弐話 暗示された人間の、成れ果て空間
放課後。大地が教室で勉強していることを確認した僕と由衣ちゃんは、すぐさま大地の家に行った。
「でっかい家だよなあ」
黒い鉄の装飾フェンス。その向こう側、家の入口までまるで道路のように長く舗装されたアプローチが伸びている。さらに両脇には芝生が隙間なく敷き詰められていた。
家そのものも豪華絢爛。今は大地とその父だけしかいないとのことだが、十人大家族が暮らしていてもまだまだ部屋のスペースはある広さだ。一度大地の家を探索したことがあるけど、学校と同等の広さといっても過言じゃない。そんな家の持ち主が、大地の父である。
由衣ちゃんは胸を張り、鼻高々にいう。
「私の彼氏だからね! あったりまえじゃない!」
「いつもいちゃらぶする前はいつもこの家見てるだろ、ひゅーひゅー」
少しからかってみると由衣ちゃんは頬を少し赤らめる。
「な、何よ! 別にいいじゃない。大ちゃんの立派なおうちなんだもん!」
僕はそんな軽口を叩きながらも玄関のチャイムを押した。
ピンポーンという軽快な音とともに、すぐに大地の親は反応してくれたようで、インターホン越しに声が聞こえた。
「柳原さんと……そちらの男性は?」
低音ながらもおっとりとした声。そんな大地の父が僕の存在を忘れてしまったらしい。
「忘れちゃったんですか、大地のお父さん。僕ですよ、幻奇です!」
「ん……ああ、化野くんか。以前と変わらず元気そうじゃないか」
「化野……?」
由衣ちゃんが怪訝そうにこちらを見る。大地の父に聞こえない程度の小さな声で、僕はぼそりと耳打ちする。
「……僕は苗字を二つ持っているんだ。詳しく話すとややこしいから、話したくないんだ」
「……そうなんだ」
「それで二人はどうしてここまで? 大地はまだ帰ってきてないが……」
由衣ちゃんは少し俯いたのち、意を決して話し出す。
「最近、大ちゃんの様子がおかしいことに気づいてますか?」
「ああ、勉強の度が過ぎていると思う。受験生とはいえ、大地は四六時中勉強をしてるといってもいい」
「学校でも同じなんです。そして原因なんですが」
由衣ちゃんは一拍間を置いた後にインターホン越しの相手に不可解であろう事実を伝える。
「信じられないかもしれないんですが、『七怪奇』……幽霊のようなものの仕業だと考えてます」
「どうしてだい?」
「大ちゃんの目つきが最近怖いんです。目の下のクマもひどいのもあるんですが、何より異様な努力をしていて、周りが見えてないんです。私たちの学校に強制的に努力させてしまう怪談話があります。大ちゃんはその状態になっているんじゃないかと思ってしまうんです……!」
「……にわかには信じたいが、柳原さんの見解はわかった。それで本当に幽霊がいると仮定して、君たちは大地がいないこの家で何をしたいんだい?」
「大ちゃんの部屋でその幽霊がいないかを探したいんです。いいですか?」
由衣ちゃんが心を込めて話し切ると、大地の父は悩んでいるようで、何も声が発せられなかった。
しばらくして、声が聞こえる。
「幽霊が本当にいるかはわからないが、いいだろう」
そうして門扉が開き、大地の家に入る。
家の中もやはり豪華絢爛。レッドカーペットでのお出迎えされ、頭上を見上げるとシャンデリアがある。まるで貴族の家だなと思うけど、実際のところ大地の血筋は武士の家系だ。僕の情報収集結果から知っている。そして武士時代に築いた土地などを用いて、地主業を生業としている。正直、人生勝ち組だと思う。由衣ちゃんの母が彼と結婚する、そんな話が一年前話にあったけど、実際そのように行動するのは資本主義の現代において正しい発想だ。ただあまりに現実主義だなと思ってしまう。
まあ、大人なんて現実主義の塊。生存能力を身に着けてしまうと、現実主義者になってしまう。そんなの、青春を味わえなくなった人間。いや、青春を知らない機械と同じじゃないか。僕はそんな存在を酷く嫌悪してしまう。
「化物、大丈夫?」
「ああ」
由衣ちゃんが心配そうに声をかけて、 なんとか応える。
と、すでに大地の部屋にたどり着いていた。
目の前のドアの先、これが大地の部屋だ。ドアには"在室"と書かれたプレートがある。ひっくり返せば"不在"と書かれているはずだけど、大地は部屋の中にはいないはずだ。
由衣ちゃんも疑問に思ったのか、手をちょこんと上げながら大地の父に質問する。
「大ちゃんがいないのに"在室"と書かれているのは何か意味があるんですか?」
「受験勉強中は誰も部屋に入れたくないから"在室"にさせてくれと強くいわれてしまったんだ。ただ——」
大地の父は扉をコンコンと叩く。
「——この部屋には不吉なオーラが纏っているように感じる。大地にはそんなオカルト染みた話をしづらい状況でね。柳原さんが聞いてもらえるなら、是非とも聞いていただきたい」
「……私も聞けないですよ、あんなに真剣な大ちゃんを見たら話せない。だから、ここまで来たんです。開けてもらってもいいですか? こっちの友達は多分その元凶を見つけることができるんです」
僕のほうをちらりと見る由衣ちゃん。確かに信頼してもらっているようで、その眼差しは真剣そのものだ。
大地の父は数秒後、首を縦に振る。
「ああ、いいだろう。そのために家にはすでに上げたんだから。責任は私が取るさ」
そういいながら大地の父が扉を開けると大地の部屋が目の当たりになる。
「「「……………………」」」
その場に立ち止まって呆然としてしまう。
大地の異常性が全面にあふれた部屋がある。
大量のシャー芯。
大量の消しゴム。
詰まれたルーズリーフの量。
使い古された大量のノート。
そして——それらの異常をすべて吹っ飛ばす状況が壁に貼られたA4の紙。
”努力しろ”。
”1日20時間勉強”。
”志望校合格”。
”失敗は許されない”。
”死んでも勉強し続けろ”。
”由衣ちゃんの期待を裏切るな”。
”常に勉強しろ”。
”まだ足りない”。
”立ち止まるな”。
”弱音を吐くな”。
”諦めんな”。
”受からなきゃ死ね”。
壁一面に貼られた狂気じみたオーラを放つ言葉。
その情景に気後れした僕だが、一呼吸置いて判定を下す。
「決まりだ。強欲因子『武疋夢厨』はここにある」




