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魔王アリスは、正義の味方を殺したい。 後編  作者: ボヌ無音
第三章 荒れる砂漠

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清らかさ

 勇者たちは人命を優先し、動いていた。

 豊成が果敢に化け物相手に立ち向かうも、全く歯が立たない。勇者の加護を得ている豊成の攻撃が、通らないのだ。

 そのことに三人は、驚きと混乱が訪れる。

 魔獣たちのレベルは聞かされていたので知っていた。最大でもレベル130を超えないので、勇者らであれば難なく殺せる相手のはず。

 だが彼らには大きなダメージが通らない。傷は多少負っているようだが、レベル差がこれだけあるのならば、その程度で済むはずがない。


 豊成も新菜も、苦しい顔をした。

 届かない攻撃を続けている最中も、闘技場内を駆け回る魔獣が運び出されていくのが見えたからだ。

 この魔獣たちを持っていくことに抵抗はない。だがその持っていく相手が問題だった。

 アリス・ヴェル・トレラント。

 豊成の攻撃を受けてもなお、平然と佇んでいた女だ。


「おぉー、ちゃんと魔術は効いているみたい」


 しかし、そんなアリスはこの会場で何かをするわけでもない。

 ただ闘技場の真ん中に立って、人々が食い殺されていくのを見ているだけだ。

 アリスが付与した防御魔術は、勇者相手でも無事に通用している。レベルが低い魔獣を放つのは心配だったが、杞憂だったようだ。

 無邪気に駆け回り、人々を殺している姿を見て、アリスは安心する。


 それにルーシーが気を配って、勇者からの攻撃を阻んでいる。

 アリス並みに強い魔術少女が相手をするとなると、勇者たちも驚いているようだ。

 こちら側の攻撃は通用せず、向こうから放たれる魔術は重く鋭い。命の危険を初めて感じたことだろう。


 そんな彼女のもとに、先程開放した合成魔獣の子供が駆け寄ってくる。

 この魔獣は大会が所持していた魔獣の中でも、アリスによく懐いている。短い時間であったが、アリスのことを強者だと理解し、自分を危険にさらさないと知ったのだ。


「来たね、帰るよ」

「ガウ!」


 アリスが優しく言うと、魔獣は嬉しそうに頭をこすり付けてくる。

 ふわふわとした毛がアリスの全身を包み込むと、アリスも心地よさそうだ。

 前世でこれといって動物を飼ったわけじゃないが、こうして手にしてみるとなかなか可愛いものだ――と彼女は思った。


「よしよし。可愛いね。名前決めてあげないとな」

「ギャウ?」

「君の名前だよ。番号とかじゃなくて、名前をあげるんだ」

「ギャアウ!」

「ふふふ、良かった」


 彼らに名前などない。特に、合成魔獣から生まれたこの幼い魔獣はそうだ。

 番号を付けられ、それで呼ばれる。所詮はトーナメントのための道具に過ぎず、もともと討伐対象でもある化け物に対して、飼育員らも愛情など与えるつもりもなかった。

 だから彼らに名前はない。

 しかしアリスは、彼らをペットとして手元に置くのだ。可愛がるのであれば、名前は必要となる。


 アリスは〈転移門〉を開くと、幼獣とともに城へと戻ろうとする。

 だがそれは、一人の声によって阻まれた。


「待て!!」


 いまだ悲鳴が飛び交う会場でも、はっきりと通る声。アリスは声のした方へ、渋々といった様子で振り向いた。

 そこには正義を顔に貼り付けて、じっと睨む少年が立っている。アリスが酷く嫌う顔だ。


 アリスが何もしないでいると、幼獣がアリスと豊成の間に立った。彼女を守ろうとしているのだろう。

 残念ながらレベル的に、アリスは守られる対象ではない。

 そしてもっといえば、豊成と戦ってこの幼い獣が勝てるはずもない。だからこれは無意味な行為だった。


「こらこら、君が行ったら死んじゃうよ」

「グルルルル……」

「よしよし。ちゃんと復讐するからね。今は私に任せてね?」

「グゥ……」

「いい子いい子」


 アリスとてそのまま戦わせるつもりはない。

 せっかく手に入れたペットが、何もしないで死んでいく様を見ているほど残忍ではない。他のことならそうしたかもしれないが、アリスが「欲しい」と思って手に入れたものだ。

 適当に扱うなんてもってのほか。

 アリスは幼獣を撫でてやり、その怒りを沈めてやった。素直に彼女の言うことを聞いている幼獣は、すごすごとアリスの後ろに回った。


「化け物が……化け物の世話か!」

「フッ、化け物か。この見た目が可愛らしい猫だったら、君は殺さないのか? それは余りにも差別的では無いのか」

「はあ!? だってそいつは、人を殺したんだろ!?」

「……ハッ、単純な子供だ」


 幼獣が人を殺した話。それは紛れもない嘘だ。

 しかし誰かが殺されたことは真実だ。だがそれは、人間ではなく魔獣。

 幼獣を生んだ母親は、人間の手によって殺された。そのことを知るのは、トーナメント主催者と魔獣。そしてそれを魔獣から聞いたアリスだけだ。


 たったの短い間で、アリスはこの少年をなんとなく分かった。

 騙されやすい。信じやすい。他人を疑うことを知らず、大人の良いように操られている。国やトーナメント主催から見れば、なんとも滑稽なことだろうか。

 教えられた嘘の情報をそのまま鵜呑みにし、手のひらの上で転がされている。


 なんて、純粋なのだろうか――アリスはそう思った。

 純粋といえば聞こえは良いが、その清らかさは時として、暴力となり得る。事実、眼の前にいる幼獣はそれによって殺されるところだった。


「この子が生まれた経緯を知らないんだな……。この子の母がどうなったかも。……まぁ私も母体を殺したことがあるから、他人のことをどうこう言えないか」

「何をごちゃごちゃと!」


 ボソリとアリスは呟いた。

 ユリアナ・ヒュルスト。アリスが殺した女であり、勇者の恋人。リーベの母親。

 アリスが殺したのは子供に見せつけるためではなく、恋人であった勇者・オリヴァーの怒りを買うためなのだが、それは今となってはどうでもいいことだ。


 しかし、だからこそアリスはこの幼い子が欲しくなったのかもしれない。

 当初はあれだけ警戒していた勇者の子供を、現在では我が子のように可愛がっている。だからこそリーベと重ねて、幼い獣を放っておけなかったのだろう。

 それとも、アリスが単純に甘くなっただけなのか。


「近い将来、また会おう。少年」

「おい! 待てって!」


 待てと言われて、二度も待ってやるほど優しくはない。

 アリスは生成していた〈転移門〉のなかに、先に魔獣を押し入れた。

 勇者の機動力をもってすれば、この中に入ってくることも可能だろう。だからそれを見越して、一度門を閉じる。


「悪いが君はペットになり得ない。……いや、違うな。勇者のペットはもう足りているんだ」


 手元に抱えているだけでも、勇者は五人もいる。

 増えたところで何の問題はないのだが、アリスにとって紛れもなく、豊成たちは殺すべき対象だ。

 彼らも彼らで、アリスから慈悲を受けようなどという意思は感じられない。であれば迎え撃ってやるだけだ。


「はぁ?! 誰がてめーのペットになるかよ!」

「威勢のいい犬だな」


 躾がなっていないならば、少し威嚇してやるのもいいだろう。

 しかしここで死なれても困る。準備を重ね、お互いの怒りと興奮が最高に達したとき。無惨に呆気なく殺してやるのがアリスの愉しみ。

 だからここでする威嚇は、可愛らしいものに。そう思ったアリスは手をかざす。


「市野くん、気をつけて!」

「分かってるって! 〈上級・盾(ハイ・シールド)〉ッ!」


 豊成に続いて、新菜と健斗も〈上級・盾(ハイ・シールド)〉を展開する。

 この三人はオリヴァーたちのパーティーと違って、レベル差がない。彼ら全員が勇者の加護を受けており、全員が魔術を十分に扱える。

 それが分かると、アリスはニヤリと笑った。

 今回の勇者は多少なりとも楽しめそうだ、と。


「〈火矢(ファイアアロー)〉」

「はあ!?」

「〈火矢(ファイアアロー)〉!?」


 アリスが唱えた魔術は、下から二番目のランクであるDランクの魔術。〈火矢(ファイアアロー)〉だ。

 下手をすれば何でも無い一般人でも扱える可能性があるほど、習得の難易度は低い。しかし戦闘を行う冒険者としては、このランクを使えなければ生き残れないとも言われている。

 だから誰もが知っていて、会得している簡単な最低限の魔術だった。


 そんなわけで彼女が発動したのは、それほどまでに弱い魔術だった。

 各属性が付与された魔術の矢を生成し、それを対象へと放つだけのシンプルなもの。

 だが問題なのは、それが術者の能力に依存するという点だ。

 以前もハインツがこの光属性である〈光矢(ライトアロー)〉を扱ったことがある。ハインツの場合は本人のステータスというよりも、所持しているスキルが補助をしたのだが――それでも効果は絶大だった。

 この魔術矢シリーズは、どんなに弱い術者でも、属性が付与された矢が一本は生み出せるのだ。

 ハインツが使った際には、空を埋め尽くすほどの矢が生成された。威力も絶大で、上位互換の別の魔術なのではと誰もが疑うほどだった。


「……十本ね」

「大したことないな!」

「だから市野……、油断す――」


 健斗がそう言ったとき、ドスリ――と彼の足を何かが貫いた。

 足を見れば、炎を纏った矢は彼の片足を、針が布を通るように簡単に貫通していた。

 バランスを崩した健斗は、そのままフラリとよろめいて地面へと倒れ込んだ。

 彼の張っていたBランク魔術の〈上級・盾(ハイ・シールド)〉は、ガラスが割れるように消えていった。

 勇者の加護を得ている以上、Bランク魔術といっても絶大な力になる。Dランクである〈火矢(ファイアアロー)〉なんて物ともしないはずなのだ。

 それに健斗は、三人の中でも魔術に対する適性が高い。彼の習得しているスキル〈魔術(ラージリー・オブ・)卓越者(マジック)〉のおかげだろう。

 だからこそ、彼が真っ先に倒されたことは衝撃的だった。


「ミヤ!!」

「宮松くん!? な、なんで……!」


 驚きにより、戦線が崩壊する。

 新菜は健斗に駆け寄って、治癒を開始した。豊成はそれらを守るように構えているも、顔には動揺がはっきりと浮かんでいる。


「ふむ。全部使わないで済んだか」

「お前……何をした!」

「見ていたのにそれを聞くのか? 〈火矢(ファイアアロー)〉を撃ち込んだだけだろうが」

「そんなわけないだろ! DランクでBランクの盾を壊せるなんて、聞いたことねぇよ!」

「はぁ……。今更になって、他者を疑うことを知ったのか」


 睨みつけている豊成をよそに、アリスは再び〈転移門〉を生成した。

 混乱している彼らの前でならば、逃げるのも簡単なこと。

 結局その予想通りで、アリスが門の中に消えていくというのに、豊成は追ってくることなどなかった。


いつもありがとうございます。

最近とことん創作意欲がなく、困っております。

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