ヴァンティア
――数日後。
帝国内は少し忙しくなっていた。
とある伯爵令嬢が、行方知れずになってしまったのだ。
その伯爵令嬢とは、ヴァンティア・エンライト伯爵令嬢である。
そう、スラムに入り浸っている不良少女・ヴァンティア。彼女は伯爵家の長女なのであった。
ただの不良少女が消えたのならば、社会のゴミが抹消されたと喜ぶ人間も多いだろう。そもそも気付かれない。
だが、行方不明になったのは、エンライト伯爵家の長女である――ヴァンティアだった。
彼女は父親に認められず、心苦しい生活を送っていた。
弟であるリックスは、父の言うことをよく聞く男で、それは溺愛されていた。そのこともあってか、ヴァンティアはよく対比され、冷たくあしらわれることが多くなった。
認めてくれない父親に、ヴァンティアは反発するようになった。次第にヴァンティアは、家を抜け出すようになった。
貴族の令嬢なのにも関わらず、スラムに住むホームレスや犯罪者たちと仲良くするようになった。
ありのままの自分を見てくれて、家族のようなあたたかい感情を分け与えてくれる。
そこにて、やっと己の場所を見出したのだ。
それでも、ヴァンティアは家に帰ることが多かった。
父親とは反りが合わなくても、母親はまだ良心的だ。父親が権力を持っているせいで、大きく庇うことは出来なくても――心配はしていた。
だから母親を心配させまいと、頻繁に家に帰っていたのだ。
しかし、ヴァンティアは数日もの間、帰ってこなかった。
「やめてください、あなた!」
「止めるな! この女とつるんでいるから、ヴァンティアが失踪したんだろうが!」
「……」
バチン、と部屋に響くほどの大きな平手打ちの音。
客間に来ていたのは、スラムでのヴァンティアの親友。マチルダ。
マチルダは酷く打たれた衝撃で、鼻から血をタラリと流していた。
父親であるジェラルドは憤慨していて、ヴァンティアが消えた理由はスラムの者たちのせいだと思いこんでいる。
そう思われても仕方がない。
マチルダたちと関わるようになってから、ヴァンティアは帰りが遅くなった。
ヴァンティアにとっては、いる場所を見出したものだが、家のものにとってはそうじゃない。娘をたぶらかしていると思っている。
「お前が唆したんだろう!?」
「……違います。あなたの教育が、悪かったんじゃないですか?」
「このっ……」
「あなたっ!」
再び手をあげようとしたジェラルドを、妻であるエイラが止める。
普段ならばこうした抵抗をしない彼女だったが、それをしないせいでヴァンティアが消えてしまったのだと痛感していた。
だから、ジェラルドを必死に止めている。
ジェラルドもジェラルドで、いつもは大人しい妻が反抗してくることに驚いていた。
自分の数歩後ろを歩くような女だ。ヴァンティアと言い争いをしても、巻き込まれないように静かにしているほどの。
だからジェラルドの、平手打ちを繰り出そうとしていた手は自然と止まった。驚きにより体が硬直したと言ったほうが正しいかもしれない。
「ヴァンティアはいつも言ってましたよ。何でも言うことを聞く息子がいて、自分のことはどうでもいいんだー、って」
「…………なっ、で、でたらめだ!」
「だったらなんで……消えてから、彼女に気をかけてるんスか?」
「ぐっ……」
ジェラルドは返す言葉も見つからなかった。
マチルダの言うとおりだ。
普段から口喧嘩ばかりしている娘。自分の思い通りにならないからと、怒鳴ってばかり。
彼女について分かろうともせず、喧嘩ではなく話し合いで解消しようとも思わなかった。
そして事実、自分の言うことを聞くだけの息子にばかり、愛を注いでいた。
ジェラルドも原因にはなんとなく気付いていたが、見ないふりをしていた。貴族と、当主という巨大なプライドが、彼のなかで邪魔をしていたのだ。
「それにあの子は、あたしたちのコミュニティにすら顔を出してないです」
「嘘を言うな」
かたくなに理解しようとしないジェラルド。
やってられないと言うふうに、マチルダはわざとらしく大きなため息をついた。
ヴァンティアが父親を嫌うのも分かる――そう言っているようにも聞こえるため息だ。
マチルダはヴァンティアから、理想の家族や、他の家庭のことを聞かされていた。親もいないマチルダにとっては、おとぎ話のようで、どれもキラキラと光っていた。
だからこそ、ジェラルドのこの対応は、嫌悪を抱いた。
「お互いにヴァンティアを探している同士、嘘を言って何になるんですか?」
「…………」
「あなた、言い争いはやめましょう」
そう。マチルダもヴァンティアを探している。
彼女は唯一無二の親友なのだ。そんなヴァンティアを、行方不明にさせるようなことがあるだろうか。
――もちろん、彼女が本気で家との縁を切りたいと言うならば、この世界から切り離して行方をくらませるかもしれないが。
だがヴァンティアはそんなことしないだろう。
家にいる唯一の良心、母親のために。
マチルダはちらりと母親であるエイラを見やる。
親友の話では、自己主張もしない大人しい母親だと聞いていた。さすがに娘が行方知れずになれば、少しは変わったようでほっとする。
これで聞いた話の通りだったら、ジェラルドだけではなくエイラにも一言添えるつもりだったのだ。
このままエンライト邸で口論しあっていても、ヴァンティアは見つからない。
マチルダは悪い頭で必死に考える。
最後に会ったときのヴァンティアの様子。お互いにした会話。
「――あ、そういえば文通の相手に会うとか言ってましたね」
「……なに? 文通だと?」
「はい。知りませんか? 今流行ってる手紙の……」
「あのくだらんものか」
平民のなかでは安くて便利で画期的だと、話題になっている。
しかし貴族は警戒しているものが多くいる。もちろん、新しいもの好きの貴族は利用しているが、使わない貴族もいるのだ。
「ばか娘め、あんなものに騙されおって……」




