参話 バットエンド
化野現という少年はいたって普通の少年だった。
少年時代の無敵感。自身が特別だと疑いもしない日々。子どもなら誰もが抱くであろうその感覚。少年はその感覚を高校生になっても持ち合わせ続けようとしていた。
少年は特別であろうとし続けた。勉強でも一位を取り続けようとした。部活ではトップ選手であり続けようとした。身の丈に合わない特別になろうとしていた。
だが、現実は残酷だ。
勉強が得意だったとしても、東大に受かることはできない程度。
スポーツに才能がないことを痛感する。特別だから失敗しないと傲慢性を持ち合わせてたが、全国はおろか県内トップにすら届かない。
それでも、少年は自身が特別だと信じ続けた。
そして『七怪奇』という特別がこの高校にあると知ったとき、少年は『七怪奇』になると決めた——たとえ死んだとしても。
「『化物幻奇』の本当の人格……そう聞いてたんだけど、期待外れなんだよ♡ ガックシ」
黒に染まりあがった空間。
逆さハートマークの瞳を宿しながら、言葉通り肩を落とし、頭まで地面を向けてがっくししている嫉妬人間『黒部愛』がいた。
「おい、俺様の記憶を覗いておいてその言い様はなんだ?」
俺様は右手をかざす。あの紫の空間でなければ俺様は無敵だ。
「『絶対記憶支配』——」
「——『地獄の番猫』」
途端、背後から強く引っ張られる。
特別な名を口にするソプラノ声の少女を、俺様は当然知っていた。
「……『冥界猫と迷回病』、貴様も歯向かう気か?」
「まあそうにゃ。君との記憶はないけど、ミミナミが君を取り戻したいといった。それなら友達として協力するのは当然だにゃ」
美南が取り戻したいというのなら、その言葉に怪訝さを感じる。
だが目下の目的は、それと同時に三人に増えた『冥界猫と迷回病』の拘束を振りほどくことが先決だ。
思考を読み取るかのように、眼前の『黒部愛』はにたりと笑みを浮かべた。
「それよりもラブに集中してほしいんだよ♡ アナタ、自分が特別じゃないって気づいているんだよね?」
「そんなわけあるはずがないだろ!!」
思わず激昂する。
その激昂を肥やしとするように下卑た笑みを浮かべるその様は、秘密を握って悦に浸っているからに違いない。
その少女が手をOKポーズにし、俺様の瞳が嘘をついていないか審判を下す。
「絶対嘘なんだよ♥ 『妬目嘘技術』♥」
ぐじゅりとピンクの瞳に黒煙が混じり、墨汁以上の漆黒で埋め尽くされていく。少女の瞳と俺様の瞳がリンクしたかのように、その黒は瞳からさらに奥へ奥へとまとわり、胃に到達。
「あはっ♥ どろどろですっごい美味しいんだよ♥」
「ぐっ……」
うっとりと悦に浸る少女に対し、俺様は異常な吐き気を催す。
胃の中がかき乱されていく。どうしようもなく、どうにもならないほどの嫉妬深さに侵食され、気持ちが悪かった。
胃がひっくり返る自覚を支配でどうにか抑えながら、『黒部愛』を睨み上げる。
「貴様、ただで済むと思うなよ……!」
「二人には協力してもらったの、恨むなら私を恨みなさい!」
後ろを振り向くとそこには『地名美南』が怒りの表情を見せていた。
紫紺の瞳で俺様を見据えたまま、人指し指を向ける。
「——貴方が死なないためにね!」
俺様を殺さないと、だと…………!?
特別を求めている俺様が、あわや特別をすべて諦める行為をするはずがないだろう!!
高校生時代にたとえ死んだでもいいと思って手に入れた特別!!
俺様が、その特別をかなぐり捨てるはずがない!!
「俺様が死ぬわけが……!」
死ぬはずがない!
「俺様が…………」
死ぬはずがない!!
「おれ……さま……が…………」
……死ぬことを否定できなかった。
俺様は死のうとした。半狂乱になっていようが、それは事実。否定はできない。
死別——まさしく特別少女『地名美南』と死別する結末を進んでいた。
俺様は『七怪奇』として完膚なきまでに負け、死ぬ。そしてそれを見た『地名美南』が絶望に染まり、特別ではなくなる。そのストーリーがあったのだと、理解できてしまった。
俺様が死んだ原因は『地名美南』の圧倒的な力だった。
「本当だったら、貴方と剣で戦ったときに貴方を滅茶苦茶にしてしまったんだと思う。『地名美南』——これは世界平和を謳うだけだから、『化野現』を敵だとすれば敵を排除した可能性もあったわ」
そういいながら、涙を一筋落としながらも語る少女。
「初めはこの力で話し合いをしようとは思ってなかった。『大刀・喰喰』で貴方だけにダメージを与えて、幻ちゃんを助けるようにしていたんだと思う」
「…………」
「けどそれだけじゃダメだって気づいた。貴方こそ、幻ちゃんの本物。だから貴方とは仲良くすべきなんだって思ったの」
「……いつ、そう思ったのだ?」
「強欲因子『武疋夢厨』を手に入れた後——幻ちゃんが消えた後よ」
「卒業式よりも前か?」
「ええ」
俺様が『化物幻奇』として消えたあと、卒業式が行われるまでに俺様の存在がいることを感知したのか。にわかには信じがたい。
俺様の反応を感じ取ったのか、特別少女は語る。
「……由衣ちゃんのおかげよ。由衣ちゃんは出会ってきた『七怪奇』の人間たちにも助けを求めるべきだっていったの。私、全部一人で解決しようとしてた」
一人で解決しようとした。それはまさしく俺様と似ている。傲慢な俺様。そして虚飾な分身に似ている。
だが、結局はこうして協力している。そこは俺様と異なっていた。
「貴様ほどの力があればどうとでもなっただろ。どうして協力した?」
「未来で幻ちゃんが死ぬのはわかってたから……かな。だから私だけじゃなくて全員巻き込んだんだー」
「……そうか」
情報の収集は正直怠っていた。支配の力で学校の情報を収集している。だから学校内の情報は筒抜けになっている。当然『地名美南』もだ。
だが『化物幻奇』が『地名美南』と会わないと宣言した後、『化物幻奇』はすべてに抗うように、情報をシャットアウトしていた。その反抗をどうでもいいと見切りをつけ、卒業式のこの日まで姿を現さなかった結果がこれだ。特別な条件を満たさないと出会えない『七怪奇』と協力するという埒外なことを成し遂げていた。
「『黒部愛』、『冥界猫と迷回病』とどうやって再び出会ったんだ?」
「『時空接続』よ。由衣ちゃんにこの力を話したら、”未来の空間に行く力があるなら、『七怪奇』の空間に接続もできるんじゃない?”っていうわれて、たしかめたんだー」
「……合点がいった。『冥界猫と迷回病』を記憶喪失にしても助けたのは再度『賭博遊戯』して勝ったのか。『黒部愛』は、『化物幻奇』に共有されずに出会ったか?」
「……うん。ラブちゃんのこと話すか迷ったけど、幻ちゃんを助けるためにあえて黙ってたんだー」
……準備が用意周到だと思っていたが、全員と協力したからここまでできたのか。たとえ個として最強になったとしても、この者たちが協力関係になれば俺様ではどうにもならんか。
「……完敗だ。死ぬことも許されなかったら、敗北を認めるしかないな」
全力を出し切ったうえでの敗北宣言。今までどの特別をもってしても、俺様の前にひれ伏すことしかできなかった。それが今日をもって崩された。
特別少女『地名美南』は、柔らかな笑みを浮かべていた。
「ようやく、争わずに済む」
その安堵は、一安心としかいえないだろう。
『冥界猫と迷回病』はすっと俺様の拘束を解いていた。
特別少女は頬をビタンっと叩いて自身に気合を入れる。そして倒れている俺様に対して手を伸ばす。
「さっそく貴方と幻ちゃんが別々になれる方法を模索したいわ!」
「……別々にして、どうしたいんだ?」
「もちろん、幻ちゃんと大学に行くわ! 貴方はこれからも『七怪奇』続けて、お互いが幸せになるようにしよう!」
…………ああ、世界は残酷だな。俺様はこの少女に真実を告げないといけないわけか。
「まずは『冥界猫と迷回病』の『賭博遊戯』で——」
「——『七怪奇』の何を使おうとも、俺様たちを別々にはできない」
「…………え?」
「いったはずだ。『化物幻奇』は俺様の虚飾。本来あるはずのない虚。表の反対——裏の存在。そして何より——死んだ人間は生き返らない」
俺様は認識している真実を告げた。




