 本当に、助かりました……!」


 男は一円玉を握りしめ、救われたような表情で店を飛び出していった。

 後に残されたのは、日和の呪いに当てられて完全に沈黙した木彫りの熊と、上機嫌な陽子だった。


「よし、いい仕入れだ。こいつはこのまま、馴染みの呪物コレクターに流す。あいつら、こういう『癖』のあるやつが好きだからな。……ヒヨコ、お前の呪い、意外と使い勝手がいいな」

「喜んでいいのか、複雑です……。あの、私の給料は……」

「あ? 今の熊を大人しくさせた『鑑定補助代』でお前の今日のおやつ代と相殺だ。感謝しろよ」

「そんなぁ……!」


 リユースショップ「ハルナシ」。

 今日もこの店では、店主のあくどい計算と、店員の無自覚な呪いによって、不条理な想いが「精算」されていく。


 ◎


『呪いのビデオ』から始まった一連の不幸事件から丸一日。

 あの日の喧騒が嘘のように、朝の光が差し込むリユースショップ「ハルナシ」は静まり返っていた。

 小林日和こばやし ひよりは、店の前で何度も深呼吸を繰り返していた。胸元には、陽子から貸し出された重厚な「お守り」が、冷たい感触で肌に触れている。


(……今日から、ここで働くんだ。誰かを呪わないように。美咲に顔向けできる自分になるために)


 意を決して引き戸を開けると、カウベルが低く鳴った。


「お、おはようございます……陽子さん……っ」


 カウンターの奥では、陽子が不機嫌そうにノートパソコンを広げていた。手元の灰皿には、電子タバコのカートリッジがいくつか転がっている。


「遅い。三分。……初日から給料天引きされたいのか」

「す、すみません! あの、何から手伝えばいいでしょうか」


 陽子はペンを置き、値踏みするように日和を上から下まで眺めた。その鋭い三白眼に射すくめられ、日和は思わず肩をすくめる。


「……小林日和。だったな」

「え、あ、はい。そうです」

日和ひより……ヒヨリ……。よし、今日からお前の登録名は『ヒヨコ』だ」

「……えっ? ヒヨコ、ですか?」


 陽子は日和を指差してニヤケながらそう伝える。

 突然の「お前はヒヨコ」宣言に日和は目を丸くした。


「あの、陽子さん。どうして……。やっぱり、名前が似てるから、ですか?」

「それもあるが、見た目だ。おどおどして、すぐ泣いて、おまけに中身は爆弾抱えたひよっこだろうが。うちの店は『物』を扱う場所だ。本名なんて上等なもんは、外の連中に呼ばせておけばいい」


 陽子は事務的に、新しい管理ノートの端に『ヒヨコ』と書き込んだ。その横には赤ペンで「取扱注意」と書いて丸で囲んでいる。


「今日からお前は、ハルナシの大事な『在庫ヒヨコ』として管理してやる。文句ねぇな」

「ざ、在庫……」


 日和は複雑な心境だった。それでも、陽子が自分に新しい「定義」を与えてくれたことが、どこか誇らしくもあった。一昨日の夜までは「生きているだけで毒を撒き散らす欠陥品」だった自分が、今は少なくとも、この店で管理されるべき「商品」になれたのだから。


続いて陽子はカウンターの下から電卓とクリップボードを取り出すとボードに挟んだ用紙を日和に見せた。そこには「請求書」と書かれていた。


 「いいか、ガキンチョ。……いや、ヒヨコ。まずは昨日の『ビデオ事件』の精算だ」


  手元の電卓から陽子が提示した金額を見て、日和は絶句した。高校生のバイト代で払いきれるような額ではない。


 「えっ……!? 陽子さん、これ……」

 「当たり前だろ。呪いのビデオという一点物の処理、さらにお前と美咲とかいうガキに憑いた残穢の解呪、おまけにお前から出た二次被害の鎮静。本来なら専門の寺でも十分な準備をしてから行うレベルの仕事だ。これでも身内価格で買い叩いてやったんだよ」


  これでも譲歩してやったと陽子は冷徹に告げる。


 「当然、お前にそんな金はねぇ。だからその『負債』分、ここで働いて返してもらう。冬休み中は昼間からフル稼働だ。お守りのレンタル料、指導料、そして事件の依頼料の分割払い……。これらを全部差し引くと、お前の時給は……そうだな、コンビニの菓子パン一、二個分くらいか」

 「そんなぁ……。でも、私が蒔いた種だし……断れません」


  日和は力なく肩を落としたが、同時にお守りから伝わる温かさに、どこか救われている自分もいた。

 陽子は、借金を理由に日和をこの店に「繋ぎ止めた」のだ。自分のような危険な人間を、管理下に置くという形で。


 「よし、契約成立だ。ほら、さっさと動けヒヨコ。奥の棚の埃を払え。お守りを絶対に離すなよ。お前の『無意識の呪い』が商品に移って価値が落ちたら、全部その借金に上乗せしてやるからな」


 日和、改めヒヨコの初仕事は、店内の大掃除を兼ねた清掃だった。

 しかし、棚に並んでいるのは、どこか「不自然」な空気感を纏った品々ばかりだ。

  不自然な髪の長さの市松人形。

 鞘から抜けないはずなのに、時折「鳴く」古刀。


 「……ひっ! よ、陽子さん、これ、今、笑いませんでしたか!? 口角が……」


  ヒヨコが毛ばたきを手に悲鳴を上げる。陽子はカウンターで冷めたコーヒーをすすりながら、気だるそうに答える。


 「あー、そいつも冬休みで浮かれてんだろ。構うな、埃を払えば大人しくなる。……いいか、ヒヨコ。お前がやるべきことは、そいつらに感情移入することじゃない。ただの『物』として、そこに存在させることだ。お前が動揺すれば呪いが漏れる。それは店の損失だ」


  陽子の言葉は厳しいが、その裏には「お前の感情を制御しろ」という訓練が含まれていた。ヒヨコは必死に胸のお守りを握りしめ、自分に言い聞かせる。


 (私はヒヨコ。ただの在庫。何も考えちゃダメだ。掃除、掃除……)


 夕方。クタクタになったヒヨコに、陽子が百円玉を数枚、カウンターに放り投げた。


 「ほら、初日の『手残り』だ。……お守り代と依頼料の天引き、あとなぜか割った皿の代金を引いてある」

 「……ありがとうございます。明日も、よろしくお願いします、陽子さん」


  日和は、冷たい小銭を大切そうに握りしめた。

 それは彼女が「誰も傷つけずに」手に入れた、初めての対価だった。

  ヒヨコが店を出ていく背中を見送りながら、陽子は電子タバコの煙をゆっくりと吐き出した。


「いい在庫を拾った……。こいつをどう転がせば、一番効率よく借金(精算)を回収できるかねぇ」

  リユースショップ「ハルナシ」。

 新しい看板娘ヒヨコを迎え、この店の奇妙な「仕入れ」の日々は、寒空の下で本格的に動き出すのだった。


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