弐話 『化物幻奇』の死
流星群以上の量を超える流れ星が空を駆けている。満天の流星が流れる下、荒廃な地面の上に僕は『学校喰い者』と向き合う。
闘技場のような円形を模ったステージ。階段式の観客席に囲まれてながら観客はゼロというなんとも虚しい観客席になっている。
「ありゃ、ギャラリーも出そうとしたんだが失敗失敗。オレっちが考えた通りにしたかったが、どうやら不完全になっちまったらしい。……まあ、別空間にできたことだけ誇らしく思っとくかー」
ギザ歯を見せながら「ぎゃははは」と豪快に笑う。その姿がどこか懐かしいように見え、あるいは青春らしく見える。
「さっさと始めようぜ。この空間に来たってことは戦いの手札はあるだろ?」
「どうだろうね。ないかもしれないしあるかもしれない。どちらもありうるよな」
「はぐらかすのか。まあいいぜ。テメーは今回こそ『大刀・喰喰』に喰い狂わされると宣言するぜ!」
少年がそう豪語した瞬間、目の前に向けられている大剣から異質な存在がせり上がる。
ぐちゃぐちゃと嫌な音をけたたましくかき鳴らしながら、現れたのはギザ歯。まるで『学校喰い者』のギザ歯がそのまま『大刀・喰喰』に転移したかのような異形だ。そんなギザ歯が『大刀・喰喰』のいたるところに現れていた。
『大刀・喰喰』は獲物を捕食するような、ご馳走を目の前にするように、ぐじゅりぐじゅりとよだれを垂らしながら僕を見ている。
重い大刀を横なぎに振り払うために、タメを作る眼前の相手。しかしながら、リーチが圧倒的に足りない。
「その大剣を振り回しても僕には届かない。一体どうするんだ?」
眼前の相手はギザ歯を広げて満面の狂気を浮かべた。
「『大刀・喰喰』、狂い喰え!」
振り払う動作をした瞬間、大剣に現れていたギザ歯ががたがたとすべてを喰らい尽くすかの如く、歯、それ自体が伸びる。
僕を喰らい尽くそうと、無限に伸びるように僕に襲い掛かる。
「『七七七拒否』――展開!」
いつの間にか手のひらに握っていた『七七七拒否』を展開――上蓋が開いて、そこから様々な道具が散乱する。
双眼鏡、ルーペ、怪盗衣装、トランプ。それらを盾にしたが『大刀・喰喰』は片っ端から怪盗道具をガチガチと、音を轟かせながら喰らい尽くしていく。あまりの硬度だろうか、まるで破砕機のようなうるさい轟音が『巨暴喰闘技場』に響く。
僕は低姿勢になり、『大刀・喰喰』の喰い攻撃を前転してなんとか回避する。
さらにはその勢いを利用して相手の足元に、『七七七拒否』から取り出した煙幕弾をトンと落とす。
「あん?」
シューという音がしながら、視界がもやもやと煙に包まれる。これで相手との視界は途切れた。『七七七拒否』を手元に戻して攻撃態勢を――
「バカがっ! 『大刀・喰喰』、ゲンを食いちぎれ!」
「っぁ――!?」
横腹に激痛が走ると同時にバックステップで距離を取っていった足が絡まって、盛大にこけてしまう。
激痛が走る腹部に手をあてると、ねちょりとした不快な感触がある気がする。
煙幕によって見えないけど、この激痛からどういうことが起こったのか、想定はできる。
「……喰いちぎられたか」
明らかな失態だが、カバーはできる。
「『心鳴再生・世界樹』」
『七七七拒否』が巨人のように巨大化し、下蓋が開かれる。
めきめきと大木が地面を捉えて根を張り、天高く伸びあがる。コロッセオの客席最上階よりも高く、伸び伸びと育ちすぎた幹。その根元にいるだけで、超常的な回復が可能となっていた。
事実、食いちぎられていた腹部の痛みは消えている。
その状況を見た相手が、怪訝そうに地面に唾を吐きかけるようにつぶやく。
「嫉妬因子か……テメーやっぱあの二人のうちどっちかを『七怪奇』にしやがったな?」
「……嫉妬因子? 『七怪奇』にした? 何いってんだ?」
意味がわからなかった。『七怪奇』の嫉妬は、嫉妬人間『黒部愛』しかありえない。それなのに眼前の相手は『心鳴再生・世界樹』を嫉妬因子と呼んでいる。
僕の疑問符ある声に気づいたのか、『学校喰い者』は呆れなため息が嫌に聞こえる。
「……はあ、記憶がないんだったな。じゃあ気にすんな。気にせず、死闘に集中しろ!」
ぐじゅぐじゅと、気持ち悪い音が聞こえる。それは『大刀・喰喰』から現れた悪辣なギザ歯たちのよだれ。飢餓から解放されたく、暴れ喰らうことを今か今かと待ち望んでいるように聞こえる。
ならば僕も、今のうちにと準備をする。
手元に再度『七七七拒否』を取り寄せる。そして上蓋から様々な道具を取り出していく。
そして罠を設置し、怪盗道具ワイヤー型射出装置でぐいっと『心鳴再生・世界樹』の幹の上まで移動してすたりと着地する。この間わずか数秒。怪盗道具の捌き方に我ながら惚れ惚れしながらも、相手の出方を伺う。
足元から煙を振り払うようにして現れた『大刀・喰喰』。やはり横一文字に振り払ったようだ。
『大刀・喰喰』は周囲にあるものをすべて喰らい尽くす。狂うように喰らい尽くす。それが仇となる。
「なっ――!?」
異常な光と、けたたましい爆音が『大刀・喰喰』と持ち主の『学校喰い者』を襲う。
閃光手榴弾――スタングレネードといった方がわかりやすいだろうか。『七七七拒否』には戦闘における武器も多い。怪盗道具の側面として非常に役立っているモノが多い。僕は怪盗道具からサングラスと耳栓をした状態でスタングレネードが炸裂したけど、完全に無防備な『学校喰い者』がその場で止まり、倒れる。さらには『大刀・喰喰』も生命なのか生えているギザ歯は大人しく口を閉じて、こちらも倒れた。
「……やったか?」
しばらく時間が経ち、バトルでの激闘の数々など何もなかったように静まっていた。
『七怪奇』も『七怪奇』が使っている『大刀・喰喰』も動く気配がない。
そして現実の世界に引き戻されることもなく、依然としてこの『巨暴喰闘技場』の中に閉じ込められている。
怠惰人間『冥界猫と迷回病』の展開した空間『賭博遊戯』では勝敗が決したら解除された。それでも解除されないのは『賭博遊戯』とルールが違うかもしれない。
だとすると、明確にこの空間を解除する方法が一つだけある。
「青春を――『七怪奇』を怪盗しろってことか」
ただ、そうやすやすと近づくことはしない方がいいだろう。
僕は『七七七拒否』から『迷彩皮膚』を取り出して、全身を覆い隠すフードのように纏う。これで相手は僕の姿を認識できない。
ワイヤーを使って音を立てずにゆっくり降りて、地面に着地。
足音を立てずに『学校喰い者』のそばまで近づく。
ここまで来れば、あとは『七七七拒否』を使って怪盗できる。
「『青春怪盗――」
――『青春怪盗』効力を発揮する前に、一枚の写真が、否、半分に破かれた写真が目に入る。
正門の前で肩を組みあった二人組。仲良くし、笑いあって二人で笑みを浮かべている。
僕と『学校喰い者』。
高校生の僕と、『七怪奇』の『学校喰い者』。ただし、二人とも現在の七怪奇高校とは違う制服。少し古い、そんな時代の姿。
「なんだ、これ……」
意味がわからない。僕の記憶には、まったくない。
なぜ、『七怪奇』が七怪奇高校の制服を着ているのだろうか。
なぜ、写真という媒体に収めることのできない『七怪奇』が写真に写っているのか。
なぜ、僕は『学校喰い者』と親友のように肩を組んでいるのか。
なぜ、写真が真っ二つにされているのか。
なぜ、この写真を撮られた記憶がまったくないのか。
「狂い喰え、『大刀・喰喰』!」
「っ――!?」
気絶していたはずの『学校喰い者』がにやりとギザ歯を見せると同時に大剣も待ちわびていたといわんばかりに巨大なギザ歯をぎらつかせる。
『大刀・喰喰』は独りでに動き出して僕の身体を貪り始める。
『七七七拒否』を開いたまま宙に放り出してしまう。
ギザ歯は僕の身体をすべて食い尽くすような速さと食欲旺盛なぐぎゅるるとなる音を口から放つ。
衣服など簡単に貫通する鋭い牙。それは当然、皮膚さえも嚙み砕く。
「がぁっ!」
痛い痛い痛い痛い痛い――!!
「さあ本性現わせよ、ゲン。『化物幻奇』なんて馬鹿げた虚飾人間の肩書を捨ようぜ」
痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い――!!!
何をいってるんだ分からない分からない分からない――
「もう一度死ぬほどの死闘を始めようぜ、『化野現』。いや、傲慢人間『青春・続』」
痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い――!!!!
腹部から血が溢れて――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――虚言すぎるか。
『七七七拒否』の開門状態で『自分の記憶』も思い出してきたな。
虚飾人間『化物幻奇』から血が溢れるなんて虚言だ。痛みも虚言。
『化物幻奇』という存在こそ幻であり虚構。現実を着飾った虚構の存在。
『化野現』がもう一度高校生活を送るためだけに作った虚式――架空存在『化物幻奇』。
そして目の前の存在は故人『化野現』の親友、故人『神喰人喰』。
「そうだな。もう一度死ぬくらいの死闘、やろうかジン。いや、『学校喰い者』」
『化物幻奇』の肩書を捨てるように、開門された虚飾因子『七七七拒否』の中身――真っ暗な空間から『自身の記憶』を完全に取り戻す特別を口にする。
「『虚現替』」
『化物幻奇』の記憶と、『化野現』の記憶を交換する。
記憶の交換なぞ、脳の負担が異常すぎて発狂するだろう――俺様を除けばな。
俺様は髪をかき上げ、オールバック姿で堂々と豪語する。
「全部思い出したぞ『学校喰い者』。邂逅できたのは実に三年ぶりだな」
すべて思い出した。俺様はこの世界――七怪奇高校を統べる傲慢人間『青春・続』。
世界の記憶を支配する存在であり、虚飾人間『化物幻奇』の本当の姿だ。




