死の闘技2
現在、会場は阿鼻叫喚の大混乱になっていた。
最初の化け物――エキドナの部下、キマイラとヒュドラが防護壁を割って入り、それに続いて他の魔獣たちも続々と観客席へと踏み入った。
魔獣たちは、人間が彼らになんて叫んでいたかは知らない。殺し合うのをみて、金をかけていたことも知らない。
けれど、彼らは仲間や家族が、人間によって殺されていったのを見ていた。
自分たちもここで戦うのを強いられて、毎日のように拷問のような躾を受けているのも。
だから人間は、恨む対象。憎むべき存在。殺すべき相手。
アリスは魔獣を癒してやり、体の傷を全く残さなかった。
魔獣もそれで懐いたわけではないが、アリスという圧倒的な存在を前にして、何かを本能的に察したのだろう。彼女に牙を向けることはなかった。
治癒のあと、アリスは魔獣に防御魔術をかけてやった。これから暴れまわる際に、邪魔をされないために。
*
「食べ終わったかな? おいで」
「グルルゥ……」
「よしよし」
魔獣は、アリスが殺した闘士の死体を食べ終えると、アリスの元へとすり寄ってくる。
アリスの目の高さほどもある大きな魔獣だったが、この個体はまだ子供だった。
闇を纏うような黒い体毛。見た目は狼に近かったが、頭部には恐ろしい角が生えている。足先にかけて白く美しい鱗が見えていた。
ところどころアリスに似ている魔獣だからこそ、彼女に懐いたのかもしれない。
「君、うちに来るかい?」
「……グゥ? ガウ!」
「うん。大丈夫、怖くないところだよ」
――魔獣の母親は、死んだ。殺されたのだ。
もともと母親は人間が生み出した魔獣。別の魔獣と別の魔獣を組み合わせて作った、人工のキメラ。
それに出産は危ういものだった。命をかけて子供を生み出したというのに、母体は人の手によって殺されてしまった。
それも、人間への憎悪を募らせて、闘技場で戦わせるためだけに。
アリスにとって魔獣を生き返らせてやることは可能だが、人への恨み辛みがあるのであれば、それを利用したい。
「お前!!」
「……来たか」
魔獣と戯れていると、アリスに向けて声がかかる。
声の方向を向けば、そこにいたのはジョルネイダに召喚された少年・市野 豊成。無邪気でどこか抜けていて、それでも正義は忘れないであろう瞳をまっすぐ向けている。
茶色い髪の毛に、黒い目。日本人らしい顔立ち。まだ幼さが残るのは、彼が若いからなのか。
年代的にはオリヴァーと同じくらいだろうが、それでも子供っぽく見える。
「なんてことをしてんだよ!」
「な、なにあれ……? 人間……」
「じゃ、ないね……」
遅れてやって来たのは、彼の仲間だ。
黒髪のミディアムヘアはサラリとなびくストレート。少しツリ目気味で、クラスメイトには怖がられているものの、生真面目な女生徒である――半藤 新菜。
少し長めの黒い猫っ毛に、切れ長の目。言葉遣いも優しく、学校ではそれなりに人気があった、宮松 健斗だ。
仲間が来て自信がついたのか、それとも正義心からなのか、豊成はアリスをきつく睨んだ。
彼にはアリスのやっている行為が、残忍な虐殺行為に映っているのだろう。
アリスはそんな睨みつけなど気に留めず、横に立っていた魔獣を見やる。優しく頬を撫でてやると、子供に言い聞かせるように言った。
「君はお腹空いてるでしょう。私はこいつらとお話するから、ご飯を食べてきなさい」
「ガウ!」
「させるかよ!」
魔獣を行かせまいと、豊成が飛び出してきた。
勇者という称号は伊達ではないようで、そのスピードは圧倒的なものだった。ジョルネイダの冒険者たちの仕事を奪って、成長を促していただけある。
アリスはそんな豊成に感心を寄せた。
とはいえ、魔獣をそのまま殺させる訳にはいかない。
豊成を止めるべく動いたのは、彼女が常日頃纏っている黒い羽衣だった。羽衣は豊成に負けないスピードで自在に動くと、彼の足にまとわりついた。
まとわりついた羽衣は、そのまま豊成を地面へと打ち付けた。
豊成を止めたことで、魔獣はなんの障害もなくそのまま観客席へと向かっていった。
「チッ!」
「……い、市野、くん……駄目」
「はぁ!?」
「見れないの!」
「あ?」
新菜はそう叫んだ。
新菜のスキル――〈情報開示〉。
これは、自身のレベルを下回る相手のステータスを閲覧可能というスキル。彼女が有していれば、相当に強いスキルだ。
だがそれも、アリスには通用しない。
アリスのレベルは200で、新菜のレベルである199を上回っているのだ。
「おかしいでしょ! だって、私達って……」
「そうだね。半藤サンの言う通り、レベル199。世界最高のはず……」
「なんで……?」
不安と恐れを抱いた目が、アリスを見やる。
アリスは怯えている勇者を見て、くすくすと笑った。無謀なまま突っ込んでくる勇者もよかったが、こうして早々に真実を知って恐れているのも面白いものだ。
「いいステータスだな、少女よ。ふむ、確かに我が軍には索敵特化はいなかったな……。今後の戦力増強の候補に上げておこう」
「なにをゴチャゴチャ、と!」
だが恐れている新菜とは違って、豊成は向こう見ずだ。
新菜が親切に忠告しているのにも関わらず、武器を手に取りアリスに立ち向かう。
その勇敢さは認めるべきものだろう。
豊成は全力を持って、アリスに攻撃をする。
攻撃の動作が、普通の人間では認識できないほどの速度だった。空を切る音までもが、耳を裂きそうなほどに速い。
そんな攻撃を、何度も繰り返す。しかしどれも当たる様子はない。
アリスは下卑た笑みを浮かべながら、余裕そうにかわしていく。
「市野くん! やめて!」
「一旦引いて、市野!」
ギャラリーはこうして、退却を求めている。だが豊成は止まろうとしない。
目の前に倒すべき敵がいるならば、挑むべきだと思っているのだ。
運良く、豊成は一撃だけ与えることが出来た。背中に一発、それも相当深い傷を負わせることが出来たのだ。
満足した彼は、地面を大きく蹴って仲間の元へと戻っていく。
新菜も、まさか攻撃が通用するとは思わず、驚いていた。
「なんだよ、あいつ……! 全然当たらねー」
「何やってんのよ、馬鹿!」
「馬鹿ってなんだ! だってよ、委員長。あいつから嫌な気配がすげーするんだ」
「そんな事分かってるわよ! だから引いてって言ってるの!」
「ね、ねぇ、二人共……」
豊成と新菜が口喧嘩を繰り広げていると、健斗が震えた声を発する。
彼が指さした先には、豊成が深く切りつけたアリスがいる。
倒れているのではなく、何事もなく立っているのだ。
ただの攻撃ならばまだしも、レベル199であり、勇者の加護というスキルを得ている豊成の攻撃だ。
全ての攻撃にバフがかかり、一撃を食らっただけでも大ダメージ。相手によっては即死級のダメージを発生させる。
たいていの魔物や魔族であれば、豊成の攻撃を受けた時点で死亡が確定する。
高レベルであっても、数度受けてしまえば死んでしまうほどに。
それほどまでに、勇者の力というものは絶大だ。
「……勇者の加護がある、市野の攻撃だよね……」
「……まじか」
――しかし、目の前の女は倒れるどころか、ピンピンした状態で立っているのだ。
怪我を治癒した様子もなく、気にする仕草もない。
「付け焼き刃だとしても、素晴らしい立ち振る舞いだ。十数年生きてきたあの男に比べても、褒めてやってもいいほどだろう」
「な、なんなんだよ、お前!!」
「私? 私か?」
アリスはニヤリと笑った。
三人は、彼女が笑ったことで、あたり一帯がズシリと重くなったように感じた。笑顔だけで威圧する女を見て、豊成達は身構える。
今まで見てきた魔物や魔族とも、何かが違う――と。
「私はアリス・ヴェル・トレラント。いずれお前たちの首を取りに来るものだ」




