第八十九話 氷と炎
「間違いなくアーマーサウルスではあるが……これは一体どういうことだ?」
基本的に爬虫類系統に属する魔獣は一部の寒冷地に適応した種以外は生態から冷気に弱い。アーマーサウルスもその例に漏れず基本的に冷気に弱い。仮に何らかの理由で冷気に強い個体が発生したとしても季節と王都周辺の環境から考えればありえないことだ。故に異常事態だということがリュウ達には直ぐに分かった。
「……さっき話してくれた異常な変異を遂げた魔獣ってこと?」
「おそらくはそうだろうな……土魔法を使い群れで動く蟲に寄生する植物ときて冷気を自在に操る巨大な蜥蜴ときたか」
アーマーサウルスはミレーア達の存在を認識すると様子を窺うように睨んでいる。どうみても餌になるか品定めしているようにしか見えず戦闘は避けられそうにない。尤も元々討伐依頼にターゲットであり、ミレーア達は逃げる気が一切なかった。
「それにしても何だこの冷気は? 魔法すら使っていないのにこれだけの冷気を垂れ流しているのはあまりにも異常だ」
何時でも戦闘出来るように大盾を持ち前で出たハロルドは今もアーマーサウルスから垂れ流されている冷気に訝しんだ。特にアーマーサウルスの足元には霜が降りており近づけば近づく程気温が下がっていくのは明白だ。
「考えるのは奴の動きを見てからだ。エリアル、炎系統の魔法を頼んだ」
「分かったわ。相手が氷系統ならこれが定番よね」
エリアルが魔法の準備にかかろうとするとそれを察知したのかアーマーサウルスが彼女に狙いを定め襲い掛かろうとするがそこにハロルドが割り込み大盾で抑えにかかった。体格とその総重量から本来ならハロルドが跳ね飛ばされるだけだが、多数の魔導具で補助されている彼はアーマーサウルスの突進を抑え込んだ。
「はぁああ!!」
突進が止まった隙をついてミレーアがアーマーサウルスの横っ面にパイルアームを叩き込もうとするがその直後、アーマーサウルスの表皮が固い氷で覆われたことでミレーアのパイルアームがアーマーサウルスの体に届くことはなかった。
「これは!?」
アーマーサウルスの体表にまるで鎧のように氷が生成された。ミレーアのパイルアームを防いだことからその硬さは既に立証済みだ。
「こいつ鎧を二重に着込んだのか!!」
アーマーサウルスの本来の体表による防御に加え氷で生み出した新たな鎧を追加したことで元々堅牢さに磨きがかかっていた。生半可な威力では掠り傷すらつかないだろう。更にアーマーサウルスは頭部に角ような形状のものや腕回りにも棘のようなものを作り出しより攻撃的な形態へと変化していった。
「おいおい、此処まで来ると異常という言葉だけじゃ片付けられないぞ」
リュウの言う通り明らかに本来のアーマーサウルスと生態から外れ全てがまるで違っており、同一種とはまったく思えない存在となっていた。
「考察は後だ。……来るぞ!!」
形態変化が完了し氷の鎧を身に纏ったアーマーサウルスがミレーア達に向かって再度突撃をしかけてきた。無論そのような単調な攻撃に簡単に当たる彼女達では無く即座に進路上から退避した。ミレーア達の横をアーマーサウルスが通り過ぎると冷たい風が彼女達に向かって吹いてきた。受けた冷たい風からアーマーサウルス自身も相当な冷気を帯びていると判断出来た。
「凄い音がしたな」
何かがぶつかる衝撃音が辺りに鳴り響いた。音源は大木にぶち当たったアーマーサウルスからだ。本来ならアーマーサウルスが突進したとしても木が揺れる程度だが、頭部に氷で出来た角を備えたアーマーサウルスの突進によって大木に大きな穴が開いていた。
「凄まじい破壊力だな。あれを受け止めるのは今の状態では厳しいかもしれない」
もしも大盾で受けていたことを考えてハロルドは冷や汗を掻いた。下手をすればあの氷で出来た角によって大盾諸共串刺しにされかねないと考えたらからだ。そのため、下手にアーマーサウルスの攻撃を正面から受け止めるのは今のままでは危険とハロルドは考えた。
「こっちは準備は整ったよ!! 巻き込んれないように注意してね!!」
エリアルが杖の先で地面を叩くと彼女を中心に術式が展開される。エリアルの詠唱と共に術式に新たな文字が浮かび上がり追加される度に魔力量が上昇していく。流石のアーマーサウルスもこれは不味いと感じたのか咆哮するとエリアルに狙いを定めるが、再び突進するよりも彼女の魔法が完成する方が早かった。
「ブラストフレア!!」
術式に集まっていた膨大な魔力が一点に集束すると炎の帯となってアーマーサウルスに殺到しその体を包み込んだ。抵抗も退避もする間も無く飲み込まれたアーマーサウルス。そこにいた誰もがアーマーサウルスは骨も残さず燃え尽くされると思った。
「……この反応は……気を付けてください!! まだ終わっていません!!」
最初にそれに気づいたのはミレーアだった。一体どういうことなのか聞こうとしたがそれより早くその姿が露になり理由が判明した。
「……冗談でしょ?」
それを見たエリアルは見たものが信じられずそう呟くしかなかった。エリアルのブラストフレアの包まれたアーマーサウルスの纏っていた氷は解けるどころか今も炎によって燃え続けているにも関わず固体状態を保ち続けていた。
「氷が炎で燃えている? 一体どういう原理なんだ?」
「……炎と冷気を同時に制御している? 今の魔法を受けて急速に変異が進んだのか?」
原理は分からないがアーマーサウルスが炎と冷気を同時に操っていることだけは直ぐに分かった。それがどれ程の脅威になるのか測りかねていた。故にミレーア達はアーマーサウルスの動きに細心の注意を払い何が起きても対応出来るように構えていた。当のアーマーサウルスは新しく手にした自分の力を確かめるように近場の木に齧り付いた。アーマーサウルスが木を口に咥えたまま地面にから引き抜くと噛み付いている場所を始点として木そのものが炎で燃えだした。
「来るぞ!!」
アーマーサウルスは燃えた木をミレーア達に向けて放り投げるように飛ばしてきた。それに当たるようにミレーア達ではないが回避のためにアーマーサウルスへの意識は外れた。それは本当に一瞬のことであり隙とも言えないものだがアーマーサウルスにとってはそれで十分だった。
「いつの間に!?」
既に目の前にまで迫っていたアーマーサウルスに驚愕するリュウ。大顎を開きリュウに食らいつこうとするアーマーサウルス。彼は寸前のところで躱し大剣で氷で覆われた表皮を切りつけた。リュウの大剣はドラゴンの素材をベースとした一級品であり、通常のアーマーサウルスなら難なく切り裂く業物だ。
「やはり固い!!」
大剣の刃が途中で止まりリュウは降り抜くことが出来なかった。つまりそれだけアーマーサウルスが硬質化しているということであり、仕留めるには相当骨が折れる相手であるという事実をリュウは再認識した。
「エリアル、魔法の付与を頼む!!」
「分かったわ!!」
剣をアーマーサウルスの体から引き抜きエリアルの前まで下がったリュウはそう彼女に頼みごとをすると彼の大剣に一時的な魔法による複数の強化付与を行った。これは一時的な付与であり魔法に使われた魔力が無くなれば効果が消えるが今回にような一時的に上にランクの武器が欲しい時など重宝される。特にドラゴンの素材より上の素材などそうそう手に入るものでは無い上にそこまで希少な素材を使った武器は普段使いするには手入れを含めて勿体なさすぎる。無論強化には限度があり、あまり無茶な強化は武器の寿命を縮めることになる。この強化する限度も使われた素材によって変わりドラゴンなら相当強化しても大丈夫だろう。
「次はこちらも頼む!!」
リュウの大剣の魔法付与による強化が終わると次にハロルドがエリアルにそう頼んできた。大剣の強化を終えたリュウは入れ替わる形でアーマーサウルスの相手を行った。ハロルドの武器への魔法付与による強化も直ぐに終わり彼もまた前に出た。
「おう、そっちも強化は終わったか。なら此処からが本番だ」
これから本番という言葉にミレーアとリナは思わず息を飲んだ。最高ランクの冒険者の本気の戦いを直に見られるのだからその反応は当然と言えた。今後のために何一つ見逃さないつもりで目を皿のように見るミレーアとリナの二人だった。




