眼
差し替えました。
誤字報告もいただきまして、とても助かりました。ありがとうございます!
一番初めに紙を手に入れたとは言え、さすがに入り口に戻るのも一番乗りなのは少々厄介である。
適当に森の中をふらつきながら、入り口付近の探知をする。
三番か四番目程度が妥当だと考えているアリスは、他の参加者に出くわさない程度に森を散策する。
森の中は、魔物が大量に配置されている以外は普通だ。アリスの住んでいる大森林とさほど変わりは無い。
そんな代わり映えのない場所をぐるぐると回りながら、早く合格者が出ないかと欠伸をする。
五分ほど待てば、入口に人間が増えた気配がする。
その誰もが森からやって来ている。合格者だと考えて間違いないだろう。
アリスもぼちぼち向かうか……と、足を向け始めた。
◆
「ったぁあ! ギリギリ間に合ったぜ! って、俺が最後か!」
アリスの後――つまり、五番目に到着したのは、ターナーであった。
この虫ケラでも生き残ることが出来るんだなぁ、とアリスは少しだけ感心する。
見つからないようにそっぽを向いていたが、ターナーにまんまと発見されてしまった。
「あ! 兄ちゃんも受かってたのか!」
駆け寄ってきたターナーを無視しつつ、アリスは改めて周りを見た。
用意された紙の数だけ、ここに合格者がいる。誰かが欠けると予測されていた難易度だったが、やはり自信を持って受験するだけあって、手練が揃っていたらしい。
一人は……おかしな者もいるが。
設置されていたテントから、美しい少女が出てくる。
誰もが目を奪われる彼女こそ、この帝国の光である。聖女・ジュリエットである。
ジュリエットは予想以上の合格人数を見て、キラキラと目を輝かせた。
「まあ、こんなに……。今日は豊作ですね。では――殺し合ってください♡」
ざわめきが起こる。
それもそうだ。聞き間違いだと思うくらい、ありえない単語が飛んできたのである。
――殺し合い。
自分の耳を疑った。聖女たる女が、人を殺めろと命令を下した?
誰もが混乱していた。
否、一人を除く誰もが混乱していた。
「おや? 聞こえませんでしたか……?」
「な……、狂ってる!」
「まさか、生還者がいないのって」
「うふふふふ♡」
ジュリエットは意味ありげに微笑んでいる。
はっきりとは言わないが、それがイエスだと受け取れるのは簡単なことだ。
「な、なぁおい、兄ちゃん。棄権しようぜ。命がありゃ、なんだって――」
ターナーがアリスにそういったとき――アリスはパチンと指を鳴らした。
すると、辺り一帯の時が止まる。誰もがその場で制止し、動かなくなった。
アリスと、ジュリエットを残して。
ジュリエットは異様な空間に残されて、目を丸くして驚いている。
「……あら?」
「ふぅ。バレてるなら直接話したほうが早い」
ジトリ、とアリスはジュリエットを見た。
ジュリエットはアリスと目が合うと、柔らかく微笑んだ。アリスにはそれが作り笑顔なのだとすぐにわかった。
この女、聖女ジュリエットは、アリスが〝アレス・トーランド〟ではないことを察していた。
彼女がこの場所に現れた瞬間、直感的に「バレた」とわかったのだ。
さすがは聖女と言うべきなのか、とアリスは感心を寄せた。
「まぁ! 気付いているのもご存知なのですね。それでは、取り繕う必要もありませんか」
「随分とエグいステータスを持っている聖女様だ。私のことも分かってるんだろう」
「なんと……私のことを読み取れたのですか?」
ジュリエットは愛想笑いをやめようとしない。
時間が止まっているこの空間には、アリスとジュリエットしかいないというのに、まだ彼女は自分を偽っている。
それが気に食わないアリスは、早くこの化けの皮を剥がしてやりたいと苛立つ。
「聖女というより、帝国の勇者だな。レベル199はその程度だろう。それに君のスキル――〈真実を覗く者〉。私すら見抜けるスキルだ」
「そこまでお分かりなら素晴らしいです! うふふっ」
アリスが読み取ったステータスの中に記載されていたひとつ。〈真実を覗く者〉。
相手の正体や隠密など、全てを見破るスキル。
これはスキルだけではなく、魔術も含む能力の中で最強と呼ばれるスキルだ。
こんな規格外なスキルであるから、取得できる人間は限られてくる。
だからこそ、レベル199である聖女ジュリエットが手に入れられたのだ。
それはそうと、ジュリエットはそのスキルによって、アリスが魔王であることを見抜いていた。
「あなた様はどうしてこちらに?」
「君に会いに来た」
「まぁ……!」
「語弊があるな。君に頼みたいことがあってきた。世間で流行ってる魔術器具を、ちょこっと褒めて欲しい。アレは私の作品で――」
「あの素晴らしい作品ですか!? もっと大々的にアピールしましょう!」
グイグイと寄られ、食い気味に話を進めるジュリエット。
あまりの食いつきに、アリスは余計に不快な顔をする。
レベル的には、帝国の勇者だというのに、こんなに魔王に擦り寄っていて良いものなのか――と、敵ながら疑いの目を向ける。
「そんなわざとらしいのはいらない」
「なぜ!?」
「あからさますぎる」
「……まぁ、分かりましたわ」
渋々、と言った様子だったが、ジュリエットは納得した。
アリスはチラリと周りを見る。時間が止まっているせいで、合格者たちは動くこともない。
彼らの顔は、ジュリエットによる発言のせいで驚愕に染まったままだ。
これをどうするか。
「それで。こいつらを殺せば良いのか?」
「えぇ。あなたを騎士として選びたいです」
「では解除するぞ。元の場所に戻れ」
ジュリエットが時間を止めた際の位置に戻ったのを見ると、アリスは時間停止魔術を解除した。
時間が動き出せば、生き延びたいと叫んでいたターナーの声が再び響く。
「――命がありゃ、なんだって出来るんだから!」
と、同時に。ドスリ――と鈍い音もした。
音の根源に目をやれば、それはターナーの胴体。ターナーの胴体には、深々と大剣が突き刺さっている。
そしてその剣は、アリスの持っている大剣だった。
「……え? ……がはっ」
アリスは勢いよく大剣を引き抜いた。
ターナーはそのままよろめいて、地面に膝をついてしまう。
腹部にはポッカリと大穴が空いていて、たかが狩人レベルでは生きられない。
ターナーも例に外れることなどなく、そのまま前方へと倒れた。
「な……ん、で」
「……」
薄れゆく命のターナーの疑問に、アリスは答えることなどない。ただ冷ややかな目を送って、死体になりつつあるターナーを跨いで歩く。
それに、ほかの合格者もだ。ターナーの「なんで」という言葉通り、アリスの行動に疑問を抱いた。
普通であれば、ここでは殺さない。
人を殺してまで、聖女の護衛になりたいと思えない。清らかな乙女に仕えるのであれば、その正義が大切になってくるはずだから。
アリスは躊躇いなどなく、呆気に取られている残りの三人にも剣を向けた。
三人も、ただ黙って殺されるわけもなく。各々の武器を取りだしてアリスに挑むが、彼女には通用しなかった。
数分と経たないうちに、その場は血の海へと作り替えられていた。
四人の死体が転がり、傷一つない一人の剣士が立っている。
アリスは大剣を大きく振って、付着していた血液を飛ばした。
「殺しました」
「はい♡彼と結婚します♡」
「はぁ!? ジュリエット様!?」
「ち、違います……、しません……」
ジュリエットの側近たちは、彼女の発言に驚いている。
普段から我儘を極めていた彼女だったが、こんなことは一度もなかった。
そもそも、ジュリエットのお眼鏡にかなう存在がいなかった、ということもあったが。
それに彼女は帝国の第二皇女だ。そう簡単に、結婚など結べるはずがない。
貴族相手ならばまだ検討のしようがあれど、目の前にいるアリス――アレス・トーランドは、爵位すらない普通の青年なのだ。
「しますっ!♡」
「しませんってば。あの、助けてください……。私が欲しいのは護衛騎士の称号です」
「そんなのあげます♡」
「誰か助けて……」
アリスの制止を聞かず、ジュリエットは腕を組んですりすりと頬ずりをしている。
いつものジュリエットを知っていれば、彼女がここまで懐いている相手は貴重だ。その異様な光景に、助けることも出来ず誰もが眺めているだけだった。
アリスは誰も止めてくれる人が居ないと理解すると、再び時間を止めた。
「いい加減にして」
「どうしてですか!?」
「ちょっ……、あのさ。私は君と結婚するために、来たんじゃないんだよね」
「存じております♡」
「本当に魔王だと分かってるの?」
「はい♡」
ジュリエットの返答がどうにも締まらないので、アリスは嘆息しながら姿を変えた。
驚かせてやろうと体に闇を纏いながら、青年から魔王の姿へと戻っていく。
平凡的な茶髪は、サラリと伸びた長い白髪へ。瞳の色は白と黒の反転した目に。着慣れた民族衣装を纏い、レースの羽衣をふわふわと浮遊させている。
頭部には黒く大きな角がまみえており、肌には鱗が点在している。
ジュリエットを威圧するかのように、魔力を溢れさせた。
「――これでも結婚だって?」
「……ッ、はぁん、……ぁは♡♡はい♡♡」
「はあ……」
アリスは頭を抱えた。
自分の周りには、こんな子しかいないのだろうか――と。
もしも好かれるのならば、ガブリエラのような天真爛漫な少女のほうがまだいいものを、と思っていた。
しかし、好いてくれるのは頭のネジが一本外れている者たちばかり。エンプティはアリスがそう設定したため仕方ないとしても、茜やジュリエットはどうしようもない。
そもそも、魔王を好きになるということ自体、頭のネジが外れているのだろう。
そう思えば納得することだった。
「ところで……わたくしの護衛となれば、四六時中、一緒にいることとなりますけれど♡」
「大丈夫。代わりを置いていく。緊急時は、私と入れ替わるよ」
「んもう……! 寂しくなりますわっ」
「つい今会ったばかりですけど」
アリスは時間停止魔術を解除すると、護衛としての契約を結び、魔王城へと帰ることにした。




