幕間 『化物幻奇』のいない世界
2025年9月12日(金)放課後。
告白を断られたあの日から、幻ちゃんを見かけなくなった。
授業も当然欠席で、放課後に姿を見せることもない。ぽっかりと心に穴が空いた気分。夜に私室で勉強するときに窓から少しでも音が鳴れば思わず窓に近寄ったりもしたけど、窓を叩く音が聞こえることはない。そして幻ちゃんは音沙汰もなく、行方不明。先生に話を聞くと「連絡は取れていて問題ない」の一点張り。さらに――私は幻ちゃんの家を知らない。というよりも幻ちゃんの家は誰も知らなかった。いや語弊がある。先生たち大人は知っているけど、プライバシーを盾にして教えることはできないと拒否られてしまう。つまるところ、私はこの先の人生、幻ちゃんと会わずに生涯を終える可能性がある。
「幻ちゃんと会えないのは寂しいなー……」
思わず空を見上げながら独り言ちてしまうと、後ろから突然の声がかかった。
「美南さん、大丈夫かい?」
後ろを振り向くと、そこには大ちゃんと由衣ちゃんがいた。由衣ちゃんは腕を組みながら大ちゃんを渡すまいとグイっと引っ張りながら睨んでいる。
「大ちゃんは優しいから声をかけたのよ。色仕掛けはしないでね」
「しないよー。それより……」
私は頬をかきながら二人を見つめる。うん、聞こえちゃったっぽいね。
「独り言、聞こえちゃったんだねー」
「そうだな。正直なところ、俺も幻奇のことは心配だ。会えてないし、なんなら連絡も取れなくなった。ったく、どこで何をしてんだか……」
大ちゃんははぁとため息をつく。大ちゃんがナイーブになっている姿はあまり見たことがなかったけど、幻ちゃん絡みで落ち込んでいるのは私でなくてもわかる……彼は、人を思いやれる優しい人だなってつくづく思っちゃう。
そして隣にいる由衣ちゃんは私の顔をじっと見ていう。
「アンタがしょぼくれてると張り合いがないのよ。前みたいに相談くらいだったら乗るわ」
ふんっ、とまるでツンデレのようにふくれっ面をしながらも協力を惜しまないといってくれる友人、由衣ちゃんは心強い。
だから私は甘えることにしてみた。
「うん、またお願いしてもいいかな」
その後、大ちゃんは自身の自宅へ、私と由衣ちゃんは私の部屋に移動する。大ちゃんを連れて行かないのは、幻ちゃんの話を聞いて落ち込むと思うからと表情から一瞬で理解できた。それくらい由衣ちゃんは恋人想いだととらえると、やっぱりいい女の子なんだと思える。
私室の丸テーブルに座ると、由衣ちゃんは「それで?」と話を切り出す。
「どんな告白して、あの図太い化物が学校に来なくなるなんてことになったのよ」
私は告白のことの出来事を一字一句、まったく同じ説明をする。
しばらくぽかんと呆けていた由衣ちゃんは深いため息をついた。
「東大志望のアンタと同じ大学へ行こうだなんて、ばっかねー。私だって大ちゃんに無理いってたと思うけど、アンタはもっと無茶ぶりすぎよ」
心底呆れているように口端がにへらぁと歪んで苦笑してるのが見て取れる。男もいないので、いつも以上にひどい言葉遣い。
そういえば由衣ちゃんと大ちゃんの行く末がどうなったのか聞けてなかったな。
「由衣ちゃんと大ちゃんって結局同じ大学行くのー?」
「そうよ。私の第一志望ではないけどね。それでママに怒られたけど、奨学金もろもろでやりくりして自立する。なんならママを援助するっていったら許してくれたね」
「しっかり将来考えているんだね、由衣ちゃん」
「アンタに褒められるなんて……、明日は雹でも降るのかしら」
「雹なんて見たことないねー」
「字面通り受け取ってんじゃないわよ。冗談だってわかってるくせに」
「そうだねー。ちなみに大ちゃんはもう大丈夫そうなんだよね?」
先ほどあった大ちゃんは元気そうに振舞っていたけど、夏休み前よりは痩せていた。飢餓するほどではないのはわかっているけど『七怪奇』から解放されてどのくらい元気になったのか、私には判然としなかった。
「ん、そりゃあ私が大ちゃんの健康管理し始めたからね、もう大丈夫よ。私の家事力なめんじゃないわよ!」
えっへんといわんばかりに鼻を鳴らして上機嫌にしている表情。もう大ちゃんも大丈夫なんだろうなと彼女を見てるだけでそう思える。由衣ちゃんはいいお嫁さんになりそうだなーと思ってしまう。
そんな由衣ちゃんが「さて」と話を切り出す。
「化物がこのままだと死ぬ。そして結末は体育館の中が滅茶苦茶になって、化物が死んでいるという未来。この未来を覆すんだったわよね?」
「うん。……だけど、その未来を覆す方法が私じゃ思いつかないの。由衣ちゃんは何か思いつかない?
質問を投げかけると、由衣ちゃんは私を指さす。
「アンタ自身が一番解決できるでしょ。異常な身体能力で化物は相手にならないだろうし、それ以外でもアンタは異常すぎるほどに秀でている面が多すぎるのよ。それでどうにかならないの?」
「……ならないから、幻ちゃんは死んじゃったんだと思う。ただ」
「ただ?」
「由衣ちゃんに相談しているこの現状で、何かが好転していると思うんだー。だから由衣ちゃんの助言で何か突破口が開ける気がする」
これはまさしく本心だ。幻ちゃんをちょっと裏切ろうと思ったラブちゃんとの出来事。それはきっときっかけだったけど、そのキーになったのが由衣ちゃん。ただ、それだけじゃ足りない。幻ちゃんを助ける欠片が足りない。
私はまっすぐな視線を向ける。
由衣ちゃんは顎に指を当てて、記憶を整理するようにゆっくりと話す。
「出会えてない『七怪奇』は二つ。暴喰人間『学校喰い者』、傲慢人間『青春・続』。そして暴喰は卒業式の日に会えるはずだって」
「うん」
「仮に卒業式の日だと、未来のアンタイコール現在のアンタになる。……つまり、未来のアンタから情報を得るのは不可能。仮に渡したとしてもこれ以上の情報が引き出せない……」
「…………」
あまりにも耳が痛い。そのとおりとしか頷くことしかできない。
卒業式の日に暴喰人間『学校喰い者』に出会えても、すでに卒業式。さらには傲慢人間の所在も知らない。
強欲因子『武疋夢厨』で共有された記憶はあるものの因子だ。今までの経験から一言喋るのが未来の私の限界なのは明白。さらには出会ったとして未来の私がこれ以上知っている出来事は少ないように見える。
そんな中、由衣ちゃんはぽつりと結論を出す。
「情報が引き出せなくなるのは未来のアンタだけ。それなら、他の人から情報を引き出せばいいんじゃない?」
いまいちわからなかった。他の人から情報を引き出せばいいんじゃないかっていう意味そのものに強烈な違和感を抱く。その問いに答えを見出そうとして、由衣ちゃんの心を読むように、深層心理を理解しようとする。
由衣ちゃんの表情としては意地悪もなく、小悪魔らしさもなく、なんとなく出た発言だということがうかがえる。まるで当たり前の提案だと思うような、当たり前の発言をしている自覚があるよという表情だ。であればこういうことかな。
「幻ちゃんにどうにかしてあって情報を引き出すってこと?」
「化物は会えないんでしょ?」
「うん。だから他の人っていうのがわからなくて。大ちゃんとか?」
「大ちゃんが何か情報を持ってたらもちろんそれでもいいわよ。ただ、それ以上にもっと適任がいるけどね」
不敵な笑みを浮かべた小悪魔由衣ちゃん。その表情を読み取って、ようやく私も合点がいった。
「それって――」
そのあと。他の人から情報を引き出すための作戦会議を由衣ちゃんを開いた。
これがきっとバットエンディングを回避するために、必要なことなんだと気が付いた。




