肆話 虚(i)×『七怪奇』(i)=?
特別少女『地名美南』は伸ばしている手を震えながら、紫紺の瞳が黒くなってしまうのかと錯覚するほどの表情をしている。
「何をいってるの……?」
「『七怪奇』は死んだ魂が現存しているだけだ。人間か因子になる傾向はあるが、それだけだ。——俺様たちは死んでいる」
「それは理解してるけど……どうしてその話をするの?」
『地名美南』が最も求めていない答えを、俺様は口にする。
「簡単なことだ。虚飾人間『化物幻奇』もその原理に該当する」
「嘘……いわないでよ! 幻ちゃんは私の部屋に来たときもある! 由衣ちゃんと一緒に大ちゃんの家に行ったことも知ってる!」
「…………七怪奇高校の生徒にはそう見えているだけだ。たとえ貴様にそう見えていても、七怪奇高校の生徒以外は『化物幻奇』を『化野現』と誤認する」
「…………」
今までの出来事を捕捉しただけで、特別少女の瞳が歪んでいる。
これより先の真実を知ってしまえば、特別少女は自我を保っていられないかもしれない。だが、事実はつきつければならない。
「そして七怪奇高校を卒業した生徒は『七怪奇』に会えない。当然、虚飾人間『化物幻奇』とも一生会えない」
「…………」
少女の心は脆いのだろうか。その答えは紫紺の瞳に現れていた。
「…………やだ」
涙が決壊するように、瞳がぐちゃぐちゃになってしまうほど、涙を流していた。
「幻ちゃんを忘れたくない。幻ちゃんは付き合うっていってくれたのに!!」
この少女は本当に特別なのだろうか。答えは特別ではあるけど、人並みの精神力なんだろうと思える。
多くの特別によって大人びる余裕があったが、特別な力でどうにもならないときに、この少女は壊れてしまうかもしれない。
「…………」
否、絶対に壊れる。『化物幻奇』が死んだら眼前の少女は廃人となっていた。それはつまり、今、同じことを繰り返そうとしているのではないか。
俺様がそうしてしまった? いやいや、甚だしい傲慢だ。真実が残酷だっただけだ。
少女はついに膝から崩れ落ちて地面を濡らす勢いのまま号哭ともいえる泣き声をあげている。
「ねえ、『化野現』♡ いいすぎなんだよ♡」
「同感にゃ」
二人の少女が、睨みつけるように俺様を見る。
「事実だ」
そう事実なのだ。事実であることには変わらないが、明らかにこの二人の少女は不服そう何かを訴えている。それがどうしてか、わかってしまう俺様がいた。
「貴様ら、『地名美南』が相当お気に入りなのだな」
「当然なんだよ♡ ラブに秘密を全部見せてくれたんだから♡」
逆さハート目をピンクに染めて、にっこりと笑う。
「そうにゃ。ミミナミはボクを救ってくれたにゃ!」
空目の瞳が涙目になりながら、強く訴える。
俺様の知らないところで、再び『賭博遊戯』をしたのだろうか。そして特別な思い出を作ったのだろうか。
「…………」
ジン——貴様は俺様をこういうふうに見ていたのだな。
相手のためにすべてを賭して救おうとしている。友達の枠組みを超えた特別な関係。
その特別に俺様は心を打たれたのか、俺様が本来考えない
「なあ、貴様ら。提案がある。この提案が呑めるかどうか、判断しろ」
「「…………」」
二人はしばし呆然としたあとに、俺様の提案を聞いた。
しばらく黙りこんだあと、二人は意を決した瞳を見せる。
「ボクはいいにゃ」
「ラブも♡」
同意は得られた。あとは実行するだけか……。
「ぐずぐずすんにゃ、傲慢人間」
「そうなんだよ♡」
「減らず口を叩くんだな、貴様ら」
支配の力は、人を畏怖させていたはずだ。それでも『地名美南』の影響だろうか。明らかに畏怖される対象ではなくなっていた。
七怪奇高校にある特別な力は『地名美南』によって揺らいだ。
俺様は揺らいだ力を七怪奇高校の外に追い出す。
「『絶対記憶支配』——虚飾因子『七七七拒否』——『解放』」
『七七七拒否』の上蓋が開き、怪盗道具、日常道具、そして封印した『七怪奇』たちを解放する。
七怪奇高校にとらわれた存在達を解放する。もう、俺様たちにも見えない。
そして、俺様たちも天へ解放する。
「『絶対記憶支配』——『七怪奇』——『解放』」
俺様たち『七怪奇』の物語は、このときをもって幕を閉じた。
*****
「起きてよ、地名……!」
友達の声を聞いて私は飛び起きた。
保健室のベッドで気絶していたらしく、隣で涙目を浮かべた由衣ちゃんがいたらしい。ただ、今は驚いた顔を浮かべている。
「あれ……」
気を失って記憶が飛んでいる。
振り返る——私は泣いていた。『化野幻』、彼とようやっと話し合えると思ったのも束の間、死んだ人間が生き返らない事実を突きつけられた。
そしてその事実には幻ちゃんも含まれている。
そのあと……、泣き崩れた記憶まではある。そのあと、そのあと、そのあと。……どうなったか覚えてない。
「はあ……、よかった。起きなかったのかと思った」
涙目のまま、胸を撫でおろして深い息を吐く由衣ちゃん。私がそれほど死地を彷徨っていたようにみえたのだろうか。友達として過剰に心配しているように見える。
私はにこりと笑顔を浮かべる。
「そんなに心配しなくても大丈夫だよー」
「ったく、卒業式で倒れたときは焦ったんだからね! 貧血のイメージまったくないから余計にね」
卒業式で私が倒れたことになっていた。それは正しくなく、きっと『化野現』の『絶対記憶支配』で記憶が操作されていることが容易に想像できる。
だから私は記憶のところで由衣ちゃんに確認を取りたかった。
「由衣ちゃんは傲慢人間との記憶はないのー?」
「傲慢人間……?」
小首を傾げる由衣ちゃん。この表情は——"傲慢人間"そのものを知らない表情にしか見えなかった。
敗北を認めたといってたから、もしかしたら『七怪奇』から傲慢人間そのものを削除した可能性はある。『絶対記憶支配』であれば可能なんだと思う。そうであれば他の『七怪奇』の話をするべきだ。
「嫉妬人間『黒部愛』、ラブちゃんは会ったことあるよね?」
「……アンタ、ぼけてる?」
もはや首を傾げることさえしない。どころか、私をじっと見つめて、私の具合が悪いのかをまざまざと見ている。
嫌でもわかってしまう。
由衣ちゃんはラブちゃんと出会ったことも忘れている。
「……嘘……だよね?」
「……私が嘘ついているかどうかなんて、アンタが一番わかってるでしょ?」
当然わかってる。由衣ちゃんは嘘をついていない。呼吸に乱れもないし、心拍も平常。表情にも嘘による違和感は一つもないと断言できちゃう。
……こうなってしまうと、私の嫌な予感は的中する気がする。
「由衣ちゃんって、『七怪奇』って知ってる?」
異常に観察眼が長けてなくても、私の姿は悲痛な顔をしていたんだと思う。さらには声も震えていたと自覚している。
由衣ちゃんは数秒、私の表情を見て、逡巡を巡らせて、そして、ゆっくりと答えを口にする。
「…………知らないわよ」
冗談じゃないことは明白。由衣ちゃんの動作の機微、すべてを確認しているけど嘘の動作は何一つ発生していない。
むしろ、私をより一層心配している。これ以上、審議を確かめる必要もない。
『七怪奇』そのものが消えた。
卒業生でも『七怪奇』そのものの記憶があることは由衣ちゃんのお母さんで実証済み。なのに由衣ちゃんは綺麗さっぱり『七怪奇』の記憶が消えている。
「私、助けられなかったんだ……」
「え?」
「由衣ちゃん、私ね、幻ちゃんを助けるように頑張ったけど、ダメだったみたい……」
俯きながら、結果を吐き出した。
もう、こんなことをいっても由衣ちゃんは幻ちゃんのことも知らない。
それでも話してしまったのは由衣ちゃんのおかげで幻ちゃんと死別回避できたから。
「化物? あいつは卒業式ブッチして職員室で怒られているわよ?」
「……………………ん? ————え!?」
思わず俯いた顔を上げ、由衣ちゃんを視る。
嘘はついていない。本当に幻ちゃんを知っている。
「どうしたのアンタ、鳩が豆鉄砲を喰らったみたいに? っていうか泣いてない?」
自然と涙がこぼれていた。
卒業後も幻ちゃんに会えるグッドエンドが待っていた。




