第百五話 八つ当たり
「……あれがマリアなの?」
異獣の遺骸からマリアの上半身が生えているというあまりにも衝撃的な光景にミレーアはただ呆然とした表情で呟いた。リナとアレクシアも予想外の事態に言葉がなかった。しかし、こうした異常事態に対して経験豊富なアギトだけは冷静に観察し自身の予測を口に出した。
「こうして本体を見てようやく納得が出来た。お前は初代聖女であるマリア本人ではなくその遺骸に焼き付いた彼女の残滓だな? 異獣の使う力は人の意志に強く反応する性質を持つ。故にマリアの何らかの強い思いが異獣の力を通して形を得るのはありえることだ」
「前に会った時に言っていた聖女の無念?」
「だろうな……アレクシアには心当たりがあったようだが王族では周知のことなのか?」
「ええ……初代聖女の無念である残滓、祖王の代わり王家に残された言葉をあなたに告げます。……『思いに答えられなくてすまない』」
「そっか……気にはしていてくれたんだ。うん、そんなあの人だから振り向いてくれなくても私は焦がれたんだから」
その会話だけでマリアの無念が何だったのか予想が出来た。
「でもあの方も酷いよね。あの人に思われているのに知っていて何も言わずいなくなったんだから」
「あいつのことを知っているなら仕方がないだろう。あれはそういったことには無頓着だからな」
マリアの呟きにアギトが何処か呆れたような声音で返した。それで祖王が焦がれていた相手が自分とマリアの師であるとミレーアは察した。
「私を后に迎え入れようとしなかったのはあの人なりの誠意だったんだろうね。うん、私はあの方の代わりではないから一緒だったらきっと耐えられなかった。だけどそれでも……」
そこで言葉を切ったマリア。それと同時にマリアの思いに呼応するかのように異獣の遺骸が脈動し始めた。まさか甦るのではと焦ったミレーアだが、彼女の探知では異獣は死んだままだ。そこでミレーアは疑問を抱いた。目の前の異獣は間違いなく死んでいるのにそれと一体化しているマリアの無念は生きている反応だ。それに対して考える暇もなく周囲に変化が現れた。
「腕!?」
地面から幾つも生えた不自然に長い歪な形をした腕。それらは自身の動きを確かめるように蠢くと肘を曲げ掌をミレーア達に向けると腕の周りに術式のようなものが現れた。魔法を使うのは明白であり、散開しようとした直後今度は別の場所からカマキリの前足のようなものが地面が出現しミレーアに襲い掛かて来た。
「つぅ!!」
「ミレーア!!……やらせはしない!!」
ミレーアが防御したことで退避が遅れたため魔法から逃げ切れないと判断したリナが弓で今まさに魔法を発動しようとしていた腕の掌を撃ち抜いた。掌を撃ち抜かれたことで術式が崩壊しそれによって魔法の発動によって貯えられていた魔力が行き場を失い爆発し腕を吹き飛ばした。
「ありがとうリナ!! そう何度も同じ手はくわないよ!!」
新たな先端が槍にような形状をした腕が地面から勢いよく飛び出しミレーアを刺し貫こうとするがそれをギリギリのとこで躱したミレーアはそれを掴む力任せに地面から引き抜いた。ミレーアは引き抜いたそれを強引に振り回し地面から次々と生えようとしてものを纏めて薙ぎ払った。
「アギトさんとアレクシアさんは……」
ミレーアが視線を向けるとアギトは問題ない対処している。一方でアレクシアの方は少し事情が違っていた。アレクシアの周囲にはミレーア達のように地面から腕が生え攻撃されているということはなかったが、アレクシアの周囲から金属の棒のようなものが張り巡らされ彼女のまるで牢屋に閉じ込められた囚人のような状態となっていた。
「私に攻撃を加えず閉じ込めるのはどうしてかしら?」
「あの人の子孫に手をかけたくないからね」
だからそこで大人しくしていてと言わんばかりにアレクシアから親し気な視線を外しミレーア達の方を見た。そこにはあるのは明確な殺意にでありミレーア達には一切の容赦はしないと言わんばかりの視線だった。
「でもそこにいる三人は別……特にミレーア。妹弟子である君には私の八つ当たりに付き合ってもらうよ!!」
「遠慮したいけど……そうは言ってられないみたいだね。いくよフューア!!」
(みゅあ!!)
ミレーアの周囲の地面から大量の腕が生えると拳を握りミレーアに殺到した。
「はぁああ!!」
殺到した多数の拳に拳で答え粉砕し前に進むミレーア。アギトは剣で根元から切り落としリナは逃げ回りつつミレーアとアギトを援護する。すると今度は先端が爬虫類の口だけで構成されたものが幾つか現れるとそれらは一斉に口を開くとブレスを吐いた。
「遠距離か!! ブレスを吐くのはリナが優先的に潰してくれ!!」
アギトがそうリナに指示を出すと分かっている言わんばかりに既に彼女はブレスを吐く口に狙いを定めていた。リナの弓がブレスを吐く口を威力を高めた魔力矢によって次々と粉砕していく。ミレーアはそれを確認すると自身に向かってくる大量の手に意識を集中させる。ミレーアは振るわれる多数の拳を自身の拳で砕き前に進む彼女が目指すのは異獣の遺骸から生えているマリアだ。
「……ウォーミングアップは終わり。此処からは本気で相手をしてあげる」
そう静かにマリアが宣言するとミレーアは何かに躓いた様に倒れた。
「っ!? 一体に何に……これは!!」
ミレーアが自身の足元に視線を向けると土が塊り手の形状となって彼女の足を掴んでいた。誰がこれやったかは言うまでもない間違いなくマリアだろう。ミレーアがマリアに視線を向けると彼女の周りでは次々と複数の魔法術式が同時展開されていた。
「複数の魔法を同時に展開……まさかそんなことが可能だなんて!!」
「こんなことは人間の時は無理だったけどね。……こうしてこれと一体化したことによって漸く出来るようになった」
複数の魔法を同時に展開していることにミレーアが戦慄しているとマリアの方からそう補足された。
「つまり異獣は成長を続ければ魔法も扱えるようになるってこと?」
「正解」
これが答えだよと言わんばかりに放たれる同時起動する複数の魔法。火、水、雷、土と目に見えるだけでも四つの属性魔法がミレーアに向かって放たれた。足を今だ掴まれているミレーアには直ぐに逃げることは出来ないため、顔の前で腕をクロスさせて防御する姿勢となった。身体強化で体を強化するともに融合しているフューアも防御のために力を使った。
「つぁ……!!」
防御は出来たもの無傷とは行かず防御に使った腕と魔法が当たった体の部位に激痛が奔るが意識を失わなかったためミレーアは回復魔法で体の傷を治した。
「まぁ、その程度は耐えられるよね。でも連続はどうかな?」
「……やってみる?」
ミレーアの顔が少し強張るがそれでも気丈にやってみろと挑発する。それを聞いてマリアはニヤリと笑いながら魔法を発動させる。発動される魔法の数は変わらないが術式の構成から一つ一つが先程より上の魔法だというのをミレーアは直ぐに看破した。自身の足を掴んでいた土で作られた手は既に先のマリアの攻撃を受けた時に彼女の魔法によって破壊されており動くことには問題は無い。
「さて何処までやれるかじっくり……!?」
マリアが何かに気づき視線をアレクシアが閉じ込められた檻へと向けた。
「これは……!!」
ミレーアも檻の中から放出される膨大な魔力に気づき驚愕した。その時、檻の一部が溶解しそこから炎を噴き出した。噴き出し炎は檻を両断するように動くと噴出は終わり開いた部分からアレクシアが優雅に歩きながら出てきた。
「少し出るのに手間取ったけれど遅れてはいないようね」
「寧ろ苦戦していたので有難いです」
アレクシアの言葉に正直な状況をミレーアは伝えた。
「その剣はもしかしてあの人の持っていた剣と同じ……」
マリアは一目見てアレクシアの持つ剣の異常性に気づき目を見開いた。まるでその剣が持っている力の真価を知っているような反応であり、それが何を意味するのかアレクシアにとってはそれが答えであった。
「やはりそうだったのね……この剣に使われている素材は王剣と同等のものであったと」
再度剣から炎を噴出させたアレクシアは確かめるように剣を振うと切っ先をマリアへ向けたのだった。




