また一難
次回更新日は、5/8(月)を予定しております。
「……はぁ、疲れたなぁ……」
アリスはへとへとに疲れた状態で、魔王城へと戻ってきていた。
肉体的には疲労を生じないが、精神的に多方面で疲れ切っていた。ターナーの相手、人間として振る舞わねばならないこと、新たに手に入れた配下・ジュリエットの相手。
契約を結んで、〈転移門〉で逃げるように帰城したのだ。
城に入ってからは魔術を使う気にもなれず、いつも纏っている羽衣を適当に空中に投げると、そこに乗って自室まで向かう。
伸縮自在なその羽衣は、アリスが寝転がれるサイズにまで巨大化し、ベッドのような状態になっていた。
ぷかぷかと浮かんでいるそれに体を預けて、城内をゆっくりと回っていた。
「ははうえー!」
「!」
浮かんでいるアリスの後方から、パタパタと走る音がやって来る。
ゆったりとした動きで体ごと方向を転換すれば、そこには元気に走るリーベの姿があった。
後ろからは世話係になりつつあるガブリエラが、歩いて追ってきている。
「おかえりなさい!」
「ただいま~」
アリスは羽衣を少し低く浮かせ、リーベの頭を撫で回した。
リーベは子犬のように喜んで、目を細めて笑っている。
アリスがあれだけ警戒していたリーベだったが、その両親である勇者が死んだ今では癒し要員になりつつあった。
「お疲れ様です、アリス様」
「ガブリエラも、リーベを見てくれてありがと」
「いえ。あたしは正直何もしてません……」
「そんなことないでしょ」
「いーえ、何にもしてないんです。あたしじゃなくて、優秀な家庭教師を雇うべきだと思いますよ」
「家庭教師」
ガブリエラは、最初期に出会った魔族なだけあって、誰よりも厳重に隷属契約を結んだ。
その内容は酷く詳細に及んでいて、嘘すらつけないほどだ。
しかし、アリスはガブリエラを愛玩動物として可愛がっており、心も許している。
それもあってかガブリエラは魔族の中でも、アリスに対して簡単に要望を述べられる。
要するに、ガブリエラは本心から優秀な家庭教師を望んでいるのだ。
「あたし、そばにいただけで何もしてないんです。書庫に籠もられて、一人で読み書きをされていました」
「それは……」
愚痴交じりにガブリエラはそう言う。自分は、本当に見ていただけ。
おもりなんて必要が無いくらいに、リーベはしっかりしている。
ガブリエラは自分が頭のいい存在とは思っていないが、アリスから面倒を見るように頼まれた以上やるせないのだ。
「そうだね。検討しておくよ」
リーベに見合う家庭教師を探すのは至難の業だ。
リーベの習熟度や知識欲に追いつけるような知識人がいるかということ。
そして何より大切なのは、口が硬い存在であること。
幹部にシスター・ユータリスという――知識面では有能なものもいるが、彼女のスキルは欲しいものを探す辞書のようなもの。
教材ではないため、リーベの教員として採用するには難しい。
もちろん、リーベが知りたい知識を提示すれば、それをスキルで調べあげることは可能だろう。だがその程度だ。
アリスはふと、一つ思いついた。
身分を偽り、素性を隠した上での――リーベの留学。
支配下となったパルドウィンには、オリヴァー達が通っていた著名学院が存在する。
そこであれば、リーベの納得のいく知識が得られるだろう。
アベスカを始めとするアリ=マイア諸国内で勉学に励むよりかは、十分にいい方法だ。
だがリーベには、衣食住の食の面で苦労がある。簡単にアリスやルーシーなどから離すことはできない。
しかも留学ともなれば、長期だ。
(ストロード学院か……)
「あっ、母上。マリルが呼んでいました」
「マリルが?」
「じゅんびが整った、と言っていました」
「!」
準備。マリルのいう準備とは、一つだけだ。
ウレタ・エッカルト魔術連合国。長い間生徒を募集していたマリルの作業が、終わったということ。
アリスは、今回ばかりは疲労の感じない体に感謝した。
長い間をかけて準備をしてきた、新たな国が誕生しようとしている。その瞬間に立ち会わないで、どうしようと言うのだろう。
アリスはリーベたちからその話を聞いてすぐ、アベスカにあるマリルの書斎へとやって来ていた。
マリルもアリスがやってくるのを待っていたようで、部屋に入ると彼女はすぐにアリスを出迎えた。
「アリス様。お待ちしておりました。ご足労ありがとうございます」
「選定が終わったって?」
「はい。とりあえず百名ほどですが……揃いました。力及ばず、少数です……」
「気にしなくて良い。それにマリルの力は関係ない」
「お心遣い感謝申し上げます」
マリルがどれくらいの規模を想定していたのかは不明だが、このアリ=マイアから百名も選定できたのはいいことだ。
もともと魔術に対して劣っていたこともあった。最悪は十数名で我慢しようと思っていたくらいだ。
だから百名という数字は、アリスにとっては大きな数字。
「むしろこれからだ。彼らが故郷などに話題を持ち帰り、我々の素晴らしさを広めてくれれば――二期は期待できる」
「はい!」
マリルの笑顔が弾けるように咲いた。
そういえばこの子はまだ若い少女だったなぁ、とアリスはふと思う。
この世界ではとっくに成人の年齢なのかもしれないが、十六という年齢は、前世で言えばまだまだ子供だ。
三十を手前にしたアリスからすればもっとそうだ。アリス――麻子の十六歳は、高校に入ったばかりで馬鹿をやっていた時代だ。
社会人になってつまらない毎日を送り、早々に死んでしまうとは想像もしていない青春時代。
そんな幼い頃と同じ年のマリルは、家も国も家族も何もかも失って、女魔王へと仕えている。
アリスだったら耐えられない。
――しっかりとしている少女だ。
アリスはマリルをみながら、目を細めた。
「入学式にはご出席されますか?」
「日程は?」
「来月のはじめを想定しています」
「再来週か。分かった。大した言葉は残せないが、顔は出そう」
「来てくださるだけで有り難いですわ。感謝致します」
入学式に出たのは、学生として以来だ。
保護者として出席したことなどもなく、親の経験を飛び越して最も地位の高い重鎮としての出席となる。
どう振る舞うべきかなんて分からないが、マリルの選定した人物たちがアリスを知っているのならば、適当に振る舞ってもかまわないだろう。
相手側が都合よく解釈してくれるのだ。
「……ごほん、ところで」
「はい?」
「撤去は、したか」
「撤去ですか?」
「私の像だ」
あれから、撤去をしにいくつもりだったが――なんだかんだあってアリスは、足を運べずに居た。
その間も着実にアリス像は完成に近づき、もう戻れないところまできていた。
それにアリスが撤去を求めても、誰もが泣きついてきて会話どころではなかった。
「なにをおっしゃいますか!」
――そして、マリルも同じである。
マリルも他の部下と同じで、アリス像の撤去を酷く拒んでいる人物の一人だ。アリスとしては厄介な対象だ。
たかが像ごときで、どうしてそこまで熱意が出せるのか分からない。あってもなくても、勉学にも実技にも支障はないはずなのに。
「お前もそういうのか……」
「当然です!」
(……事故を装って破壊しようかな)
結局今回も、アリスは押しに負けてしまうのだった。
閲覧ありがとうございます。ボヌ無音です。
この話で、第二章(前作通算、第八章)は終わりとなります。
一週間おやすみのち、次章更新いたします。
次回はジョルネイダに旅行に行きます。勇者にも会えるかも?




