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魔王アリスは、正義の味方を殺したい。 後編  作者: ボヌ無音
第二章 化け物たちの恋

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運も実力の内

 ターナーがアリスと分かれてから、至る所で悲鳴が聞こえ始めた。

 戦闘音や悲鳴が届く度に、ターナーは草むらに飛び込んでじっと待っている。自分は草ですと暗示をかけて、周りに分からないように祈っている。


(……しくったなぁ。兄ちゃんと分かれなきゃよかったぜ)


 ターナーは茂みの中から、様子をうかがっていた。

 先程も数メートル圏内で叫び声を耳にしたので、急いで隠れたのだ。

 ターナーには探知をするようなスキルや魔術はなく、今まで狩りをしたりするときも勘で過ごしてきていた。

 動物相手ならばそれで通用したが、相手は化け物たちだ。普通の動物とは違う。

 それに加えて、人間の状況を探る力も持っていない。

 だからあたりがどんな状況になっていて、誰が何をしているかなんて、把握できていなかった。


 少し歩けば死体が転がっているし、ターナーの中の不安は大きくなっていった。

 しかし、ゴールが近いのだと確信していた。

 ゴール付近には凶暴な魔物が多く存在すると、聞いたことがあるのだ。

 それこそ、この試験の難易度が高いことを、よく表している。誰もがゴール直前で死ぬか、棄権するかだ。


(合格者を減らすために、小屋の周りにはもっと多い魔獣を用意してんのか?)


 この試験が聖女の容認した試験だと言うのだから、余計に酷いものだ。

 神聖なる力を持つ癒し手のはずが、人の命を弄ぶようなことをしている。

 果たして、本当の魔物とはなんなのか。


(でもまぁ、あの給金を聞いたら絶対に受かりたくなるぜ……)


 ターナーが応募している理由はただ一つだ。

 聖女の護衛の、給料。破格などという言葉では済ませないほどの、大量の給金が支払われるのだ。

 平民であれば数年もかかる稼ぎを、たったの一ヶ月の護衛によって稼げるのだ。

 これを逃す理由などない。

 彼が応募したのは、聖女様に仕える光栄さなどという、志の高い理由などではないのだ。


 ぼんやりとしていれば、ターナーはガサリと物音を立ててしまった。

 狩人をしていた彼にとっては、この小さな音は大きなミスだ。


(やべっ!)


 キョロキョロと周りを見渡すが、何かが襲ってくる気配はない。

 とりあえず危険は免れたとして、彼はホッと胸を撫で下ろす。

 念の為、もう一度左を見て、右を見て。そしてまた左を見る。……何もない。

 今度こそ安全だと思ったターナーは、正面へと目線を戻した瞬間――右端に、何かが映った。


「うわぁあぁああ!?」

「なーんだぁ。おじさんかぁ」

「……? お、お前も試験を受けてるやつか……?」

「ん? んー。まぁそうでもあるかな?」

(こんなガキンチョまでいるのか……! というか、会場にいたか……?)


 隣に突如として現れたのは、十代前半くらいの若い〝娘〟だった。

 少女はターナーを確認すると、その場から去ろうと、腰を上げようとする。


 ターナーは、ふと思った――途中まで一緒だった青年とは分かれてしまった。

 この気配すら殺す少女とならば、一緒にいれば大抵は乗り切れそうな、そんな気がした。

 元々、この男はどの試験でもこんなようなやり方だ。誰かに寄生して、都合が悪くなれば離れる。

 自分の代わりに戦わせ、盾にする。そうして何度も生き残ってきたのだ。

 だから、あのとき青年に突き放されたのは、計算外だった。

 ゆえにこの少女の登場は、彼にとっては都合のいい展開だ。


「お、おい、待てよ! 一緒に行こうぜ?」

「はぁ?」

「……っ!?」


 少女がそういうと、一瞬で空気の温度が数度下がったような感覚に陥る。

 それくらいに重圧と悪寒を覚えるような態度だった。

 この試験の場というよりかは、戦場に立っている死神に近い気配。視線には確実に殺意が込められているのが、ターナーにすら分かった。

 ターナーは受けたことのないその殺意に、ごくりとつばを飲む。


(な、なんだ……こいつ……)

「子供じゃないんだからぁ、一人で行きなよぉ」

「こ、子供って……お前もそうだろ!」

「僕は子供だとしてもぉ、おじさんより強いからぁ」

「な……」


 ターナーはそれを否定できなかった。

 愚かで弱くて間抜けなターナーですら、この少女が強いことはなんとなくわかった。

 もっとも。彼は少し前まで一緒に居た存在の強さに気付いていない時点で、あまり褒められたものではない。


「じゃあねぇ」

「あ、おい!」


 立ち上がった少女を追おうと、ターナーも立とうとした。

 だがそれは突風によって阻まれてしまう。

 少女が立ち上がると同時に、目を開けてすらいられないほどの強風が吹いた。そんな兆候もなく、天候も荒れていないというのに。

 立つことすらかなわないターナーは、腕で頭を覆って自身を守った。


「……っ!」


 たった数秒だけの、一瞬だけの突風だった。

 一体何が起きたのか、目を覆っていたターナーには分からなかった。

 そもそも彼には魔術のたぐいの知識が乏しいので、目を開いていてもわからないだろう。

 風がやんで、腕の隙間からそっと覗けば、そこには誰もいない。


「おい、ガキ……あれ? なんだったんだ……?」


 ポカンとした頓狂な顔で、少女が居たはずの場所を見つめている。

 そこには何も残されておらず、可憐な少女の香水の匂いだけが残っている。

 もしかしたら、夢や幻なのではないか。ターナーのなかでそう結論が付き始めている。

 しかしその考えも、まとまることはなかった。

 背後から聞こえた「グルルル」という低い唸り声。振り向かずとも分かる。


「ぎゃあああ!」

「ウゥーッ! ガァアウ!」


 ターナーは一気に駆け出した。

 後ろを確認してみれば、そこにいたのは魔獣ではなく普通の狼。

 普通の狼と言えども、噛みつかれればそれは痛いどころではない。狩人をしていれば、そんなことよく知っていることだ。


「ただの狼か! 運がいい! いいのか!?」


 ターナーは全力で森の中を走り回る。

 怪我程度で済めばいいが、果たしてそれで済むのか。この魔獣で溢れる森で生き残っている狼ともなれば、その力は侮れない。

 追いつかれまいと必死に両足を動かしているが、人間と四本脚の獣では、鬼ごっこにいずれ限界が来る。

 必死に周りを見渡しながら、木々の間を、草むらを走り抜けている。

 諦める気配などもなく、狼のうめき声はまだ続いている。


「んんん!?」


 視界の隅に、一瞬だけ見えた建造物。

 魔物だらけの森の中に存在する建造物なんて、心当たりは一つ。

 ターナーもようやく、当たりを引いたというわけだ。


「あったぁあぁ!」


 ターナーは小屋へと、一目散に駆け込んだ。

 彼の中にはもはや、罠という考えはなかった。とにかく逃げたい一心だった。急いで中に入り、扉を勢いよく締める。

 少々凶暴化していた狼が、数度ドンドンと体当たりをしていたが、必死に押さえてそれを耐えていた。

 音がやみ、ドアの隙間から安全を確認すると、ターナーは部屋の中をぐるりと見渡した。

 中には、テーブルだけがあった。

 そしてその上には、試験の合格の証明とも言える紙が、ぽつんと置かれているのだった。


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