弐話 心を一つにっ!
嫉妬人間『黒部愛』。秘密が大好きな少女。その少女が秘密の空間で秘密を暴く。ただそれだけの噂しかないと幻ちゃんから聞いている。
あまりにも情報が少なく、秘密を青春とする考えがあまりにもイメージできない。
「『七怪奇』……本当にいたのね……」
由衣ちゃんは汗を足らりと流しながら嫉妬人間を恐る恐る見つめていた。ただ、その言葉に私は違和感を口にする。
「『幻惑空間の独断恋愛』は使おうとしてたのに、そんなこというんだねー」
「アンタねぇ、悪態がすぎるわよ。それはママが指図してきたから使うか迷ってただけ。実際は使ってないわよ!」
「由衣ちゃんから怒られちゃったー」
「謎のボケかましてるんじゃないわよ。それより――」
由衣ちゃんは怒気を孕んだ瞳で少女をキリっと睨みつける。
「『黒部愛』、大ちゃんと付き合ってるのに私が嫉妬だなんて――」
「えっと、まずは自己紹介してほしいんだよね♡ ラブはもう自己紹介したんだからアナタたちもしてほしいんだよ♡」
少女はにこりと笑って私たちを見ていた。私と由衣は顔を見合わせたあと目の前の少女に自己紹介した。
「……柳原由衣よ」
「地名美南だよー。好きな食べ物はそばだよー」
「好物まで教えてくれるなんて、すっごく嬉しいんだよ♡ ちなみにラブはチョコレートだよ♡」
逆さハートをキラキラさせながら、ラブちゃんはクスクスと笑っていた。
「美南ちゃん、面白いわね。でも――」
ラブちゃんは口角をあげていう。
「美南ちゃんの嫉妬は、もっと面白いんだよ♡」
「……嫉妬」
たしかにそういえば。さっきの心苦しい感覚があったけど、あれは嫉妬だったんだ。
嫉妬――妬み、嫉み。誰かを羨ましいと羨望の眼差しで見てしまい、さらにはもやもやっとした気持ちが広がる。
「これが、嫉妬。大ちゃんと由衣ちゃんが付き合ってて、由衣ちゃんが妬ましいなーと思ったのね」
「アンタ、嫉妬とかするタイプだったんだ」
由衣ちゃんが思わず目を丸くする。
「私、初めて嫉妬を感じたのかなー」
そういうとラブちゃんが鼻息を荒くしながら肉薄してきた。
「ラブ、初めて嫉妬した場面に出会えんだね♡」
キラキラしたピンクの逆さハート目が、じゅくりと濁流のように黒が流し込まれ、漆黒の逆さハートに成り代わり始める。
「――と純粋に思えたらよかったんだよ♥ 嘘偽りじゃないことだけ、確認させてほしんだよ♥」
ラブちゃんは手をOKポーズにして私の瞳を覗く。
「『妬味嘘技術』♥」
逆さハートの瞳が完全に真っ黒に染まった。だけど、それだけだった。
ラブちゃんはOKポーズにした手を外すと、その手を舌でちろりと舐めた。ピンクのチークが入った少女はさらにその頬を朱に染め、うっとりと私を見つめた。
「嘘ついてないね。ってことは、嫉妬初体験なんだねー♡」
「アンタ大丈夫!?」
椅子に座っていたはずの由衣ちゃんはラブちゃんの異質な行動を心配したようで、駆け寄ってくれた。
「うん。ラブちゃんが嘘を看破するために必要な技術なだけで、嘘をついてないから私に何も起きないみたい。嘘だと吐き気と眩暈が起きてその場で倒れるみたいだねー」
私がラブちゃんの行動を解析した情報を説明すると、由衣ちゃんは私の後ろに隠れる。
「嘘つきまくってる私の天敵すぎない!? 地名、私を守ってよ!」
「守ってといわれてもねー。ラブちゃんと目線を合わせなければいいんじゃないかなー」
ラブちゃんは瞳をまざまざと見せつけていた。そこから考えられるのは『妬味嘘技術』の発動条件が目線をしっかり合わせる必要があったからに違いない。
「アンタの言葉、信用するわ!!」
そうすると由衣ちゃんはぎゅっと目をつむった。なんなら、私の衣服を手でぎゅっと掴んで離さないくらいだ。
その一連の行動を見ていたラブちゃんの瞳は、いつの間にかもとのピンク色の逆さハート目に戻り、唇を尖らせる。
「むー、嫉妬から秘密を握る王道ルートができなくなったんだよ♡ どうしようかなー」
「……ラブちゃんは秘密を握ってどうしたいの?」
怠惰人間『冥界猫と迷回病』が『遊戯』を青春だと考えているように、嫉妬人間『黒部愛』が秘密を青春として存在しているのは、表面上はなんとなーくわかる気がする。ただ、秘密を握ることの青春の具体性が見えていない。
ラブちゃんは髪の毛をくるくるといじりながら、ピンクと黒の天井を見ながらぽつぽつと話し出す。
「うーん、考えが他の人と少し違うんだよ。例えば、相手が秘密を持っていると知っていたら、もやもやしない?」
「そうなの? 人って皆秘密を抱えていると思うんだけど」
たまに暴いてしまうこともあるけど、秘密は隠したいものだ。そういう人物を私は何度も見てきている。
それに対してラブちゃんは「うーんとねー」と少し悩みつつ話す。
「秘密といっても、誰かには共有しているパターンってあるよね♡ ここまではわかる?」
「うん」
私はこくりと首を縦に振る。
私自身にその例をあてはめるなら、幻ちゃんとの青春集めは秘密にしている。理由は明白で、健康だった人間がいきなり死ぬとは思えないし、そのために『七怪奇』と呼ばれる青春の数々が必要などといっても信じてもらえないからだ。ただ、目の前のラブちゃんであれば話してもいいかもしれない。
そう思っていると、ラブちゃんは笑顔で私たちに目線を合わせ、どす黒い逆さハート目をまざまざと見せつける。
「それなら私の気持ちがわかるはずなんだよ♥♥♥♥♥♥♥♥♥♥♥♥♥♥♥♥♥♥♥♥♥♥♥♥♥♥♥♥♥♥♥♥♥♥♥♥♥♥♥♥♥♥♥♥♥♥♥♥♥♥♥♥♥♥♥♥♥♥♥♥♥♥♥♥♥♥♥♥♥♥♥♥♥♥♥♥♥♥♥♥♥♥♥♥♥♥♥♥♥♥♥♥♥♥♥♥♥♥♥♥♥♥♥♥♥♥♥♥♥♥♥♥♥♥♥♥♥♥♥♥♥♥♥♥♥♥♥♥♥♥♥♥♥♥♥♥♥♥♥♥♥♥♥♥♥♥♥♥♥♥♥♥♥♥♥♥♥♥♥♥♥♥」
ピンクと黒のメルヘン空間の天井がどす黒く染まり、黒はぼたりぼたりと落ちて、床を、壁を、すべてを黒に――漆黒に染め上げていく。
「なんなのよこれぇ!?」
「……嫉妬心」
私はぽつりとラブちゃんの抱いている感情をつぶやいた。
ラブちゃんの嫉妬の激情に同調するように、空間が騒がしくなっていく。
嫉妬嫉視憤嫉媢嫉娼嫉憎嫉嫉怨嫉害嫉忌嫉毀嫉恨嫉怒嫉憤讒嫉猜嫉謗嫉嫉悪怨嫉嫉心嫉み妬嫉妬み妬心妬視妬害妬情妬忌愛多憎至猜疑嫉妬嫉賢妬能法界悋気――すべての嫉妬心がどす黒い存在として液体のように暴れ狂う。
どぽりと足元が沈んで渦のように私と由衣ちゃんは流されていく――ラブちゃんとともに。
激流にさらされても正面の少女の瞳から眼を離すことができず、少女の瞳に釘付けになる。
ラブちゃんは漆黒の瞳から、黒の血涙をこぼしながら目の前の存在は人外のように語り始めた。
「それが許せないんだよ♥ その秘密はラブだけに教えてほしいんだよ♥ ラブだけ愛してラブだけに秘密を共有してほしいんだよ♥
秘密が共有されなくなるのは相手を大事に思わなくなったからなんだよ♥ 秘密がないのは相手との関係が薄くなっているからなんだよ♥ 秘密が少ないのは本当の秘密を奥底に隠しているからなんだよ♥ 秘密がないのは相手を失っていることと同義なんだよ♥ 秘密があることで快楽を得られるんだよ♥ 秘密があることで弱点を露呈されるんだよ♥
秘密は相手を殺せるの♥ 秘密は相手を支配できるの♥ 秘密はすべてを壊せるの♥
秘密があるから、ラブは生きているの♥
……熱くなっちゃった。二人ともこの気持ち、わかるよね♥」
激情が空間に伝わり続けるように、どす黒い液体は空間すべてを満たしていく埋めていく。そんな液体に流される中、私は結論を口にする。
「私はあまりわからないねー」
「ちょ、地名。正直すぎるわよ」
由衣ちゃんのいうとおり正直すぎだと思う。けど、相手に同調したところでラブちゃんが生成したこの空間からは帰れない。なら、相手の考えに対して正直に話す方がこの先楽になるはず。
私はラブちゃんが顔を真っ赤にして怒る前に、「けど」と言葉を紡ぐ。
「秘密は共有するわ。それこそ私の秘密、すべてをね。私の知っている秘密を全部――捧げるわ」
数秒、ラブちゃんは目の前でぽけっと固まってしまっていた。私の発言が素っ頓狂すぎたのか、その場で呆然尽くしている。
激流は止まり、黒の液体も床や壁の間にするりと潜り込み、元のピンクと黒を基調としたメルヘンな部屋に元通りとなり、静寂が訪れる。
その状態になってもラブちゃんは呆然とするようにピタリと止まっていた。
「……あいつ黙ったけど、大丈夫なの?」
静かに耳打ちするように由衣ちゃんが話しかけてきた。
「大丈夫、ちゃんと視てたから」
あくまで由衣ちゃんと話せる距離で静かに話す。この静かな会話だって全部含めて話す。なんでも私の秘密を打ち明ける。
それこそが、ラブちゃんが欲しがっている秘密。すべてを我が物としてほしい、そんな少女だと私の瞳で確かに確認している。
「本当に美南ちゃんの秘密、全部ラブに見せてくれるの?」
表面上はいつも以上に冷静に努めているラブちゃん。でもその実、実態は全然違う。
全身の産毛が逆立っている。瞳孔が開き、瞬きが少なくなっている。鼻翼を膨らませて呼吸が焦るように浅い息の吐き出し、吸い込み方をしている。私はラブちゃんに身を任すように笑顔な表情を浮かべて近づく。
「もちろんっ!」
鼓動がどくりと飛びあがったように、ラブちゃんは心臓あたりを両手で抑える。
「秘密を全部見せてくれるなら、私も全部あげるんだよ♡」
ぐちゃり――肉と骨を貫いた嫌な音が鳴る。
ラブちゃんは両手で自身の胸を突き破り、心臓だけを抉り出した。
「へ……?」
相手の行動を予測しやすい特性を持つ私だったけど、疑いようもないほどに驚愕する現状を目の当たりにした。
ラブちゃんは自身の心臓を私に見せつける。
どくりどくりどくり。
どくん。
どくん。
どくん。
ピンクの血管が脈打つ心臓を両手で持ったまま、ラブちゃんはにっこり笑顔を浮かべた。
「『心核融合』、なんだよ♡」
そのまま私の心臓に押し当てるように渡され、私とラブちゃんの心は一つになった。
そして私はぷつんと糸が切れたように気を失った――。




