壱話 青春を終わらせたくない
2026年3月6日(金)、卒業式。
「卒業証書、授与」
嫌な響きが体育館の外でも聞こえる。
下級生も同級生も先生も親も、卒業式のために体育館へ集まり、卒業する我が子を見守っている。
ただ、僕だけは違う。無人の薄暗い廊下をとぼとぼと歩きながら、時間をつぶしている。
まるで黒だけの景色を歩いてずっと迷っているといっていい。それこそ、学校に通わない人が『遊戯』をし続けて学生という本分がまっとうできていないように迷っている。
迷い続けても目的地には近づけていたようで、僕はようやっと体育館前にたどり着く。
体育館の外から見える大人たちが多くて、卒業式に途中参加する気さえ失せる。大人は青春時代を過ぎ去ったあとの人間だ。特別になれる可能性がなくなった終わっている存在。高校を卒業したら大学や専門学校に通うか、あるいは働き出すだろう。あるいはニートになってしまうかもしれない。そして大人になってしまう。
「……青春を終わらせたくないよなあ」
卒業式というイベントが嫌いだ。勉強以上に、大っ嫌いだ。
卒業式が終われば青春は終わり。かけがえのない青春が終わりだ。青春が終われば、何もない。何も楽しめない人生が地獄のように続くだけ。
卒業式に参加しようがしまいが、青春は幕を下ろす。大学だって青春はあるだとか、社会人だって青春はあるだとか世間は好き勝手いうけど、クソ喰らえだ。
青春は高校生まで。青春という特別な春が過ぎ去れば、次は社会の歯車として働く夏になり、歯車が落ち着く秋になり、次の歯車に託す冬となる。だからこそ、歯車から解放されている青春という春は美しい。青春という特別は素晴らしい。何度だって謳歌していい。死ぬまで青春を味わいたい。隅々まで味わいたい気分だ。
青春が足りない。青春が喰い足りない。もっともっと青春を喰らい尽くしたい。骨の髄まで、血液一滴さえ残さず喰らい尽くしたい。
青春を喰らって狂って、満足に足るまで喰らい尽くさなきゃ卒業なんて許さない――。
「タンッ――」
「っ……!?」
何かが倒れた音が廊下側から響き振り向くと、そこには竹刀があった。
「……なんのいたずらだ?」
竹刀は一本だけじゃない。体育館とは逆方向へ歩くと、無人の廊下には一定の距離間隔で竹刀が置かれている。
大人は体育館で子どもの行く末を見ているから、この異常現象に気づかない。卒業式を欠席した高校生だけが、僕だけが気づく道しるべ。
竹刀をたどって階段を上がっていく。まだ竹刀はあるようで廊下を歩くととある教室のドアにも竹刀が置かれている。
その教室は空き教室。そこは机と椅子がすべて奥に押し込まれていた。
そしてその上で器用に腰掛け、三日月口とギザ歯を見せつける存在がいた。
「ようやっとオレっちを見つけたのか。ったく、待ちくたびれたぜ」
白髪のショートカット。ゆらりと獲物を見つけたように身体を揺らし、アホ毛も揺らして立ち上がる。
右目が赤、左目が青のオッドアイ。
背中からは巨大な剣の柄が見えている。
七怪奇高校のジャージ姿にも関わらず裸足という格好が、相手が学生ではないと如実に物語っている。
「お前は――」
僕は眼前の存在を知っている。探し求めていた『七怪奇』の一つ。
巨暴喰の青春。上の存在に臆さず、下剋上を仕掛ける存在。すべての上を――学校の上も宗教の上も野球の上も政治の上も何もかも、すべての上に対して反発心を燃やして戦いを挑む存在。
「――暴喰人間『学校喰い者』」
「なあゲン、そんな堅苦しい呼び名で呼ぶなよ。昔と変わらずオレっちのことはジンと呼んでくれ」
「……何をいってるんだ?」
意味がわからない。なぜ、『学校喰い者』がこんなにも気安く話しかけてくるのか。さらには、昔らしくという単語が意味不明さに拍車をかけている。
僕は『学校喰い者』と同級生でもなければ後輩でもなければ先輩でもない。一度も会ったことがないはずだ。
驚きが顔に出ていたのか、『学校喰い者』はポリポリと髪を搔いた。
「……テメー、また記憶喪失にしやがったのか」
「また……?」
疑問符が頭に浮かんでしまう。
本当に意味がわかなかったけど、あきれ顔のままため息をつかれてしまうほどだったらしい。
「ま、いいさ。ゲン、テメーはどうせ青春を怪盗してんだろ?」
「……そうかもな」
不思議と言い訳をする必要がないと心から理解できる。それくらい、眼前の存在は初めて会ったにもかかわらず理解しやすい存在だ。
綺麗なギザ歯を見せびらかし、にやりと笑う。
「なら話が早いぜ。テメーを倒せばオレっちの勝ち。オレっちを倒せばテメーが青春を怪盗できる。それでいいだろ?」
「『賭博試合』みたいなものか。『遊戯』じゃなくて、決闘になるわけか」
僕は独りごちると、相手は興味を示したようにギザ歯を大きく開く。
「その特別は知らねぇな……。さてはまた『七怪奇』を変えたんだな! 大方、オレっちの前に現れたことのある猫耳カチューシャをつけた冥娘か? それかメンヘラ少女の愛恋か?」
「…………誰のことだ」
本当に誰のことかわからない。だけどどうしてかその響きに似ている存在を僕は知っている気がしていた。
「遊間冥娘と黒淵愛恋だぜ。けど結局忘れてんだから今のテメーにいっても伝わらねーな。さっさと決闘空間、展開しちまうか」
『学校喰い者』は背名にある柄を持ち、ぶんっと振り下ろし、切っ先を向けられる。
黒曜石のように煌びやかな巨大な大剣。そしてその大剣を片手で振り下ろした腕力。その動作をまったく苦にしないようで、苦悶の表情は浮かべない。なんなら白い歯を浮かべるほどの笑顔だ。
赤と青の瞳をきらりと光らせて、ギザ歯を大きく開き、大声で宣言する。
「『巨暴喰闘技場』――展開!」




