弐話 『賭博遊戯(シリアスゲーム)』開始、賭け対象は『七七七拒否(アンラッキーセブン)』
『七怪奇』の一つ、怠惰人間『冥界猫と迷回病』。
噂としては、あるとき扉を開くとそこには猫耳姿をした少女がゲームをしている部屋に成り代わっている。そして『冥界猫と迷回病』は「一緒にゲームをしない?」と誘う。それ以上先は尾ひれ背びれがつきすぎて信憑性に欠けるが、ゲームの内容は殺人ごっこだとか、ゲームは実は高校の勉強を教えることであって猫耳少女に出会えばどんな大学にでも合格できるといった噂が広まっている。
『冥界猫と迷回病』を初めて見た僕は戸惑ってしまっていたが、大地が周辺にあるゲーム機器などを見て臆せず猫耳少女に話しかける。
「確認だ、猫さん。この辺に散らばっているうち、どれかを使って一緒にゲームしようってことか?」
大地は首をかしげながら問うと、『冥界猫と迷回病』はこくりと頷く。
「そうにゃ。最新の『遊戯』から古い『遊戯』まで、ここにはたくさんの『遊戯』があるから自由に選ぶにゃん」
なぜか猫の手招きのポーズとウインクをしながら僕たちをゲームに勧誘する。
大地は猫耳少女の誘いに一瞬見惚れるように呆然としていたが、すぐに首を横に振る。
「楽しい提案かもしれなけど、俺たちは部活をしたくて部室に入ろうとした。そんな中、誤ってこの部屋に入ってしまったんだ。申し訳ないが断ってもいいか?」
「おかしいにゃ。この部屋に迷い込まれた人間は勉強だとか人間関係だとか、そういうのが嫌になったときに入れるはず。だから『遊戯』をしたいものだと思ったのにゃけど、違う?」
「少なくとも俺は違うな。幻奇はどうなんだ?」
「この部屋に入るまでは部活の予定だった。だけど、こんなゲームが――特別があるなら僕はそれに参加してみたい。悪いけど僕は今日部活に参加しないと伝えてくれ」
大地は僕の表情を見たのだろう。肩を下げてため息を軽くつく。
「気変わりが早いぜ、幻奇。まっ、いいけどな。俺は部活に行くぜ」
大地は踵を返して出口のドアノブを捻ろうとしたが、少女の手が大地の服をぐいっと引っ張る。
「待つにゃ。二人迷い込んだのに一人しか『遊戯』に参加しないのはボクの流儀に反するのにゃ」
……引き留めるのは『七怪奇』の習性だろうか。心なしか猫耳少女の瞳が淀んでいるように見える。
僕は少女の手をそっと掴んだ。
「たまには流儀に反してもいいだろ『冥界猫と迷回病』。大地はゲームが得意でもない。そして僕には得意なゲームがある。僕がいるだけで十分じゃないか?」
その言葉に大地の服から手を離した『冥界猫と迷回病』はキラキラした瞳で僕にずいっと近づく。
「得意なゲームがあるのはホント? 嘘じゃないにゃ?」
「俺がゲームあんまし得意じゃないのはそのとおりだ。だけどお前が得意なゲームは初めて聞いたぞ? テレビゲームもソシャゲもやらないお前に得意なゲームってあったか?」
大地の問いに、『冥界猫と迷回病』は訝し気な眼で僕を見やる。
「嘘をついたのかにゃ?」
「たしかに最新のゲームであれば僕も不得意だ。だけど、何十年も流行っているゲームであれば結構得意だ」
「何十年も流行ってる『遊戯』。そのレベルの『遊戯』は結構多いけど一体なんにゃの?」
クエスチョンマークを頭に浮かべた『冥界猫と迷回病』に、僕はぴしゃりといい切る。
「将棋だ」
ただし、将棋が得意といったのはあくまで大地より得意なだけで、奨励会に入る気さえないくらいには将棋はガチでやってない。けれど、『冥界猫と迷回病』と対話して、将棋が良いと思ったのだ。『七怪奇』だからこそ少女のいうゲームが摩訶不思議なものだとはわかっているが、それでも『七怪奇』と対決できる好奇心は抑えられない。
大地は僕と将棋した記憶を思い出したのか、思わずおでこにてを当てた。
「あー、たしかに俺はこてんぱんに負けた記憶はあるな……。だが、何も情報のない相手でも勝てるのか?」
「勝てるさ!」
大地の不安はカッコつけて振り払う。カッコつけるのは僕の十八番――青春怪盗高校生ではいつもやっていることだ。その片鱗を少女にも見せつける。
猫耳少女は僕の周りを素早くクルクルと何度も回って品定めしているようだった。終いには手で僕をペタペタと触る始末だった。そして僕の瞳をじっくりと見て、八重歯を光らせる。
「その自信に嘘偽りがあるかはわからにゃいけど、面白そうだからやろうかにゃ!」
「じゃあ、大地は帰ってもらっていいよな?」
胸を撫でおろしほっと一息ついた僕は、猫耳少女から言質を取ろうとした。
だが、怪しげな猫目を細めて少女は待ったをかける。
「まだにゃ。客人は『遊戯』に何を賭けるにゃ?」
「……は?」
意味がわからなかった。猫目少女はまるで当たり前だといわんばかりに訊いてきたが、僕はしばし呆然としてしまった。
僕は少女の言葉をゆっくりと脳に浸透させ、なるべく相手に寄り添って聞き返す。
「『冥界猫と迷回病』、つまりあれか。ゲームをするには何かを賭けろってことか?」
「そうにゃ。『遊戯』はいつでも真剣勝負。手を抜いたから負けたとか、本気がうまく出せなかったから負けただとか、ボクはそういう負け惜しみが大っっっ嫌いにゃ」
猫耳少女から初めて怒気にも似た雰囲気が感じ取れた。『冥界猫と迷回病』は言葉を紡ぎ続ける。
「言い訳を断つために『遊戯』は所詮ゲームだといわせない縛りを作るにゃ。『賭博遊戯』!」
「「!?」」
四方八方から鎖が現れ、僕に向かって射出された。僕はなすすべもなく鎖を喰らって強烈な痛みが――あれ?
「……痛くない?」
身体を見てみると、腕や足、胴体に鎖が刺さってはいるものの、鎖を触ろうとすると透けて無を掴もうとしているようだ。ばあちゃるな鎖だとでもいうのだろうか。
僕が不思議がっていると猫耳少女はにゃははと微笑する。
「鎖はあくまで逃げないための縛りで、痛みはないにゃ。ここまでできてようやく、そっちの客人は帰っていいにゃ」
猫耳少女が手をひらひらと動かして大地を返そうとしたが、当の本人は少女を威圧的に見つめて、重々しく問う。
「そのよくわからない術を見て、帰る前に質問ができた。そこらでゲームに夢中になっている俺たちと同じくらいの年の人たちは、お前の術で監禁しているのか? 『賭博遊戯』とやらで負けた相手をどこにも返さずこの部屋に留めているんじゃないのか?」
大地の質問にイエスと答えるのであればもっと大地の質問が重くなる。彼が他人を大切に思っているからゆえの質問だ。
怠惰人間『冥界猫と迷回病』はぶんぶんと首を振って大地の問いに答える。
「監禁はしてないにゃ」
その言葉に大地が安堵しかけたが、猫耳少女は八重歯を煌めかせ続ける。
「ただ、『遊戯』が大好きになってここから離れたくないだけにゃ。ボクは『遊戯』が真剣勝負であり熱中できるものであると伝えただけにゃ。だからこそ、この部屋にとどまって『遊戯』し続けることを選んだ――ここにいる人たちはそういう人にゃ」
少女の猫目が、僕たちを実直に貫く視線のようだった。その瞳はまるでゲームとは遊びじゃない、真剣なんだとオーラを纏って訴えているようだ。
ゲームが怠惰なんかではなく、熱く、燃え滾り、何もにも代えがたい夢中になれる特別だと、ナイフで僕たちを抉るように強く睨みつけている。
その表情を見たからか、大地は一呼吸おいてから口を開く。
「それがここにいる人たちの意思なら、これ以上の関与しない。ただ、幻奇を――」
大地は僕に指をさし、『冥界猫と迷回病』に真剣な瞳を返す。
「――俺の友達をこの部屋に留め続けるなら、絶対に俺を招待しろ。今はそれだけだ」
「そういうことならお安い御用にゃ。ゲンキっていったかにゃ。それでいいにゃ?」
「大地がそれでいいならな」
「契約成立。じゃあ、そっちの客人は帰っていいにゃ」
大地は僕に一時の別れを告げてこの部屋から飛び出した。由衣ちゃんのプレゼントも大切に持ちながら飛び出したことに僕は安堵する。
『賭博遊戯』の賭け対象が何かわからない以上、由衣ちゃんのプレゼントが賭け対象に指定されるのは避けたかったし、実際避けれて安堵した。だからこの対決、ある程度の賭けくらいは許そう。
「大地が帰ったんだ。賭けを何にするか決めないか?」
「ゲンキ――君はボクの何を奪うか決まっているんじゃにゃいのか?」
「え?」
猫耳少女のいっていることに心当たりがなかった――いや、ある。
心の奥底で、沸々と、ぐつぐつと煮え、どろどろと沸き上がっているこの気持ち。
気持ちを高ぶらせる因子。
気持ちを高ぶらせる人間。
気持ちを高ぶらせる七怪奇高校。
気持ちを高ぶらせている正体は――青春だ。
大地はここにはもういない。猫耳少女以外の人たちはゲームに夢中だし、見た限り七怪奇高校で見た認識がない。だから、少女にこう宣言しても問題ない。
「そうだね、わざとらしくとぼけてしまったよ。『冥界猫と迷回病』、僕が勝ったら君の青春――君の『遊戯』の記憶を怪盗する!」
指をぱちりと鳴らして猫耳少女に人差し指の腹を見せた。
青春を怪盗する宣言に猫耳少女は舌をちょろりと出して恍惚な表情を覗かせる。
「記憶を取る宣言をするなんて大っ胆……。賭け対象としては最上級にゃん」
『冥界猫と迷回病』の最高の青春――ゲームの記憶を怪盗できれば、未来の『地名美南』と大分会話ができるに違いない。その考えのもと思い切った宣言をして、相手の反応も重畳だ。
「賭けとして成立するか?」
「もちろんにゃ。ただし、君も同じくらい大切なものを賭けに出すにゃ」
「それなら……これかな」
僕は濡れ羽色に輝く黒い箱を取り出した。
「『七七七拒否』、収納ボックスの上位互換といってもいい。ここには小道具や特別な道具もあるけど、『自身』の思い出も入っている。これを賭け対象にする。それでいいか?」
猫耳少女は顎に手を当て僕の身体を見て、猫目を丸くするように驚く。
「驚いたにゃ、嘘はついてない」
「鎖は嘘発見器の効果もあったのか?」
「あくまで賭けとして成り立っていれば何も起きにゃい。逆に安いと鎖でさらに雁字搦めにされるにゃ」
「怖すぎだろっ!」
「ともかくー、これで本格的に『遊戯』できるにゃ! 激しく真剣な、熱い『遊戯』にするにゃ」
猫耳少女は掌を地面にかざしていう。
「『賭博遊戯』、分野――盤上遊戯――将棋、開始にゃ!」




