参話 被害甚大、火が遺人台
僕の下した判決に、可愛らしいほっそりした眉を寄せ大地の部屋中央に移動し、周囲を見渡す。
「本当にここに『武疋夢厨』があるの? 大ちゃんが肌身離さず持っている可能性だってあるんじゃないかな?」
「ないな。『武疋夢厨』の暗示力は異常だ。持っていれば周囲の人間も努力の暗示にかかる。3年生だけじゃなく1年生まで受験勉強を始めるはずだ。それこそ、楽しみも私生活も寝食もすべて忘れてね」
憶測も含んでいるが、そのくらいの脅威は間違いなくある。『七怪奇』の因子系の恐ろしさ、それは人ではなく因子としてその効力を伝え続ける点にある。
色欲因子『幻惑空間の独断恋愛』がいい例だ。男女がいて告白さえすれば絶対に付き合い、さらに告白された側は相手の言いなりになってしまう。相手の言いなりにすることが目的なら、旧校舎の屋上で異性に対して何度も告白しながら鐘をならすだけで達成できる。異性の生徒全員を文字通り我が物にできる。正直馬鹿げているといっていい。
「その脅し、逃げたくなっちゃうわよ……」
「でも、由衣ちゃんは助けるだろ?」
由衣ちゃんは強くうなずいた。
「うん、大ちゃんを助けたい。そのためには『武疋夢厨』を見つけなきゃだけど……どういう形なのよ?」
「何かに寄生しているはずだから、姿かたちは僕もわからない」
色欲因子『幻惑空間の独断恋愛』だって鐘に寄生していた。強欲因子『武疋夢厨』もその等式は崩れない。
「何に寄生してるって判断できる方法があるの? そうじゃなきゃ、探しようがないわよ」
「そういうときは『武疋夢厨』がどういう存在だと噂されているか思い出せばいいんだ」
由衣ちゃんは『武疋夢厨』の怪談話ならぬ『七怪奇』話を思い出すように、目をつむりながら記憶をたどっているようだ。
ぽつり、ぽつりとゆっくり話す。
「ある日、努力をしろと身近な物体が語りかけてくる。”その物体に対して”努力したいと願うと、努力し続ける。野球部なら、バットに語りかけられて努力すると応じて、ずっと――授業なんてお構いなしにバットを振り続けるって聞いたことがあるわ」
「それって努力という感情が、物体を介して伝えているよね。ってことはやっぱり、この部屋で、身近なモノに寄生している可能性が高い」
「本当にそんな決め方でいいの? 噂だけで決めつけていいの?」
小首を傾げる由衣ちゃん。僕は「決めつけはあるけど、それくらいがちょうどいいんだ」としたり顔で笑みを浮かべる。
「噂の比率のなかで、一番比重ある噂が選択されやすい。昨今話題のえーあいみたいなもんだよ」
「ふーん、そうなのね。ってことは大ちゃんが身近に持っていそうなモノを探せばいいのね」
そうして、僕たち三人はモノを探し始める。
大地が受験シーズンで使わなくなったテニスラケット、シューズ、備品としてありそうなグリップ等々。テニス用品には寄生してなさそうだ。
由衣ちゃんが何を探しているのか振り向くと、彼女はその場で固まり、シャーペンを握りしめていた。
「急に燃えて……!」
そのシャーペンは僕も見たことがある。木軸シャープペン”S20”。他の機械的なシャーペンとは違い、使えば使うほど木軸がなめらかになっていくシャーペンだと大地はいっていた。そしてそれは由衣ちゃんのあのプレゼントの中身だといっていた。由衣ちゃんはプレゼントに「大ちゃんで少し心配あるのは勉強。だから、そのシャーペンがなじむまで必死に勉強してほしい」というなんとも小悪魔とは正反対の、まさに天使のようなアドバイスがあったとか。実際、そのおかげもあって数学と理科は得意教科となるほど伸びた。
そのシャーペンが、赤く、赤く、赤く、燃え上がっていた。しかしながらシャーペン自体は焼けることがない。永遠に焼けない炎をずっと見続けている感覚。
「それ、やけどはしてないんだよな……?」
由衣ちゃんは恐怖に染め上げれながらも、なんとか冷静さを努めるようにこくりと頷く。
明らかに燃えているようにしか見えない。だけど実態は燃えてないから彼女にも延焼もしない。普通の現象とはかけ離れている。超常現象を起こしている。科学の力では説明がつかない。怪奇的といえる現象だ。僕は声をあげ、由衣ちゃんに手を伸ばす。
「決まりだ由衣ちゃん、そいつが『武疋夢厨』の寄生先だ! 僕にくれ!」
「……ええ!」
由衣ちゃんが燃え上がったシャーペンを僕に渡す。
受け取ってみると、努力をしなければならないという強迫観念に襲われる実感がある。まるで燃え尽きるまで勉強し続けろといわんばかりだ。
ずっと持っているのは危険だが、先にやることがある。
僕はシャーペンを持っている手とは反対の袖口から『七七七拒否』を取り出す。
コロコロと手元まで転がして、シャーペンが入る程度の箱に形を変化させていく。
上蓋を開き、『自身』があふれ出ながらも、自我を何とか保ちながら、冷酷な目で強欲因子に告げる。
「『武疋夢厨』。君は青春失格――いや、『七怪奇』失格だ。努力をそんな退屈なものとして扱うなんて、ましてや僕の友達を巻き込むなんて。この僕が――いや、オレ様が支配し尽くし――」
「――なあ幻奇、それをどうしようとしてるんだ?」
部屋の入口を見ると、大地が悪役さながらシニカルに口端をあげていた。




