第百二話 近づく決戦
「よっこらしゃと。これで運ぶものは終わり?」
「これで終わりだね」
マリアを撃退した後、王都へと戻ったミレーア達。
「話し合いが終わるのは何時になるかなぁ?」
「こればっかりは私達にはどうにもならないからねぇ」
部屋に荷物を運んだミレーアの問いにリナはそう答えた。王都に戻るとアレクシアは足早に今後のことについて父親である国王と話し合うために王城へと戻った。そのためアレクシアが話し合いが終わるまでミレーア達は迂闊に動くことは出来なかった。
「帰ってからゆっくりと話す機会はなかったけど……ミレーアは何ともないの?」
「今のところは何ともないよ」
マリアとの戦いによってフューアと完全に融合することとなったミレーア。それによって引き出せる力が大幅に上がったもののフューアとの分離が不可能になってしまった。ただフューアは消えたわけではなく心の中で呼べば返事をしてくる。実際自身の状況が今どうなっているのかミレーアはよく分かっていない。アギトから聞いた話ではミレーアの体の構成が進獣に近くなっているとのことだ。
「……う~ん。確かにこうしても見ても目立った変化はないよね」
「だよね」
頭部に角や背中に羽が生えていたり、爪や歯が鋭く伸びているわけではない。肉板的な特徴は人間のままで目立った変化は見受けられない。しかし、ミレーアからすれば前に比べて力が断然引き出し易くまるで別の体と思える程だ。しかもそれだけ力を引き出しても今までのように体に痛みは無く回復魔法を使わなくても大丈夫である。
「何というか話だけ聞くと私が今の義足になった時と似ているね」
「そういえば元々どちらも同じ世界で生まれたものだよね」
リナの言葉にミレーアが思い出したように呟くとリナも言われてようやく気付き何か思い当たる節があるのかそれ以上は何も言わなかった。しばらくの間、そのまま無言の時が流れると時間を知らせる鐘が鳴った。
「そういえばもうこんな時間か……今日の夕飯はどうする?」
「作るの良いけど何かあったかな?」
ミレーアは食料品用の保存箱を開け中身を確認すると幾つかの野菜と肉があったため、それが何時買った時のものか確かめるとそろそろ食べないと悪くなりそうなため、今日は自炊することにした。
「食材がそろそろ食べないと駄目になりそうだから今日は作ろうか」
「分かった。……あ~量も中途半端に残るから全部使っちゃう?」
「そうだね。全部使っちゃおうか」
そういって二人は今日の夕飯を少し豪勢にするのだった。
「ふむ……反応があったから少し急いで来てみたけどどうやら面白いことになってきたみたいだね」
ミレーアとマリアが鬩ぎ合った場所に来ていたのはミラーと名乗ったミレーアの師だ。ミラーは周囲を入念に確認し何があったのか調べているようだ。とは言ってもミレーアとマリアの衝突の直前にならまだしも既に残滓も殆ど消えただろう今調べても得られる情報はあまり無いだろう。
「ふむふむ……この感じはマリア。あの子は普通の人間だった筈だからこんなに長く生きれる筈はないけど……ああ、そういうことか」
何かを残滓から読み取ったのか合点がいったという表情となるミラー。
「こっちはミレーアの残滓だね。こっちは途中で感じが大幅に変わっているね」
ふむふむと呟きながらミレーアの僅かに残った残滓を調べると少し驚いた表情となった。
「へぇ!! あれと融合するなんて珍しいことをしたもんだ。となると上乗せによって相当力が上がる筈だからうまくいけば今のマリアともやりあえるだろうね」
何処か愉しそうに呟くミラー。
「うんうん。あんまりよくない状況なら手助けするつもりだったけど此処まで育っているならよっぽどのことが無い限り手を出したら無粋だね」
今後の方針を固めたミラー。どうやら今の事態に積極的に関わる気は無さそうだ。寧ろそれを眺めて楽しもうとしているようだ。
「さてと今後どうするか決めたしことが起こるまで何処で暇つぶしでも……」
そこでミラーは何かに気づいたのか言葉を切ると顔を上を向けた。そこには一対の翼を持ったワイバーンらしきものが向かってきていた。しかし、そのワイバーンらしきものは一般的なワイバーンの倍近い大きさをしており相当な巨体であった。
「あ~この世界では珍しいね。完全な中級かぁ」
ミラーが珍しいものを見たと言わんばかりにそう呟いた。現れたのは目の無い頭部持った異形のワイバーン。まごう事無き異獣であった。しかし、彼女が口にした異獣区分はアギトと異なっておりこの場に彼がいたら現れたワイバーン型異獣を第二フェイズと言っただろう。
「ミレーアと出会った時にいたハンターは本来の生態から逸脱していたけど今は現れたのは……」
ミラーは異獣をつぶさに観察すると何かに気づいたのか「おっ」と声を漏らした。
「どうやら元の世界での生態を完全に取り戻しているようだね」
ミラーからすればそれは漸くかといった感想である。この世界でも異獣の発生が出来る下地が整いつつあることは予てから知っており、それを抑える方法をかつて共に戦ったマリアが考案したもののそれが永劫保つものでもないことをミラーは知っていた。しかし、それを教えることはしなかった。それを教えてしまえば出来ないという固定概念がマリアに生まれ本当の意味で対策出来なくなってしまう可能性があったからだ。異獣と同種の力は思いを力に変えることが出来る。故に異獣のことをよく知るミラーは下手にアドバイスすることは出来なかった。
「まぁ、でも今目の前のいるこいつの状態を見れば相当保った方だと言えるね」
ミラーの予測ではもっと早くに破綻すると思っていたが自身の予想に反して千年程持ったことには久々に驚きを禁じ得なかった。
「っと、こっちが考えている時に無粋だね」
様子見は終わったと言わんばかりにミラーに猛然と襲い掛かるワイバーン型異獣。それに気づいたミラーは躱そうともせず拳を構えた。正面から迎え撃つつもりであり、質量差から考えればどれだけ実力があっても無謀とし言えないような選択だ。大口を開け迫る異獣にミラーはその上下の牙を神がかり的な技量で掴んだ。しかもそれによってミラーは僅かに後ろに後退しただけで異獣の突進を受け止めていた。異獣に足は何度も地面を削る程の力を持っているにも関わずそれ以上は前に全身出来ず、尚且つミラーによって牙を掴まれた口を閉じて彼女を噛み砕くことも叶わない。
「……ふん!!」
両腕を横に動かしただけで異獣の巨体が宙に浮きミラーはそのまま投げ飛ばした。投げ飛ばされた異獣は地面に叩きつけられその勢いのまま地面を何度か転がった。それだけで適う筈がないという相手であると分かるのに異獣は起き上がると猛然とミラーに再び襲い掛かった。その横っ面を無言のまま右手の拳をぶち込むと骨を砕いた破砕音共に大きく異獣の体が揺らぎそのまま左手のアッパーカットによって異獣の下顎が砕かれた。頭部が上へと打ち上げられガラ空きとなった首を掴んだミラーは何の戸惑いもなく木の枝を折るような気軽さで異獣の首を骨を圧し折った。
「これで終わりと……まぁ、これで良いか」
ナイフを取り出したミラーは肉を切り出すと切り出した肉を掴むと滴る血が少なくなってゆき瞬く間に血抜きが終わってしまった。血抜きが終わったことをミラーは確かめると今度は生肉の色が変わって行き直ぐに火の通った肉へと変化した。
「出来た」
万遍なく熱が通ったことを確認したミラーは肉に塩もかけずにそのまま口に入れ咀嚼した。
「ん……味に大した変化はなし。やはり完璧に力を取り戻していると見るべきか」
そう確認したミラーは残りの肉を喰いきった。
「さてと凡そ何が起きているの理解出来たし、あとはのんびりと観戦させて貰おうかな。それにしても……」
そこで一度言葉を切ったミラーは王都のある方角へと視線を向けた。
「頑張ってね。……うまくやらないと千年前の繰り返しだよ?」
そう王都にいるであろうミレーアに言葉を贈るとミラーは何処かへと去っていったのだった。




