最終話 地名美南と化物幻奇のグッドエンディング
僕が先生からの大激怒を聞き流しつつ、なんとか卒業証書をもらえると、職員室から出る。
先生のお叱りが長引いた影響で、七怪奇高校は異様に静かだ。卒業後はきっと最後の写真撮影なんかもしていたんだろうけど、僕はずっと職員室にいた。
担任の先生に怒られるだけでなく、主任、さらには校長先生にまで怒られた。理由は当然というべきか、七怪奇高校内にいるにもかかわらず卒業式にまったく顔を出さず、欠席の連絡も入れてないからだ。だけどまあ、怒られただけで卒業証書がもらえたなら重畳だ。
それにしても本当に静かだ。特別さも、もう欠片も残っていない気がしてしまう。特別な青春がなくなって、静かになった空間。
「卒業……したんだな」
ぽつりとつぶやきながら、僕は帰ろうとする。
…………どこに帰るというんだろうな。親もいない。それどころか肉親関係の存在もいない。家もない。
僕は『化物幻奇』ではなくなった化物幻奇。帰る場所なんてどこにもない。
「これからどうするか、考えなくちゃいけないのか」
卒業したあとのことなんて、考えたことになかった。
卒業したら七怪奇高校に居続けることもできない。七怪奇高校において僕の居場所はなくなった。そうなれば居場所なんてどこにもない——そのはずだった。
だけど特別少女が————否、彼女が告白してくれた。新しい居場所は彼女が与えてくれた。
「幻ちゃん!」
嬉しい声音がダイレクトに伝わる。
僕は彼女の声を知っている。
「美南!」
薄暗い廊下の先に、『地名美南』——地名美南が嬉し涙を浮かべながらこちらに駆けていく。
僕も彼女のもとに駆けよっていく。美南はそのまま僕に抱き着く。
「よかった……! 幻ちゃんがいた……!」
「く、苦しいぞ美南」
「あ、ごめんねー」
抱き着くのをやめて、立ちあがりながら、落ちる涙を手で拭って、にっこりと笑顔を見せる。
「また会えて嬉しいよ、幻ちゃん!」
「僕もだ」
強欲因子『武疋夢厨』の特別を共有したあと、喧嘩別れのように美南の前から姿を消した。
そこからの感動の再会だ。口端が上がり、声も上ずるほど嬉しい気分になる。
ただ、どうしても薄暗いところがある。その心情を読み取ったのか、美南は少し声音を抑えて話す。
「『七怪奇』は消えちゃったんだよね?」
「……ああ、消えた————存在しなくなった。そして、本来存在しないはずの僕が存在できるようになった」
僕が結論のみ述べると、美南は僕の意図をくみ取ったように話す。
「対偶、あるいはiとiの掛け算だよねー。”『化野現』がいるなら幻ちゃんはいない”が命題なら、対偶は”『化野現』がいないなら幻ちゃんはいる”になる。あるいは——」
少し顔を赤らめて美南がいう。
「——iに、iの告白をしちゃった。だから幻ちゃんは今いることもできる……とかもあるのかな?」
「僕の言葉遊びに影響されたなー!」
「もうっ! からかわないでよー」
「いいじゃないか! 結局僕は助かったんだ」
僕の結論染みた言葉に異を唱えるように、美南は後ろ暗そうに、ぽつりとつぶやく。
「でも他の『七怪奇』は助けられなかったんだよね」
「だけど、皆納得してくれてたんだ」
「え?」
美南は困惑するような表情を作る。無理からぬこともない。美南は『七怪奇』の結末すべてを見ていないから。
「怠惰人間『冥界猫と迷回病』も嫉妬人間『黒部愛』も暴喰人間『学校喰い者』も——そして『化野現』も全員納得している」
「納得してるの?」
「ああ、美南が『七怪奇』に与えた影響はそれだけ特別だったんだ。君を助けるなら消えるのは怖くない——そう思ったんだろうな」
これは間違いなくいえることだ。彼女の特別は『七怪奇』を凌駕するほどの特別。
彼女の想いが『七怪奇』すべてに浸透した。そして、彼女のためならばと『七怪奇』という存在を消すことを合意した。そうして僕は生き返った——否、初めて人間としてこの世界に誕生することができた。
理屈はそんなわけだったけど、どうやら美南はまだ悩んでいることがあるようで、微妙な表情はしていた。
「納得できないか?」
「納得はできた。でも、せめて『七怪奇』の皆に感謝の気持ちを伝えたいんだー」
「それでこそ美南だな!」
*****
僕たちは旧校舎の屋上にたどり着く。
もう『七怪奇』の噂はなくなったはずだが、この場所こそが七怪奇高校から天にもっとも近い場所だ。
「噂はなくなちゃったけど、この鐘、もう一度一緒に鳴らさない?」
「いいのか? 一度は鳴らしたぞ?」
思い出されるのは体育館で告白をしたあのとき。僕からは見えなかったけど、間違いなく彼女は『幻惑空間の独断恋愛』を使ったはずだ。
「あれは貴方だけにいえたわけじゃないから、もう一度ちゃんと鳴らしたいと思ってるの!」
わがままな美南に僕は思わず頬がほころびながら、快活に応える。
「いいぜ、鳴らそう!」
かつては色欲因子『幻惑空間の独断恋愛』が宿っていた鐘。今や噂さえ完全に忘れられ、この鐘を鳴らして告白しても特別な景色も現象も味わうことはできない。それでも、僕と美南は鐘から垂れた紐を恋人繋ぎのまま、鳴らす。
鐘が鳴り終わり、美南は笑顔を浮かべて告白する。
「私、幻ちゃんが大好き! 改めて、付き合ってください!」
「当然だ!」
差し伸べられた手に応えるよう、手を握る。
「幻ちゃんそのまま握っててね。天国の『七怪奇』にも伝えるから」
その言葉に僕は思わず、彼女の瞳を見る。
『時空接続』。この世に存在するはずのない特別を、天国の空間をこじ開けるために使う。
彼女の瞳のキラキラは、輝きを失っていく。そしてキラキラがなくなった瞳になってしまった。
「…………ダメ、だったかな。頑張ったんだけどなー」
「いや、そんなことはなかったぜ」
「え? 幻ちゃんは『七怪奇』の皆、感じたの?」
「『化野現』だけな」
方便ではない。本当に彼の声が聞こえたのだ。
「いちゃつくなと開口一番いわれた。だけどそのあと、『七怪奇』の皆が笑顔になった——そういってたよ」
言葉が聞こえたのは『時空接続』と僕が彼とリンクされていたから、なんとか聞こえた一言だったのだろう。それ以上の言葉は何も聞こえなかった。
「よかった。皆、笑顔だったんだ」
「不安だったのか?」
「うん、みずから消えることを選ぶのはきっと辛い選択だったと思うから」
「……そうだな」
たしかにつらい選択だ。美南のためを想って卒業まで姿を現さなかった僕は、その気持ちが痛いほどわかった。
「さっ、由衣ちゃんたちのもとに行きましょう!」
「由衣ちゃん、待ってくれてるのか?」
「大ちゃんと一緒に待ってるっていってたよ」
そうして僕たちは旧校舎を立ち去り、校門前にたどり着く。
そこには由衣ちゃんと大地がいた。
「お、最後の最後まで大胆な欠席をかました幻奇。気分はどーだ?」
「最高の気分だ! まさしく、最後の最高な青春だったぜ!」
「すっげぇ開き直り。お前これからどうすんだ?」
「まあまあそんなことはどうでもいいじゃないか」
実際はどうでもよくない。高校卒業した中で何も進路が決まっていない。大学に関しては受験さえしてないし、就職先も決まっていない。まさしく、一年を棒に振った人間だ。ただ、それでも幸せなことに変わりなかった。
「僕以外は大学行くんだろ?」
「ああ、俺は由衣ちゃんと同じ大学が決定した」
「私はね、さっき見たんだけど東大受かったんだー」
そんな吉報を聞きながらも、由衣ちゃんが少し毒づくように話す。
「地名、アンタこれから化物とどうしたいの? 先のこと何も考えてなかったようだったけど、恋人としてこのままにしてもいいの?」
「うーん、幻ちゃんは青春を追ってほしい気持ちがあるから、まずは大学に入ってほしいかなー」
「僕もそう考えていた。大学は大学で面白い青春が待っているからな!」
高校が終われば青春は終わりだと思っていたけど、美南がいればいつまでも青春な気持ちを持てる確信があった。
僕はこれからの先のことを想って、未来の一歩目を話し出す。
「まずは皆、これから卒業記念にご飯でも行かないか? もうお腹空きまくってるんだよなー」
「だと思って店は予約したぜ!」
大地がスマホを見せながら、にやりと笑う。
この青春も、高校生活の中では味わい切れなかった青春だ。
「さすが大地。じゃあ行こうぜ!」
僕の人生から『』つく特別は失われたかもしれない。だけど、美南との特別な関係は始まったばかりだ。
願わくば、この特別な関係がずっと続いてほしい。




