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第8話 ヤマノケ

「ねぇ、しってる?」

 暗い一室、少女はいくつもの火のついた蝋燭の前で正座をしたまま語り始める。


「ある山でね、女性が取り憑かれることがあるんだって。

 その女性は、”はいれたはいれたはいれたはいれた”ってずっと言っていて精神がおかしくなっちゃうとか。」

 蝋燭の火が一つ揺れる。


 夜の山道を車で走っていると、身体が乗り移られる。

 49日その状態が続くともう正気にはもう戻れない。


 ───「ヤマノケ」


「夜の山には気をつけて。

 昔から悪い噂が絶えないからね。」


 低く囁くように言い終えると、蝋燭の炎が一斉に小刻みに震えた。


 ――――――――――――――――――――――


 ─深夜の山道で精神不安定患者搬送。─


 霊能力者の介入で回復か──


 M県とY県の県境にある峠で深夜、走行中に車が突然

 エンスト。


 同乗していた

 娘は”はいれたはいれたはいれたはいれた”と繰り返し、表情は別人のように暗く歪んでいたという。


 父親が急いで病院へ搬送したが原因は不明。

 そこへ偶然居合わせた引退霊能力者が診察し、娘の内部にヤマノケが入り込んでいると判断。

 除霊を行ったところ、娘の意識は回復した。


 この出来事は地方紙に

 ”山道での怪異憑依の可能性”として短く掲載され、

 峠周辺では注意が呼び掛けられた。


 ――――


 とある喫茶店。

 昼下がりと静かな店内で、落ち着きなく足を揺らしながら、髭の生えた知的そうか印象、そしてすこしぽっちゃりとした男の前で身を乗り出す。


「っていう事があって!」

「なるほどなるほど……怪異ですか。」


 男は景太の話を聞いてそう納得したように頷く。


「そうなんですよ、最近そんな事があって……

 それで、今泉さんにも見てほしいと。」


 今泉伊吹(いまいずみいぶき)

 景太の高校の先輩であり今は大学2年生であり、

 建築学を学びつつ葬儀屋で働く変わり者のオタク。


 なんのオタクかと言うと、

 怪異や都市伝説の話になると目が輝くのだ。

 そのため、高校時代は嘘と思うかも知れないが、

 陸上部で景太の先輩でありつつ、取り憑かれやすい体質を持つ景太とよくオカルト的な話をしていた。数少ない景太の友人の一人である。


「わかりました。では、会ってみましょう。」


 二人はそうして話はまとめた。


 ――――


 事務所。

 リリーは二人が入ってくるのを見て腕を組む。


「それで?連れてきたと。」


「うん、リリーなら分かるかなと。」


「勿論。この人、ついてるね。」


 リリーの言葉に、部屋の空気が一瞬冷たくなる。


「それと、紬は?」


「神社の仕事だとさ。」


 雷獣がソファーに横になったまま答える。

 景太は話を本題な戻す。


「除霊できる?」


 リリーはわずかに眉を寄せ、少し考えてから言った。


「まぁ、出来なくはない。

 けど、ここまで染み込んでると難しいかな。

 どこぞの奴みたいに、鬼の手的なのがあるわけでもないし、幽霊族の生き残りでもないし、怪異の力を宿してるわけじゃない。

 妖怪が見える時計も無いし弓だと少し強引になっちゃうかも。」


 リリーが説明している最中、空間が淡く揺れ、手の甲の紋章が光り、弓と矢が現れる。


「それは弓ですか?それでさっきからなんの話を?」


 今泉はそう興味深そうに覗き込む。


「もういいから、そういうの。

 あんたヤマノケだろ?

 人間の中に入って……」


「バッチリ見えてる。

 それに、今泉さん、この前山に行ったんだ。その時に持ち帰って来たんだとと思う。」


 景太もある程度怪異について詳しくなってきたようで表情から余裕が見える。

 その瞬間、今泉の表情が暗くなり声が歪んだ。


「はいれたはいれたはいれたはいれたはいれた、せっかくはいれたのに……』


 気配が一気に凍りつき、事務所の照明がかすかに瞬く。


「ヤマノケは本来女性に取り憑くんだけど、今の時代それよりもヤマノケという存在が大きく出てその条件が薄れたんだろう。

 ま、さっさと除霊する。」


 リリーが弓を構えた瞬間、ヤマノケは正体を露わにする。


『ふざけやがって!

 あと少しだったのに!』


 今泉の口から這い出るように出現した姿は首がなく、肩のような場所に顔がめり込むような異様な造形。


 部屋の空気がねじれる。


 ヤマノケは四肢を折り曲げながら景太へと飛び掛かる。


「やっぱり、景太はほんと怪異からモテモテだね。

 おかげで助かるよ。

 出てきちゃえばこっちのもの。

 木行(きぎょう)……破邪。」


 リリーは景太のことを今泉が来た時点であらかじめ触っておいた。

 よって正体を露わにした後でもヤマノケが見える。


 弓から放たれたその奴は光の軌跡を引き、ヤマノケが景太に触れる寸前でその身体を貫いた。


『クソ……人間がときが、』

「私はエルフね。」


 そうして、ヤマノケの身体は黒い砂として崩れ去り消え去ってしまう。除霊が完了した証拠だ。


「今回は少し焦りました。」


 景太はため息を吐きながらそう言った。

 攻撃される寸前だったのだから当たり前である。


「……それが、弓の力ですか……」


 今泉は意識を取り戻しながら感心して呟いた。


「ん?あ、意識あるの?」


 リリーは驚いたように目を丸くする。


「まぁ、私は怪異オタクですから。

 そう言うのには興味がありすぎるあまり自我が少し勝ってしまったのでしょうね。」


 異質すぎる。リリーは顔をしかめた。


「キモ。」


「リリー、声に出てるよ。」


「へー、やるなこの人間。」


 雷獣もソファーで寛ぎながら呟いた。

 と、その時今泉は興奮したように立ち上がる。


「ほぉー!貴方が雷獣様ですね!

 素晴らしい……あの、宜しければここで働かせてくれないでしょうか?

 建築学を学んでおります。少しでも力になれるかと、怪異にも詳しいですし、なにより葬儀屋に勤めている。

 ある程度の知識や人間が産む情というもの。

 それらに理解があり、しかも!エルフ………」


 と早口で捲し立てる。


「うん、わかったよ。いいけど。

 でも、時給というかもうお金払え……」


「要りません!無償でやります!」


 こうして奇妙な変人が一人、仲間に加わった。


 景太はふとリリーのデスクに目を向ける。

 そこには、赤髪のリリーに抱きつく白髪の少女の写真。

 フードをかぶっていないリリー、

 と言うことは、リリーがエルフであると知っている人物らしい。


「これ……」


 景太は質問をしようとしたが、胸の中で何かが引っ掛かり、言葉を飲んだ。


 同じ頃、とある神社では──


「……これ、」


「ああ、そうだな。明らかに怪異……少しまずいかもな。」


 紬は巫女装束を揺らしながら、化けぎつねと並んで不可解な痕跡を見つめていた。


 ――――――――――――――――――――――


 少女は蝋燭の前で笑みを浮かべる。


「怪異には噂がつきもの。その噂によって怪異の状態が変わる。勿論、その噂が何年も継続的にならないと反映もされないけどね。」


 彼女は8本目の蝋燭の火をふわっと消す。


「さ、もう直ぐ10本目。まだまだだね。

 じゃあ、次の話をしよっか。」


 彼女は邪悪に笑い次の話を語り始めた。


 ──────────────────────


 怪異名:ヤマノケ

 怪異階級:C級


 攻撃力:B

 スピード:C

 知能:C

 防御力:C

 噂レベル:C


 怪域:なし。


 種別:憑依型怪異


 リリーメモ:多分殴れば勝てそう。


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