死の闘技3
「私はアリス・ヴェル・トレラント。いずれお前たちの首を取りに来るものだ」
「なっ……」
「にしても、いいのか? こんなところで、私の相手をしていて。耳が確かなのであれば、この叫びが聞こえているはずだが」
勇者がアリスと対峙している間も、アリスが放った魔獣は人々を殺している。
ジョルネイダの数少ない人民が、蹂躙されていく。
それにこの場にいるのは、金持ちがほとんどだ。勇者に支援している貴族なども多くを占める。
それらが無惨に殺されていくのは、彼らとしても芳しくない。
「安心しろ。私は今回、人間を殺す気はない。私は――な」
「くそっ……」
豊成もそれをわかっているのか、仲間を連れて救助へと走った。
アリスはそれを見送りつつ、周囲を見渡した。
観客席は惨殺された肉塊が転がっている。鬱憤が相当蓄積していたのだろう。魔獣たちも止まる様子が見られない。
「…………さて」
勇者が目の前から消えたことで、アリスは表情を変えた。
魔王たる振る舞いを捨てて、普段のアリスへと戻る。
「魔獣は一匹残らずペットにする気でいるからなぁ。殺されちゃたまんないよ。――あー、ルーシー」
『はいっ! あなたの魔術師、ルーシー・フェルですっ♡』
アリスはルーシーへと通信魔術を飛ばした。
一人でも回収作業は可能だが、ルーシーがいてくれたほうが楽なのだ。
それに今は勇者が救助へと回ったため、何かと邪魔をしてくれる助っ人がいる。ルーシーであれば魔獣を守りつつ、勇者をいなして、転送も可能だ。
「ジョルネイダで手に入れたペットが殺されそうなんだ。門を開くから、転送を手伝ってよ」
『おっまかせくださ~い!』
〈転移門〉を開くと、思ったよりも早くルーシーが現れる。
魔術学校が始まったため、彼女も忙しいかと思っていたがそうではないらしい。
「休憩中だった?」
「いえ! マーちゃんに教える才能がないと言われたんで、ブラブラしてただけです!」
「あ、そ、そう……」
ルーシーは教師には向いていないようだ。言われてみれば彼女は、感覚で生きているタイプ。
言語化して何かを説明するのは苦手なのだろう。
ルーシーが教壇に立って、説明をして……マリルが頭を抱える。一連の光景が浮かんで、アリスはちょっとだけマリルに申し訳なくなった。
能力的には申し分ない――というよりも、あの学校では最も強いため、出来ればルーシーに教えてもらいたかったのだろうが、残念ながら叶わなかったようだ。
ルーシーは闘技場内へ降り立つと、キョロキョロとあたりを見渡している。
破壊の限り、虐殺の限りを尽くされている会場は、まさに地獄だ。
「にしてもヤバいことになってますね!」
「うん。今までの鬱憤を晴らさせてる。あ、勇者もその辺にいるから、気を付けてね」
「りょ! です!」
そう返事をすると、ルーシーはすぐに飛び立った。
アリスもそれを追おうとしたが、ふと思い出す。
一緒に来ていたグレゴワールたちだ。事前通達もしないまま、アリスは蹂躙を始めてしまった。
無事を確認していないが、大丈夫なのだろうか――と。
「予告しなかったけど、グレゴワールも死んでないよなぁ? ヨナーシュたちがいるから、きちんと逃がせたといいけど……」
「アーリス様〜!」
不安に思っていると、上方から声がかかる。
上から降ってきたのは、心配していた対象のヨナーシュたち――ではなく、最初にこの場に召喚した魔獣たちだった。
獅子の頭に山羊の胴、毒蛇の尾を持つキマイラ。
そしてその妹である、九つの頭を持つ巨大な蛇、ヒュドラ。
エキドナに借りてきた部下たちだ。
「ああ、ヒュドラ」
「アリス様、アリス様! たのしいです! アリガトござます!」
「ちょっと、ヒュドラ。〝有難う御座います〟でしょう。しっかり言いなさい、アリス様に失礼ですよ」
ヒュドラとキマイラは、今までも出陣する機会を与えていたが、完全に力を振るうことを許可しなかった。
それも、ヒュドラの毒攻撃が絶大な力を誇るから。
レベル150以下の存在は即死し、それ以上でも三日足らずで死亡してしまう毒。後遺症がなく完全治療が可能なのは、Sランク以上の高度な魔術だけ。
Sランクも人間種では到底辿り着けない高みであることから、この場にいる誰もが死亡が確定している。
そんな圧倒的な効果を持っている毒なだけあって、以前は使用を制限させていた。
だからこそ、今こうして無制限で駆け回れるのが楽しいのだろう。
「アリス様。お聞きしていた通り、例の富豪を避けて攻撃をしております」
「そう、ありがと」
「こちらに来る前に確認しましたが、無事に逃げ切れたようです。ヨナーシュ様方も無事を確認しました」
「そりゃよかった」
先程の心配はなくなって、アリスはホッとする。
グレゴワールは正直どうでもいいと言えばどうでもいいが、せっかくジョルネイダで初めて出来た縁だ。
このまま雑に死んでもらうのも勿体ない。
ヨナーシュたちに関しても、高レベルの魔族は貴重だ。改めて育成するには労力がかかるため、こんなところで死なれたら困る。
さて、二人は一旦報告の為に戻ってきたものの、まだ魔獣たちの運搬作業が残っている。
勇者を撹乱しつつ、この場に残った愚かな人間どもを殺し尽くして貰わねばならない。
「一応二人には防御バフをかけたけど、レベル差があるからね。戦わないで絶対に逃げを選んで。闘技場内にはルーシーも飛び回ってるから、助けを呼ぶこと」
「はい。もちろんです」
「戦いたい! 戦いたい!」
勇者ともなれば、ヒュドラ相手に善戦するだろう。
毒が付与されてしまえば死へ一直線だが、それよりも前にヒュドラが倒される確率の方が高い。
アリスとて、それが分かりきっていてヒュドラを送り出すような真似はしない。
しかしヒュドラは精神年齢が低いのか、納得がいかないようだ。姉であるキマイラに諭されても、ブンブンと頭を横に振っている。
「駄目ですよ、ヒュドラ」
「うぅーっ!」
「そんなに戦いたいなら、今度私が手合わせしようか?」
「いいんですか!? やるやる!!」
「もう、ヒュドラ! アリス様も……」
ヒュドラは無邪気に喜んでいる。
二体は、エキドナの子供という設定にしたわりには、あまり彼女とは似通っていない。
似ているところがあるとすれば、幹部が持つ部下の中で最も硬い防御を誇るところだろう。
実践においても引けを取らず、防衛戦でも力を発揮する。防御値は部下の中で最も高く設定したのだから、当然だ。
そうは言っても、勇者の攻撃に勝てる訳では無い。
エキドナならば無傷だろうが、ヒュドラもキマイラもレベルが160ほどしかない。
レベル199の、この世界の最高レベルを持つ勇者相手であれば、確実に負ける。
だから彼女たちには、逃げを選んでもらうのだ。
「あはは。さてと、そろそろ回収の手伝いに行こうかな」
「はい。では残っている人間を、蹴散らしてまいります」
「毒だあ〜!」
三人が会話をしている間に、ルーシーが黙々と魔獣の運び出しを行っている。
アリスもそれに参戦しようと動き出せば、キマイラとヒュドラもまた観戦席へと飛び込んで行った。
◆
勇者たちが魔獣と客との間に入り、応戦しているものの、その戦いは難航している。
勇者である三人の攻撃が、ほぼ通らないのだ。
彼らからすれば、レベルの低い魔獣のはずなのに、死ぬ様子どころか怪我を負っている様子も見られない。
「ひぃいい!」
「うわああぁあぁ!」
三人が試行錯誤している間も、こうして命は無惨に奪われていく。
「……多分、アリス様の仕業ですね」
「絶対そうだろ」
「すっごーい! 間近で見れないのが悔しいぃ……」
「……は、ハハ、ははは……。さ、逆らわないでおこう……」
「何か仰っしゃりました?」
「いえっ! なっななな、なにもっ!!」
ヨナーシュたちは、混乱する会場のなかで比較的安全に撤退が可能だった。
当たり前だが比較的安い――それでも庶民からすればありえない金額だが――一般席と違って、グレゴワールの滞在していたのはVIP席だ。なにかがあった場合、優先的に逃げられるように出来ている。
それに闘技場が間近にあるあの場所とは違い、少し小高い場所に出来ている。
魔獣が襲うよりも先に、逃げられるというわけだ。
「VIP席が上部にあって助かりましたね。金を積んでいる人間は、比較的逃げやすく助かりやすい」
「それは、どうも……」
「とはいえうかうかしていれば死にますから。早く行きますよ」
「はっ、はい」
警備員が誘導しているのに従いながら、ヨナーシュたちも急ぐ。
グレゴワールからすれば魔獣が襲ってくることが危険だが、ヨナーシュたち魔人からすれば、勇者に見つかることも危険にさらされることになる。
茜はともかく、ヨナーシュとフィリベルトはレベル150近辺だ。スキルや魔術でステータスを見られた場合、敵対勢力だとすぐに分かってしまう。
勇者たちの注意が会場に向いている今、こうして急いで逃げるしかない。
「にしても、事前に教えてくれりゃいいのにな」
「わかる〜」
「先に通知をして、我々だけ逃げたら真っ先に疑われます。逃げるだけならば我々でも可能ですし、元勇者のアカネ様もおられますから」
「な〜るほど」
ヨナーシュは茜の戦闘能力を知らない。
しかし、アリスの殴打を受けてピンピンしていたと知れば、何となく分かるだろう。
レベル200たる高みであるアリスの、魔術付与すらない普通の拳であっても、その攻撃力は相当なものだ。
下手すればフィリベルトやヨナーシュならば、死んでしまうかもしれない。
ゆえにヨナーシュは、茜の力を信じていた。
四人が急いでいれば、誘導員に苦情を入れている富豪が見えた。
この状況でも自分の文句を言いたいという、ある意味褒められた精神だ。
ヨナーシュはグレゴワールをチラリと見ると、たまたまグレゴワールと目が合った。グレゴワールは首を激しく横に振り、「自分はそんな馬鹿な行為しません!」と意思を表す。
「そうですよね。せっかく我々が逃しているのに、自ら命を絶つような愚行をするはずがありませんよね」
「もっ、もも、モチロンです!!」
「ヨナーシュ、お前こいつに何言ったんだ?」
「後学のためにも教えてよ!」
「フフフッ……」
「ひぃ……」
タトゥーの大量に入ったスキンヘッド男が、長髪の優男に怯えているのはなかなか稀な例である。
ヨナーシュも、ここずっとアリスに怯えていた。それもあってか、久々に上に立つ存在として力を振るえて、全盛期を思い出して楽しそうである。
『三人とも』
「!」
「通信?」
「わぁ♡」
広い闘技場から逃げている最中、アリスからやっと通信が来る。
あれだけ散々暴れまわっておいて、今更連絡が来たのだ。
とりあえず忘れられてないことにだけホッと胸をなでおろした。
『私はこの子達を城まで連れてく。しばらくしたらそっちに戻るから、そのままスライムを連れて宿まで戻って』
「かしこまりました」
『じゃ』
アリスは伝えたいことだけを言うと、さっさと通信を切ってしまった。
短い通信だったが、ヨナーシュが内容を理解するには十分だった。アリスの意図を理解した彼は、頭を抱える。
「この子達と言ってましたね……」
「? ああ」
「複数体をペットにするつもりですね、アリス様」
「えぇ!? 私だけで十分じゃない!?」
「今は突っ込む気力もないので無視します。我々は屋敷に戻りましょう。もう今日はトーナメントどころではありませんから」
「で、では行きましょうか」
「はい」
四人はグレゴワールの屋敷へと戻ることにした。




