壱話 遊戯(ゲーム)とは青春における怠惰である
2025年10月30日(水)。
「よっ、幻奇。また居眠りかー?」
「んあ?」
快活な声にいざなわれて、僕は安眠からゆっくりと目覚めた。
教室の机に突っ伏して寝ていた僕は、軽く欠伸をしながら声の主を捉える。
野沢大地がにかりと歯を出して笑っていた。大地の表情に影響を受けて思わず僕も微笑み返す。
「授業は退屈なものだからね。仕方ないさ」
「そのくせして頭いいもんなーお前は。夜に猛勉強してるのか?」
「そう見えるか?」
僕は大地に答えを委ねる。勉強という名の青春、それもまた青春としての魅力的だ。実際、僕の勉強総量に関しては人一倍だと自覚はしている。
大地は僕の眼をしばらく見つめたあと、歯を見せて笑う。
「とてもそうには見えない。睡眠学習だな!」
「目の下に隈がないことを確認したなー、意外と策士な奴め!」
「お前よりは策士じゃないさ。ってこんな長話してる場合じゃないな。部活に行くぞ」
「そっか、もう放課後か」
時刻は16時30分を過ぎており、部活に直行していた人間はすでにこの教室にはいなかった。
だからといって閑散とした空間でもない。立ち話をしている人たち、自主学習に勤しむ真面目な人たち、読書をしている人等々。クラスの半分程度はまだ残っている。
「ほらよ、お前のラケット」
大地は四段のメタルラックにあるテニスラケットケースを二つ取り、自分の分を背負い、もう片方は僕に渡す。
僕は「さんきゅー」といい、片手で受け取りながら席を立とうとしたところで、大地の後ろからとある人物が近寄っていることに気づく。
「あれ、由衣ちゃん。どうかした?」
柳原由衣。色欲因子『幻惑空間の独断恋愛』を巧みに操って大地を傀儡にした彼女。もっとも、そのときの記憶は完全消去した。
彼女は色欲因子『幻惑空間の独断恋愛』を使わずとも、仕草は人々を魅了する小悪魔そのもので、男子を誘惑するようにふわりと軽やかなステップで近づき、上目遣いで大地を見つめている。
「大ちゃんに話があるの」
「お、俺!?」
「うんっ!」
彼女は元気に答えると後ろ手に持っていたモノを大地の目の前に差し出した。
「誕生日おめでとうっ! これ、プレゼント!!」
由衣が渡したのは赤ラベルの包装紙で覆われた箱。まさしくプレゼントなのだと思う。
大地はまさか教室でプレゼントを渡されるとは思っておらず、耳を赤くしながら、由衣を直視せずにいた。
「お、おう。ありがとな」
大地の照れてる姿を見るに、色欲因子『幻惑空間の独断恋愛』などなくても告白は成功してしまうんだろうなと僕は思った。
由衣は頬に朱を交えながら、小さな口を開ける。
「それはね、家に帰ってから開けてね。いい?」
「ああ! わかったぜ!」
なんとか由衣と目を合わせて元気よく答えると、由衣の後ろで友達がキャッキャするようにはしゃいでいた。まあ、そういうことなんだろうな。甘々な青春。よくある青春といえば青春だが、これほど純粋な恋模様も身近な僕から見たら微笑ましいものだ。
「じゃあ私は用事があるからまたね。プレゼント開けたら感想教えてねっ!」
「もちろん!!」
由衣はそういって先ほど喋っていたグループの輪に戻っていく。その姿を見届けて僕はからかうようにいう。
「ここで開けるか?」
「そんなわけあるか! うーむ、部活に行くから一度部室に置く。そんで部活終わって家に着いたら開けるかな」
「そうか、ならまずは部室に移動するか」
僕と大地はラケットケースとスクールバッグを背負いながら、部室へと移動していく。
教室から出た大地はスキップしているように足取りが軽かった。
「由衣ちゃんのプレゼント、家で開けるのが楽しみだなー」
「…………鈍感系主人公だな」
思わず呆然としてしまう。大地はさりげなく人助けしたりするからクラス全員に好かれている。だけど好意には鈍感。恋愛にいたってはダメダメにしか見えない。
由衣の好意に気づいていればドギマギしすぎてこんな楽観的じゃなくなる。告白の一件からそれは明らかだ。
まあ誠実に生きた人間、それが大地だ。
由衣のプレゼントと一緒にラブレターでも入っているんだろう。そのときの驚きを僕も見てみたいがさすがにプライバシーの侵害だ。プレゼントを開けただろうと思った時間にでも電話してやるか。
そんないたずら染みたことを考えているうちに、部室前に着く。
古びた建物に、緑の扉が合計五つ設置されている。部活ごとに割り振られており、僕らテニス部は左端の部屋だった。
ドアノブを捻って部屋を覗けば、いつも通り六畳程度の部屋が眼前に現れる——
——そのはずだった。
「……は?」
ブルーライトのキラキラがまぶしかった。
ゲーム機器、PC、スマホ、タブレット、ゲームカセット、コントローラー、ボードゲーム、けん玉、エトセトラエトセトラ——様々な遊戯用器具が地べたにあり、足の置き場さえ困る室内。
ゲームに夢中になっている何人もの人間が、汚い部屋を片付けずブルーライト先にあるゲーム画面に集中してコントローラーをカチカチと動かしている。
全員が多種多様な媒体のゲームを、無我夢中に、真剣に、異常な集中力でプレイしている。だから僕たちがこの部屋に入ってきたことに、誰も気づいている様子はなかった。
「……なあ幻奇。俺らは部室に入ったよな?」
「僕らが入る直前まではそうだったかもしれない。だけど実際はこれだ。摩訶不思議な、怪奇的なことが七怪奇高校内で起こっている」
「怪奇……七怪奇高校との言葉遊びか。お前の好きな言葉遊びに付き合っている状況じゃ——まさか……っ! この状況と何か関係あるのか!?」
「当然だ。これは七怪奇高校の七不思議、転じて『七怪奇』がこの空間を生み出している」
何人もの人間のうち、特に異質な姿——特別な姿の少女を見て僕は断言する。
「『七怪奇』が一つ。怠惰人間『冥界猫と迷回病』だ」
猫耳を生やした少女。白磁のように白く透き通っている肌に、鼠色の上下ジャージ。ズボンから三又の尾が見え、目の前のゲームに集中している様は、まさしく異常。否、異常を飛び越えて特別とさえ思える。
猫耳少女を見るだけで、自身もゲームに没入しているのではないかと錯覚させられる。それほど少女の異常ともいえる過剰な集中力に引き込まれたからこそ、少女がゲームに一区切りつけたことを理解した。
少女は素早く立ち上がえる。猫のような軽やかなステップを見せながら空色の髪をなびかせて移動し、空色の猫目で僕たちを見、八重歯を煌めかせる。
「やあ客人、ボクは『冥界猫と迷回病』 。ボクと『遊戯』で対決しにゃい?」




