録話 『賭博遊戯(シリアスゲーム)』の決着
ぼたりぼたりと耳から血をこぼしている美南。通常、生きている中では見られない特別事態。
「僕のミスだ……!」
僕はその場にばたりと項垂れる。
たしかに美南には『冥界猫と迷回病』と僕との戦いを話した。そうしたほうが咄嗟の判断で役立つ場面が来ると思ったからだ。
だけど現実はこれだ。美南が自身の耳を犠牲にした。いくらゲームが終われば元通りになるとはいえ、痛みは現実と変わらない。痛みがある話までしたはずなのに、美南はこの選択をしていた。
「っ……!」
美南はベンチまで歩き、持ってきたバッグからタオルを取り出し、耳元に押さえつけて止血し始めていた。
美南が耳を切り落としたのは何か策があるのだろう。それはそれとして、今は止血を手伝うべきだ。
そう思うと自然と周囲に声をかけていた。
「『冥界猫と迷回病』! 試合は一時中断だ! 美南の止血を優先させてくれ!!」
観客までもコートに降りて、美南のもとに集まる。皆が皆、医療の知識など持っているわけもなく、困惑しながらも会話を始める。
「どうすればいいんだ?」
「応急処置をしましょう」
「応急処置といったって何をすりゃいいんだ?」
「ガーゼや布で、止血しましょう」
「ガーゼ持ってる人、いないか?」
「あたし持ってるよ」
「冷やす道具もあった方がいいよね。保冷剤や氷持っている人いない?」
目の前の特別少女を助けようと、皆が皆、知識を共有していく。
ガーゼで圧迫止血していく。何度かガーゼを使い出血を抑えたあと、保冷剤等で血管を縮めるように対処していく。
対処すること十分。無事に耳元の止血に成功した。
「私のために、ありがとね」
美南は口元を綻ばせて、観客の人たちに感謝を述べた。一人の男子が美南に話しかける。
「貴方は希望を見せるといったのにどうしてこんなことを……? って聞こえないですよね……」
「聞こえはしないけどねー、何を口にしているかはわかるわよ」
男はその発言に驚いていた。これは相手の口の動きを見て、何を喋っているのか理解しているのだろう。ここまでの芸当、それこそ『七怪奇』レベルの芸当だ。
特別少女『地名美南』はすでにその域までにたどり着いている。そんな少女がぽつりぽつりと語り始める。
「希望を見せたいのは本当よ」
特別少女『地名美南』がその男子を見て、さらには観客としていた人たちをゆっくりと見渡してから、話し出す。
「試合に勝つために必要だというのもあるんだけどね。一番は、貴方たちが協力しているのを見たかったから、かな?」
その素っ頓狂な発言に周囲の人間はクエスチョンマークを浮かべた。
美南は優しく、ゆっくりと口を開く。
「学校不適合者なのかもしれない。けど、貴方たちはきっと社会でも、学校でも頑張っていけるわよ。現に今、困っている私を皆が助けた」
「それは貴方が血を出したからですよ」
「そうだとしても、皆で力を合わせた事実は変わらないわ。傍観してるだけでもいいのに、貴方たちは助けてくれた。学校に通えている人たちの中には傍観者になる人も大勢いるわ。けれど、貴方たちは全員が全員、助けたわ。つまるところ貴方たちはね――」
特別少女『地名美南』は彼ら彼女らの前で笑顔を見せる。
「優しいのよ、とびっきりねっ!!」
特別少女『地名美南』に宿っている紫紺の瞳は、紫の煌めくキラキラが、彼ら彼女らを少年少女のように心を揺り動かす。
キラキラが伝染していく。
本来あるべきはずだった学校生活。
本来あるべきはずだった青春。
本来あるべきはずだった思い出。
心を揺らされ揺さぶられて、特別が高速に――光速が如く駆け巡る。
七色の光がコート全体を覆って、僕たちにありえたはずの学校生活を見せつける。
そんな中、特別少女はいう。
「貴方たちは大丈夫よ。私が保証する」
彼ら彼女らはしばらくお互いがお互いを見つめ合っていた。
それは特別少女によるキラキラが、彼ら彼女らに新しい可能性を見せたからだろうか。
あるいはただただ葛藤しているからだろうか。
ありえた思い出を噛みしめているからだろうか。
しばらくして、一人が口を開ける。
「そう……かもね」
「だな。案外なんとかなるかもな」
「そうよね。明日から勇気を出して学校に行くわ」
「俺も行く」
「私も!」
気づくと彼ら彼女らは笑いながら明日の出来事について話し始めていた。
『冥界猫と迷回病』は彼ら彼女を眺めながら、僕に優しい笑顔を見せた。
「……希望を見せるなんていっておきながら、とんでもない自己犠牲にゃ。けど、皆に希望を魅せてくれたのは事実。……ありがとにゃ」
「その言葉は美南に取っておいてくれ。それよりも、試合の続きはやるんだろ?」
「当然。灼熱をも焦がす全力の『遊戯』でボクを倒して見せるにゃ」
「そうだな」
それから少しの談笑があったあと、試合は再開する。
特別少女『地名美南』は闘志が宿った瞳を『冥界猫と迷回病』に向ける。
観客はどちらも応援をするという特別事態。そんな特別が、僕も、そして美南も『冥界猫と迷回病』も心地良いと実感しているに違いない。
「幻ちゃん、このゲーム勝つよ!」
特別少女の闘志が、コート外すべてにいる人間に伝わると痛感するほどの、圧倒的キラキラを放つ。
狂気的な行動を取っていたはずなのに、絶望的な行動を取っていたはずなのに、少女には希望が満ち溢れていた。
「当然だっ!」
『冥界猫と迷回病』はトスを高く上げ、その場で空高く跳躍する。
全力サーブは美南のために温存ということなのだろう。
僕はすぐさまサービスラインまで移動する。美南の動作を真似ただけで跳ね返せるとは思ってない。だけど、これであのサーブを返せる可能性がわずかに発生する。
そしてサーブを返球する可能性を上げるため、僕は『冥界猫と迷回病』の情報収集結果を掘り起こす。
『冥界猫と迷回病』のサーブは正直なところコースが甘い。コースギリギリではなく、あくまで跳弾するサーブにこだわってサーブはど真ん中に放っているといっていい。だからこそ僕はサービスラインよりもさらに少し前で構えをしてボールが来るのを待つ。
さらには、ただの構えではない。
「両手かっ!」
観客の一人が僕の行動に声を上げる。
そう、これが『冥界猫と迷回病』の跳弾を僕でも跳ね返す方法。ラケットのグリップを両手で握りしめ、力強いボールでも跳ね返すことができる。
「喰らえにゃ!」
学校の屋上ほどの高さまで跳躍した猫耳少女は凄まじいサーブを放つ。
ボールが勢いよく落とされ、跳ね上がる。
極限まで集中した僕はぎりぎりラケットにボールをあてた。
だが、ボールが勇ましい音をあげる。
「ぐぉ!?」
あまりの回転に手首が曲がってしまいそうだと錯覚してしまう。
「幻ちゃん。このあとハロウィン楽しむなら、勝たないとね!」
横で美南がキラキラとした声でそう呼びかける。
ああ、そうだ。試合に勝てば、『冥界猫と迷回病』にハロウィンイベントと称してコスプレさせることが可能だ。
普段は猫のような少女が犬のコスプレをするのも背徳的でありだ。
猫のような少女が猫をモチーフにしたアニメキャラのコスプレをするのもありだ。
あるいはとんでもないマリアージュが隠されているかもしれないことを考慮して他のコスプレに手を出すのもありだ。なんでもありだ。可能性の塊だ。特別の塊だ。青春の塊だ!
「おりゃあ!!」
僕はとんでも妄想を力に込めてスーパーボールのように跳ね上がったボールを返すことに成功した。
しかしボールをネットすれすれではなく、打ち上げてしまう。
ネット手前の『冥界猫と迷回病』はそのチャンスを見逃さず、跳躍してスマッシュする。
「終わりにゃ!」
「どうかしらっ!」
一瞬にして移動した特別少女『地名美南』が軽く跳躍してラケットを強く握り、凄まじい威力のスマッシュをそのままの威力で跳ね返す。
そのコースは『冥界猫と迷回病』がいないコース。速さも申し分なくさすがの『冥界猫と迷回病』は取れなかった。
「30ー15にゃ」
『冥界猫と迷回病』 は顎に伝った汗を手で拭っている。
「まさかゲンキが奥の手を用意していたにゃんて」
「怪盗はいつでも奥の手があるもんだぜ。そして勝利までの道筋まで見えてる。この『遊戯』盗視取れてるよな美南?」
「うんっ!」
「じゃあ、行くぜ。『冥界猫と迷回病』、お前との『遊戯』の青春。青春怪盗高校生『化物幻奇』として盗視取る!」
僕は怪盗の白のマントをバサリと振り払いながら宣言する。決まったぜ!
相手は八重歯を煌めかせている。
「にゃは、ゲンキは面白いにゃー。けど、ボクの本気は止められてない。どうするのか見せてもらうにゃ、ミミナミ!」
『冥界猫と迷回病』は観客席のほうに走り出す。それは最高速度に達するために必要な距離。最高頂点に達するために必要な距離。
クラウチングスタートから『冥界猫と迷回病』は凄まじい速さで翔ける。
それはまるでチーターを追い越すほどの速さ。
それはまるで地上生物の最高速度。
それはまるで『七怪奇』の最高速度。
跳ね上がる。すでに『冥界猫と迷回病』が跳躍した場所にはクレーターができている。
『冥界猫と迷回病』は月に届くまでの跳躍力を発揮する。
空色の瞳を輝かせ、八重歯を煌めかせ、笑顔のまま宣言する。
「これがボクの最高頂点にゃ! ぶっとべにゃ!!」
雲をもかき消す速さのボールが地面にめがけて発射された。
亜音速を超えていると思えるその勢いのままコートに着弾。
特別少女『地名美南』も僕と同様、両手で返す――誰もがそう思っていた。
「にゃ!?」
誰もが『冥界猫と迷回病』の圧巻の姿に見惚れて、特別少女『地名美南』を見ていなかった。それゆえ、この場にいる全員が虚をつかれていた。
特別少女『地名美南』は『冥界猫と迷回病』を同じ高さまで跳躍していた。
「そんな乱暴な言葉使っちゃダメ。楽しみましょ!」
あとからわかったことだが、美南も同様にクラウチングスタートから全速力で走り、同じ高さまで跳躍していた。
さらには耳を切り落とし、五感の一つを消去することで『異常な観察眼』という特別を向上させることに成功し、ボールがどこまで跳躍するかを認識した。
その高さこそ、『冥界猫と迷回病』と同じ高さだ。そこから全力でボールを叩きつける。
いくらコートにもう一人の『冥界猫と迷回病』がいてもそのボールを取ることはできなかった。
その後の『遊戯』は賭け事を忘れるくらいには楽しかった。
これこそが僕の欲しがっていた青春だった。




