参話 遊戯(ゲーム)には命を賭してでも勝つ
ブルーライトが輝く密室空間から、白いきらめきが現れて部屋全体を照らして広がっていく。
白のきらめきで視界が見えなかったものの、目が慣れていくと日中の上空に飛ばされたと理解できた。
上下に雲が見られ、地面を見ようとすると山々の木々によって阻まれるほどの高所だ。
『賭博遊戯』が成立したからか、僕に縛られていた鎖はない。
眼前には将棋盤。その奥に『冥界猫と迷回病』が背筋をピンとして正座で座っている。それに反して三又がゆらりゆらりと揺れる。
右手には大型ストップウォッチが雲の上に乗っている。ジャンルが将棋であれば、これは持ち時間を示すのだろう。
そして足元には座布団サイズの雲があった。将棋盤の足元にも雲があることから、雲を地面と見立てて空から落ちずにゲームができると理解できる。
「驚いたかにゃ?」
「ああ、すっごい空間を創り出せるんだな!」
少女の特別はやはりすごいの一言だ。こんな青春だってあるべきだとは思っていたけど、普通の青春ではありえない。やはり『七怪奇』は特別な存在だと確信できる。
「これで誰にも邪魔されず、『遊戯』できるにゃ。さあ、先行後攻を決めるにゃ」
猫耳少女は両の手に将棋の歩を入れていた。先行後攻を決めるために行う手法――振り駒だ。
本格的な先行後攻の決め方だが、僕は掌を向けて首を振る。
「振り駒はじゃんけんより特別感あっていいんだけど、今回は先行を譲るよ」
「……後手番でしか指せない戦法を使いたいのかにゃ?」
「……それは君の戦法次第だ。どうかな?」
僕の問いかけに猫耳少女は目をつむって数秒ほど顎に人差し指を当てて悩んでいた。
空色の猫目を開いて少女はにこりと笑う。
「その挑発、受け取ったにゃ。ルールは持ち時間一手十秒以内、それだけでどうにゃ?」
「最近はそういうルールがあるのか?」
「ネット対戦だとそこそこあるルールにゃ」
「じゃあそれでいい」
「快諾ありがとにゃ。それじゃあ始めるにゃ!」
空に浮かんでいるストップウォッチのカウントが十秒となり、カウントダウン方式で時間が進む。
猫耳少女は不敵に笑い、駒を持ち上げてパチンと指す。
「初手6八銀っ……!?」
衝撃的な一手。
普通、飛車を有効に使うために飛車先の歩を一歩前に出す。あるいは角を有効に使うために右前にある歩を一歩前に出すのがセオリー。初手で銀を動かすなんて、僕の人生の記憶にはない。
猫耳少女はデザートを目の前にしたような満面の笑みで八重歯を煌めかせる。
「にゃはは、初手6八銀は初見かにゃー。さて、ゲンキはどうする?」
「…………」
さて、どうしようか。後手番にした理由をそのまま実行に移そうとしていたけど、まさか初手から奇襲の戦法を取るとは想定外だ。
だけどまあ、本来通り後手番にした理由をそのまま実行に移すべきだ。そのほうが面白く、特別な思い出になるからな。
僕はとある駒を動かした。その手を見て『冥界猫と迷回病』は空色の猫目を見開く。
「なにぃ……!?」
後手4二銀——初手6八銀返し。つまり、猫耳少女とまったく同じ指し方をした。
後手番を選んだ理由は、相手の土俵で戦いたいから後手を選んだ。
「ボクと同じ戦法で戦る気かにゃ?」
「そうだっ!」
僕は胸に手を当て虚構の自信を眼前の猫耳少女に断言すると、猫目をさらに細めて僕の瞳を見ていた。
「どうせなら君の本気を見たかったのに、君は自身の記憶を渡すことに躊躇いがないのかにゃ?」
「どういう意味でいっているんだ?」
「そのままの意味にゃ。知らない戦法なのに真似をするなんて愚の骨頂。『七七七拒否』——自分の記憶がかかっているのに、本気になれないのかにゃ?」
「本気だよ。僕の打ち筋を見てけばわかる」
そういつつ、僕たちはお互いに駒を動かしていく。
少女の新戦法は奇襲戦法だと思っていたが、互いの駒が交わっていくと単なる奇襲戦法ではなく理にかなった戦法なのだと納得させられた。
結果としてその戦法に振り回され、『冥界猫と迷回病』に駒を何個か取られて少し劣勢気味になってしまう。
「やるね、『冥界猫と迷回病』」
「そっちもにゃ。初見の戦法でも大幅な劣勢にならないように考えられた受けをしてて、本気でやっているのはわかった。けどにゃ」
猫耳少女の猫目が強く光り、オーラが宿ったように錯覚する。
『冥界猫と迷回病』はパチリと駒を動かす。
「…………っ!」
自身の大駒を切ってきた。大駒を相手に渡すリスクはでかいが、その分リターンは大きい盤面になりそうに見える。派手な立ち回りだが合理的だ。
猫のようなしなやかな思考かつ大胆性を、この盤面で表現している。
「ボクの土俵に上がったのはやっぱり愚策にゃ。1VS1の『遊戯』において、相手の戦法に乗ることは敗北に直結する。当然のことにゃ」
猫耳少女のいうとおりだ。相手のしたい作戦を封じて、自分のしたい作戦を通す。これが一番強い。
だけど僕は相手の土俵に乗って、そのうえで勝ちたいという、そんな傲慢性を有したまま戦っているのもまた事実。
だからこそ、欲張りな僕はさらに欲張る。
「僕は諦めが悪いんだ。この盤面でも君に勝てる方法があるんだ!」
「とち狂ったのかにゃ……!」
僕も大駒を切った。猫耳少女と少し違い合理性の少し欠ける大駒捨てかもしれないが、この勝負は一手十秒の持ち時間しかない。裏を返せば、時間が少ないことで相手が焦燥感に駆られて負け筋のある一手を打つ可能性がある。そうすれば僕でも勝てる可能性が見えている。
相手は真剣な眼差しで盤面を見ている。
「……これで、どうにゃ」
「じゃあこう」
「にゃ!?」
ノータイムで指し返す。さらに一見馬鹿な行為を取る指し方。だけどこれは搦め手として、相手に思考を強制させるような一手にしている。
持ち時間十秒の中で、これほど面倒なことはないだろう。本来は相手と自身の持ち時間分あるため二十秒弱は考えられるのに、ノータイムで指せば思考できる時間はその半分。そして受け方をミスればすぐに僕が優位に立てる。
『冥界猫と迷回病』が正しい選択をしても、僕が正解を遮るノイズを増やし、時間を急かす使い方をすれば正解の打ち方ができずにボロが出る。
「将棋の世界には最近、直感は七割正しいという言葉があったよな? 悩まず打つと三割は間違えることになるんだってな。はたして、君の直感は正しいかい?」
追撃の盤外戦術。感情による揺さぶりがずるだとかルール違反とはいわせない。
先ほどまで余裕そうに会話していた『冥界猫と迷回病』が、じとりと汗を垂らしながら、猫目を盤面に向けていた。
十秒の時間をフルに使って、ギリギリで駒を動かす『冥界猫と迷回病』。
パチンと一瞬にして指し、すぐさま僕の手番から少女の手番にする。ほぼ直感だが、純粋な打ち筋ではなく混沌になる一手だ。相手側には詰ませるまでの手順はあるかもしれない。ただし、少ない持ち時間で相手が気づけばの話だ。
僕は少女に口撃という名の追撃を下す。
「きっと将棋を『賭博遊戯』でやった経験はないよね。だから特別性のある場所で、振り駒で先行後攻決めたりして君はワクワク楽しんだまま勝負に挑んだ。それが敗因になる原因だとつゆ知らずに君は敗北するんだ——」
眼前に銀色の二閃が煌めく。
「…………は?」
あまりの逸脱した少女の行為に、さすがの僕でも口を開けてその意味不明さに戸惑っていた。
耳口からぼたりぼたりと落ちる血。
『冥界猫と迷回病』は自身の耳をナイフで切り落とした。
少女は激痛で声を上げることもない。それどころか、神経が研ぎ澄まされた瞳で、八重歯をきらめかせていた。
「迷いは去った。なら、あとはメリーさんメリーニャンメリーワンだけ」
駒に真剣性が、恐怖性が、異常性が、特別性が、青春性が込められていた。
その一手は疑いようもなく最適解であろう一手にしかえ見えなかった。
僕は声を出すことも他の番外戦術をすることもなかった。否、できなかった。猫耳少女の異常な集中に、盤外戦術が戦術なんかではないと、悪だと勝手に思いされてしまっていた。
僕はぺたりと駒を静かに動かした。
パチン、ぺたり、パチン、ぺたり。将棋の駒の音が自信につながっているかのようだった。猫耳がなくなった少女は冷血にして熱血な視線を盤面に向け、驚異的な集中力を解き放っている。
少女は盤面を凝視しながらも独りごちるように語る。
「ボクはワンまで見えているにゃ。続ける?」
パチンと駒を動かした少女。
詰みまでは見えてないが大劣勢なのは確実な盤面になってしまった。そして耳を切った少女がここで嘘をつくなんてありえない。張り詰めていた空気を柔らかくするように僕はゆっくり口を開く。
「参りました。僕の負けだ。『七七七拒否』は渡すよ……って聞こえてないか」
「口の動きでわかってるにゃ。僕の勝ち……にゃぁ……」
力なく指を鳴らすと先ほどの特別空間は消えて、ブルーライトが全方位にありそうな空間へと戻る。
怠惰人間 『冥界猫と迷回病』がその場でへたり込み、はじめて怠惰を冠する様を見せる。さらに全身からはどっとした汗が噴き出ている。
だけど、それより異質に映ったのはそぎ落としたはずの耳のことだった。
「猫耳が生えた……?」
「……『賭博遊戯』の会場は、痛覚は現実と変わらないけど身体は戻ってくる……にゃ……」
『冥界猫と迷回病』の話が本当なら痛みは耳を切り落とした痛みが継続している。現に異常な痛みが体中を走っているのか、身軽な身体を苦しそうに地べたにくっつけたままで、身体をうずくまらせていた。
「声を荒げないのは立派だけど、耳に激痛が走ってるんだよな。今、治す」
僕は怪盗道具箱『七七七拒否』から少女を回復させる道具『心鳴再生・世界樹』の苗を取り出そうとするが、「いらない」と弱弱しく声をあげる。
「この痛みがあったうえでの勝ちにゃ。治すのは侮辱にゃ」
「そうか」
たしかに『賭博遊戯』はまさしく真剣勝負。賭けをしたうえでのお互い忖度なしの緊張感あるゲーム。であれば少女の考えを優先しよう。
「約束どおり『七七七拒否』はここに置く。だけど、一点だけ聞きたい」
僕は『七七七拒否』を猫耳少女のか弱い手に重ねながら、真剣な眼差しを向けた。
「ここにまた復讐しに来る、もう一人連れてきてな。そのときはここに来たいと思えば行けるのか?」
「……そうにゃ」
『冥界猫と迷回病』は弱弱しくこくりと頷いたが、不敵に笑っていた。
僕はガチャリとドアノブを捻って扉から出て後ろを振り向くとそこにブルーライトの空間はなく、部室と戻っていた。
僕はにやりとつぶやく。
「情報収集は重畳だ。さて、特別少女『地名美南』と一緒にリベンジしてやるか」
高校生の青春を怪盗する『化物幻奇』はそういった。




