柒話 滅茶苦茶になった結末
「僕の見立て通り、最高のかわいさだっ!」
僕は目の前の少女をほめたたえていた。
ほっそりとしている手足が最低限見え、衣服はメイド服姿。そしてトドメに猫耳。
猫耳姿のメイド。この世ならざる存在のように見えるが、僕はこれがたまらないほどに好きだ。
それを着こなしている少女は頬を膨らませて僕に抗議する。
「不服、不服すぎにゃ。なんでこんな姿になるのが楽しいイベントなのか理解に苦しむにゃ」
「楽しいイベントになるんだよ。他者から馬鹿やっているように思われようが、これは紛れもない青春の一つ。というか、それをいうなら元から猫耳姿をしているのもおかしいけどな!」
「これは元からそうなっていただけにゃ! この猫耳も、三又の尾だってそうなっているだけにゃ!」
猛抗議する『冥界猫と迷回病』に僕は思わず笑ってしまう。
勝負の勝敗は見ればわかる通り僕たちの勝ちで、猫耳少女は猫耳メイド少女に進化したといっていい。
美南も微笑しながらも、猫耳メイド少女の姿を見ながら疑問を口にする。
「猫耳もその尻尾も元から生えてたのねー。『七怪奇』って人でも人じゃないように見えちゃう気がするのよねー」
「歳も取っている気はしにゃいから、余計に人とはかけ離れている気はするにゃ。そういえばゲンキたちは今までどの『七怪奇』に出会ってきたにゃ?」
僕は今まで出会ってきた『七怪奇』を思い出しながら、指を折り曲げていく。
「1つ、憤怒因子『人生・終。1つ、色欲因子『幻惑空間の独断恋愛』。そして1人、怠惰人間『冥界猫と迷回病』だな」
「それじゃああとは四つの『七怪奇』に出会えば、コンプになるわけかにゃー」
「そうなんだよねー。それで、できれば『七怪奇』の情報があれば知りたいのよねー。『冥界猫と迷回病』、他の『七怪奇』はどこにいるか知らない?」
「知らないにゃ。『七怪奇』は互いが互いに会うことが絶対にできないから余計に知らないにゃ」
「絶対に出会うことができない?」
意味深な発言に、美南は思わず突っ込んだ。
猫耳メイド少女は耳をぴこぴこと震わせながら空色の瞳を閉じて考え込んでいた。
「うーん、厳密には無理やり会うことはできるにゃ。けど、それをしたらボクは消滅する。『七怪奇』として誕生したときにそういわれてるにゃ。だから絶対に会えないといったにゃ」
「誰にいわれたんだ?」
「思い出せないにゃー。まあ、出会おうとしたってどう出会うかもイマイチ知らないからにゃー」
「そんなもんか」
「ボクが知る限り、『七怪奇』同士の交流はないにゃ」
「幻ちゃん、着いたよ」
三人で話しているうちに、目的地にたどり着く。
学校の裏門、未来で精神が死んだ地名美南と出会える唯一の場所。
「ここで何が起きるにゃ?」
「まあ見てな」
僕は軽快にそう口にすると、すでに特別少女『地名美南』は少女自身の特別その参『時空接続』をその瞳から発動する。
少女の紫紺の瞳はまばゆい光を発して、何もないところから教室のドア程度の大きさの空間を発生させる。
暗い、暗い、暗黒空間。
何もないような場所に、体育座りですべてに絶望した瞳が地面を見つめている少女――否、彼女がいた。
特別少女から何者にもなれなかった彼女、特別少女『地名美南』の成れの果てだ。
「ミミナミが二人……」
「未来の美南だ。僕たちは彼女に青春を共有して、死んだ精神を一時的に復活させている。その間に、未来で何があったのかを質問するんだ」
僕が解説している間に特別少女『地名美南』が暗黒空間にぽつりと取り残された彼女に怠惰人間『冥界猫と迷回病』に思い出を渡す。
絶望の瞳から、かろうじて光を取り戻した眼前の美南はぽつりという。
「幻……ちゃん……? 幻ちゃんだよね……!?」
「僕を認識できているのか……?」
『青春・終』のときも『幻惑空間の独断恋愛』のときも、なんとか質問に返すだけにしか見えなかった未来の美南。
それが今は僕たちを認識できていた。『冥界猫と迷回病』が因子ではなく人間だったからだろうか。その考えは一旦置き、未来の美南の姿をじっと見つめる。
「幻ちゃんなんだよね! 生きててよかった……!!」
涙をぽろぽろとこぼしながら立ち上がり、涙をぬぐいながらも、僕を触ろうとする。だが、謎の壁に阻まれるように僕に触れることは叶わなかった。
「なんで……!」
「落ち着いて聞いて、未来の私。貴方は特別に感化されてなんとか私たちを認識できる状態なの。そうよね、幻ちゃん?」
僕は首肯する。未来の美南の挙動から、やはり僕は死んだらしい。
僕が死ぬなんて、正直ありえない。だって……あれ? いや、人間だから死ぬか。一旦この考えは置いておこう。
今は未来の美南から情報を収集することが最優先だ。
「ああ。未来はどうやらバットエンドが待って僕がなくなっていたようだ。だが、僕たちがその未来を変えれば未来の美南、君たちの未来も変わるはずだ。協力してくれ……!」
僕は未来の美南をまっすぐ見つめ、瞳で訴えかける。
一人取り残された未来の美南は涙を流し続けていたが、その涙を少しずつ抑えるように手で拭い、僕たちをしっかり見ると、少し上ずった声で答える。
「当然よ、貴方たちに協力するわ。何を知りたいの?」
「僕が卒業式の日に死ぬのは知ってるけど、具体的にどう死んでいたのか教えてほしい」
すると未来の美南は目をつむりながら、思い出すようにいう。
「……凄惨な姿だったわ。顔は歯型の痕がいくつにもあって、制服さえその歯型が行き届いていて、めちゃくちゃになっていた。当然、血の量はすさまじく、死んでいるのが一目で見てわかったわ」
そのシーンを想像するに、僕はどうやら殺されたらしい。
そして歯形が原因となればその相手は一人しかいない。
「暴喰人間『学校喰い者』か」
「私は直接会わなかったけど、多分そうよ。ただ……」
未来の美南は数秒、間を置いてからぽつりとつぶやくように静かにいう。
「それよりも異常に見えたのは幻ちゃんの瞳」
「瞳?」
「片目は潰れていてわからなかったけど、片側の瞳はハートマークが宿っていたわ」
「それは……にわかに信じがたいな」
瞳をハートマークにする。それができるのは色欲因子『幻惑空間の独断恋愛』だけだ。
すでに盗視取り、関わることがないと思われていた『七怪奇』。旧校舎の屋上に行かないと効力を発揮しない。さらには鐘を鳴らす必要まである。どうすれば『幻惑空間の独断恋愛』の被害を受けるかわからないのに、実際そうなっていたということだ。
「私もそう思うわ。旧校舎じゃないのに……………………」
未来の美南が千鳥足のようにふらふらとふらつき、ぱたりと精力が抜け落ちたように倒れこんでしまっていた。
「美南!」
暗黒空間は閉じて、未来の美南は消えてしまった。
未来の美南を心配したと同時に、ばたりと隣で音がする。
特別少女『地名美南』が倒れていた。
「大丈夫か!?」
掌を少女のおでこに当てると凄い発汗。息も荒い。途中から会話してないと思ったが、『時空接続』は相当な体力を消耗するようで会話もままならず、しまいには倒れてしまったようだ。
幸い、かろうじて目は見開いた。
「大丈夫だけど、少し休ませて」
「そうだな。校舎に入ることはできないが、敷布団は用意できる」
僕は勝者になったことで返してもらった怪盗道具箱『七七七拒否』から敷布団を取り出して、コンクリートの上に広げた。
さらには冷えピタも取り出して、応急処置を済ませた。
「今はこれで休んでくれ。少し時間が経って落ち着いたら、今日はもう帰ろう」
「ええ」
美南はそういうと、すぐに寝息を立てるように寝た。
僕はおとなしそうになっていた怠惰人間に声をかける。
「あんまり女の寝顔を見るもんじゃないぜ」
「ボクだって女にゃ。ただ長居は性に合わにゃいから、帰るとするにゃ。もうあの部屋はボクだけだけど」
『冥界猫と迷回病』は下を少し俯くようにいう。
希望を受け取った彼ら彼女たちは、学校生活を送ろうと話していた。それはつまるところ、怠惰の青春――『遊戯』三昧の日常が終わり、学校という新しい日常に移行するのだ。
必然、眼前の少女は一人ぼっちになってしまっていた。
「たまには僕が『遊戯』に付き合ってやるぜ」
「そうかにゃ、それじゃあたまにはボクに出会いたいと願えにゃ。部屋に案内してやるにゃ」
にゃははと、八重歯を煌めかせて笑う少女は、まさしく年齢相応の無邪気さあふれる笑顔だった。
「じゃあ部屋まで送ってってやるよ」
僕はそういって『冥界猫と迷回病』とともにテニス部部室前に行き、ドアノブを捻る。
そこにはやはり『冥界猫と迷回病』の部屋があった。
「またにゃ、ゲンキ!」
「ああ! ……っと、その前に一個、確認したいことを思い出したんだった」
「なんにゃ?」
僕は、一呼吸ついて、ゆっくりと口にする。
「なぜ『七七七拒否』を賭けにしたか覚えているか?」
猫耳メイド少女はその記憶を思い出すように目をつむってそのときの記憶を反芻しているようだった。
その間に僕は少しずつ少女に近づいて、少女の皮膚が触れる距離まで移動する。
考え抜いた少女はいう。
「うーん、覚えてないにゃ」
「じゃあ、僕だけでどうにかできるか」
あれ? 僕だけってどういう意味だ? と僕は自問しつつも、少女の手を触った。
それが僕の唯一の特別を発揮できる条件だから。
「『青春怪盗』。楽しかったぜ、『冥界猫と迷回病』」
「まさかゲンキが『青春・続』にゃんて――!?」
猫耳メイド少女は驚きの声を上げた瞬間、記憶を失った。まるで立ち続ける方法を忘れるかのようにその場に崩れるように倒れた。
少女は柳原由衣のように青春失格したわけでもない。なんなら青春合格だし、今後も青春を謳歌し、その青春を伝播させる役割であり続けるべきだ。
それはそれとして、今回は青春を奪ってしまった。なあに、あとで返されるさ。
一体誰が『冥界猫と迷回病』の青春を返すんだろうね?
僕こと『化物幻奇』自身でさえそう思ったが、誰かが『冥界猫と迷回病』の青春は返してくれる確信があったまま、その部屋から出た。




