入手
ターナーと分かれてから、アリスの道のりは順調だった。
相手の目が無い分、自由に動けるのはいいことだ。時折魔獣が襲ってくるものの、適当にいなして殺している。
「あのクソ野郎がいないから、好きに戦えていいな」
この為に訓練を積み重ね、大剣まで持ってきたが――アリスは剣を使わなかった。
代わりに、アリスの隣には一匹の巨大な獣が「グルルル」と唸りながら歩いている。
威嚇は敵に対してであり、アリスに対して行っている訳では無い。
この魔獣は、ターナーと分かれてからすぐに出会った獣だ。アリスを見つけるなり襲いかかってきたので、スキルを用いてアリスが主人だと洗脳したのだ。
使用したスキルは、ユータリスのスキル。
拷問が難航した際にも使えるもので、名を〈我が主を讃えよ〉という。
このスキルは、ハインツの〈龍の覇気〉のように、三段階から成る。
序曲、間奏曲、終曲から成るこのスキルは、簡単な催眠から、二度と解除の出来ない洗脳までやってのける。このスキルを用いれば、ユータリスの拷問は即座に終了してしまうのだが――ユータリスはそんなことはしない。
人間が絶望していくさまが好きなのだ。だからこのスキルは最終手段。
普段のユータリスの拷問には、スキルは用いらない。二度と助からないと絶望させ、命乞いをさせるほど肉体と精神を追い詰めて、時間をかけてじっくりといたぶるのだ。
さて、アリスはその〈我が主を讃えよ・序曲〉を用いて、獣を懐柔していたのである。
「序曲程度で洗脳できる、弱い魔獣ばっかりだなぁ」
「ガァアアウ!」
「あ、ほら。敵だよ、倒しなー」
「グルル!」
従順な獣は、アリスの命令どおりに動く。
現在も、アリスの目の前に敵が現れれば、即座に対応していた。
道中で何人か参加者も殺しており、着実に勝利へと近付いている。母数が減ればアリスが合格する確率も高まるのだ。
「そろそろ手に入れるかぁ。取られたら元も子もないし」
小屋の目星はついている。リーレイが知らせてくれたことと、探知をしていたのもあって、だ。
誰かが試験のアイテムを手にした様子もないため、のんびりと過ごしていた。
目立たないためにも一番目は避けたかったのだが、あまりにも遅すぎる。既に試験が始まってから、数時間は経過しようとしていた。
暇つぶしにあたりの魔獣を殺したり、参加者をなぶり殺したりしていたのだが、その暇つぶしも飽きてきた。
不自然に獣や参加者が減っていれば、主催側も不審に思うだろう。ある程度調整をしながら殺していたのだが、それも限界が来る。
もっとも、調整の限界よりも、アリスの忍耐力が尽きてしまうのだが。
「さてと。最寄りは……」
再び森の中を探知する。
目を閉じて、視界を広げるように感覚を行き渡らせれば、最初にスキャンした通りの場所に小屋が存在していた。
誰かが入った形跡など無く、もっと凝らして見てみれば、中にある紙も無事だ。
「よかった――ん? こいつら……」
少し遠くの小屋。たまたま探知に引っかかったのだが、小屋の周囲に何名か参加者が待機している。
目の前に小屋が堂々とあるものの、踏み込む様子はない。警戒をしているからだ。
あれだけ森の中に魔獣が存在していたのだから、小屋の周囲なんてもっと危険な罠があるのだろう――そう踏んでいるのだ。
試験は毎月行われ、生還者も少ない。そして合格者はいない。
そのことも考慮すれば、小屋には即死級の何かがひそんでいるのだ、と思うのだろう。
(これが合格者のいない理由か……。聖女の騎士になるんだから、勇気でも出して突入して欲しいんだけど……。まあでも、私の狙ってる小屋じゃなくて、よかった)
聖女の仕事を始めれば、この程度では済まされない。
神聖なる乙女を守るためには、命を捨てる覚悟で挑む必要だってあるのだ。この程度で己の命が惜しくては、今後の仕事に支障を来す。
それも、この試験で見ているのだ。
本当に覚悟が必要なときに、それを発揮できるのか。土壇場で臨機応変に対応が可能なのか。
帝国の聖女は、国民に慕われる少女である。が、それ故に敵も多いし、その力を欲するものも多い。
そんな彼女を守る人間が、この程度で怯んでいてはいかがなものか。
(一番は嫌だけど、しょうがない。〝この装備〟の時点で、目をつけられたも同然だし)
あのターナーですら分かるほどの高級な装備。
きっと口にはしないものの、会場でのアリスはとてつもなく浮いていたことだろう。審査員も当然だが気付いていたはずだ。
であれば、一位をとっても〝当然〟となる。
これで落第などしてみれば、見た目だけのお坊ちゃまだと位置づけられてしまうだろう。それもそれで構わないが――アリスの計画は、この国のトップに近づくことだ。
この試験はどうしても突破しなくてはならない。
「じゃあ行きますか。おい、小屋周囲の雑魚を蹴散らしといて」
「ガルル!!」
最寄りまでは一分足らずで到着できる。
幸い、探知の段階でその小屋周辺に人影は見当たらなかった。中の紙も無事であることから、アリスの合格はほぼ確定だろう。
洗脳した魔獣には最後の命令として、誰も近づけないように指令を出す。これで他の参加者は、この魔獣に殺されるため、邪魔者は減る。
少し急ぎ足に小屋へと向かえば、目立つように小屋の周りだけ、木が切り倒されている。
試験のために森を作り変えたのだろう。
ポツンと佇む小屋だけが太陽の光を浴びており、妙に神々しい。少し離れた場所からでも、すぐに発見できる。
問題は、この小屋がある場所まで辿り着けるか、なのだ。
アリスは木々の隙間をぬって、小屋へと向かう。久々に太陽の光をじかに浴びて、少しだけ目を細めた。
「!!」
あと一歩で小屋――というところで、どこからか剣が飛んでくる。
比喩というわけではなく、その言葉のとおりだ。投擲武器のように、剣が飛び出してきたのだ。
剣はグサリとアリスの胸部に突き刺さり、反動で彼女はそのまま倒れてしまった。
「馬鹿がいてくれて助かったぜ。これで罠がないことが確認できた」
ガサリと草むらから現れたのは、同じ参加者であろう男。
正確な投擲は、それでもこの試験を受けているだけある。胸部に刺さったはまぐれでもなく、男が狙ったからであった。
男は倒れているアリスをまたいでいくと、そのまま小屋の中へと足を踏み入れていった。
「…………」
それを見送ると、アリスは上体を起こす。
ポリポリと頭をかいて、大きくため息をついた。――部屋の中には、届いていないようだ。
胸に深々と突き刺さった――というより、既に背中まで貫通している剣をそのままに、アリスは起き上がる。
小屋に入る前に、もう一度探知するべきだった。
先程スキャンしたときには、この小屋を狙うものは誰もいなかった。
他の小屋は、周りに受験者が待機していたが、ここだけ空いていたのだ。だから安心していた。
しかし、優秀な騎士や剣士であれば、周りにライバルがいると気付けばそこを避けるだろう。
「そりゃまあ、これだけ見つけやすきゃあ……そうなるか」
アリスは小屋の扉に手をかけて、中へと入る。
目の前には紙を手に入れて喜んでいる男。これから入り口に戻ろうとしているところだった。
くるりと振り返れば、先程自分が投げた剣が深々と突き刺さる青年が立っているではないか。それを見れば男は、化け物を見たかのように顔色を変えた。
「なっ!? お前、生きて……!」
「紙はもらう」
「はぁ? ――おい!?」
アリスが指で招くようにジェスチャーをすれば、男の手にあった紙はスイッと移動をする。そしてアリスの手元へと届いた。
殺したはずの男が生きていて、紙がひとりでに動いた――続けざまに不思議な出来事が起こり、男は酷く困惑している様子だ。
「本当にいつも思うのだが、こんな私が王でいられるのは奇跡だと思うんだ。……いや、そういうふうに〝設定〟したから、みんなそう慕ってくれるんだろうな」
「おい! 何なんだ、お前は!」
「はぁ……。あぁ、そうだ。これはお前のものだったな。今返そう」
そういうと、アリスは貫通している剣を勢いよく引き抜く。
どろりとした血液が一気に溢れたが、空中で一瞬だけ留まると、それはすぐにアリスの体へと戻っていった。床にも剣にも血液が付着することは無かった。
血液が傷口から入り込み、傷も綺麗さっぱり元通りになる。
アリスは剣を床へと投げ捨てた。ちょうど、男の手に取りやすい場所だ。
それを冷たく見下ろしながら、彼女は吐き捨てるように言う。
「拾え、人間」
「はあ? 何だお前……。気味が悪い……。もう俺の負けでいいよ、そいつは持ってきな……」
「そうか、では有り難く受け取ろう」
「ったく……」
魔術に馴染みがある国だからなのか、アリスが死んでいないことにさほど恐ろしさを覚えていないようだ。
この国の聖女が瀕死の人間すら治せる女なのだ。それくらいでは驚かないのかもしれない。
男はアリスに言われた通り、剣へと手を伸ばした。
男が剣を手に取った瞬間、アリスが口を開く。
「〈我が主を讃えよ・終曲〉」
「……!」
「自刃しろ」
「かしこまりました、我が王」
アリスはくるりと踵を返して、小屋を出る。
彼女が部屋から出たのを確認すると、男は自身の剣で己を貫いた。小屋は真っ赤に塗り替えられていった。




