真実と解釈
スケフィントンは小箱から、全く顔を出さなくなった。
暇を持て余したベルが一人で観光をするとのことで、リーレイは久々にスターライト・ブルーに顔を出していた。
スターライト・ブルーとは、リトヴェッタでも名のある服飾系の店舗。仕事は主に、貴族向けの高級志向なドレスを提供している。
技術は帝国随一とも言われ、スターライト・ブルーを利用している客は多い。皇族すら利用したことがあるという。
その実績により、数多くの貴族から信頼されている。
リーレイは以前、ここの一人娘と知り合っていた。
リトヴェッタ帝国にやって来た際に、たまたま彼女が暴行事件に巻き込まれているのを発見したのだ。
それを助けてからというもの、リーレイは少女・レジーナに惚れ込まれ、母親には感謝をされた。スターライト・ブルーに併設された自宅を、我が家のように使う権限を手に入れたのだ。
というものの、普段は〝素〟でいられる山奥の屋敷に帰っている。冒険者として初仕事をした、ヴァンパイアの住処だ。
彼はあまり取り繕ってはいないものの、それでも人間のふりをしなくていいという点では、山奥の屋敷を気に入っていた。
そして人間の街に降りてきた際には、我が物顔でスターライト・ブルーに寄るのだ。
「やっほぉー!」
「あ、リーレイ様!」
「ん? どしたのぉ?」
貴族御用達の店舗に、当たり前のように入れば、リーレイを慕っているレジーナが出迎えた――のではなく、彼女は店のガラスに張り紙をしようとしていた。
手に持っていたのは、人物画が描かれたチラシのようなものだった。
「これ、店頭に貼ってくれって配られまして」
「ふー……ん!?」
「? どうかされました?」
「な、なんでもないよぉ……」
チラシにあった似顔絵は、つい先日見たばかりの顔。
どう見てもこの間、スケフィントンに会わせた少女だ。
それを確認すると、リーレイは一気に焦りを覚える。その少女が消えた理由を知っていたから。
スラムの少女を殺して隠蔽した――つもりだった。
だが、スターライト・ブルーにまで人探しのチラシを貼る時点で、スラムの少女ではないことは明らかだ。
(スケくんが嘘ついたぁ? いやいやいやっ、そんなことできる子じゃないぃ。じゃあ何だぁ?)
と、なれば。
スケフィントンに対して、女が嘘をついたということになる。それであれば、事態はより悪い方へと移行する。
アリスに許可をされていないもとでの殺人。それを隠したこと。
リーレイの中の焦りは、更に加速する。
「家出少女だったみたいで。なんだかあたしみたいですね」
「へぇー」
「結構良いところのお嬢様だそうですよ。名前を聞いたら、あたしも何度かドレスを届けた覚えがありました」
「ふぅーん……。用事を思い出したからぁ、僕行くねぇ」
「はい!」
リーレイはフラフラとスターライト・ブルーの店から出ていく。
何用でやって来ていたのか、もはや覚えていない。自分のやってしまったミスのことで、頭がいっぱいだ。
アリスに謝罪をするにせよ、全ての真実を知る必要がある。
となれば、スケフィントンがやり取りをしていたであろうものを、洗う必要があった。
「ルーちゃん……」
『はいはーい、ルーシー・フェル様だよん』
「お願いがあるのぉ……、イルクナーに連れてってぇ……」
ルーシーが帝国への転移先を知らなかったこともあって、リーレイがイルクナーにやって来たのは、一時間ほど経過してのことだった。
「アリス様に転移させてもらえば?」という意見もあったが、どうにか頼み込んで、帝国まで急いで来てもらった。
海とも思える巨大な河川を、ルーシーは浮遊魔術を用いて高速移動した。
そのため、時間がかかってしまったのだ。
リーレイはイルクナーへと到着すると、お礼も簡単にすませ、とっととユータリスの滞在している邸宅へと急いだ。
幹部トップツーを誇るリーレイのスピードは、普通の人間に見えるはずもなく、ユータリスもその部下であるエクセターたちですら視認出来なかった。
それを良いことに、リーレイはスケフィントンの使用している部屋へと滑り込む。
(お願いだから、魔術空間以外に残しててぇ……)
コソコソと部屋の中を漁る。
探しているのは全てが書かれているであろう、手紙。
スケフィントンの解釈を鵜呑みにしてしまったせいで、事実を知らない。だからそれを知るために、ヴァンティアの送った手紙を探しているのだ。
乱雑なスケフィントンの自室。そのなかで一際目立つ、小綺麗な宝箱。
宝箱といっても小さなサイズだ。小物入れとも言っていいほど。少女の部屋に置いてありそうな、そんな可愛らしいものだった。
それを開けば、中には封筒や便箋がぎっしりと詰まっていた。ところどころ血液やなにかの液体が付着しているものの、比較的綺麗に管理されている。
一つ手にとって開けば、丁寧に書かれた文字が並んでいる。子供にもわかりやすい文章で、ヴァンティアの文字が連なっていた。
「あったぁ……!」
「何を為さっているのですか?」
「ひっ!?」
部屋の入口には、シスター・ユータリスが立っていた。
ニッコリと微笑んでいるものの、その奥に秘めた感情は読み取れない。
レベル的にはリーレイのほうが有利なのだが、リーレイはまるで蛇に睨まれた蛙のように怯えている。
「ゆ、ユータリスさぁん……」
「あらあら。……一つ、言わせて頂きますと――アリス様へ正直に申し上げるのが、一番良い選択です。嘘や隠蔽は、きっと幻滅では済みませんよ」
「うぇえん……」
完全に、ユータリスにはバレている――リーレイはそう思った。
隠密も移動も気付かれていないと思ったが、探しものに夢中になりすぎたようだ。いつからユータリスが見ていたのか分からないが、探しものをしていたのはバッチリ見られていた。
スケフィントンと一緒だったはずのリーレイが一人でここに尋ねている。それは疑問に思うだろう。
というかそもそも、帝国にて単独任務を実行しているはずのリーレイがいるのだ。
向こうで何かが起こったのだと推測するのが当たり前。そして、突然現れてスケフィントンの部屋を漁っていれば、なんとなく予測できる。
「それにその小箱。私がスケフィントンに頼まれて与えたものです。彼が何かをしくじったのですね」
「…………」
「いいですよ、一緒に謝罪に行きましょう」
「うぇぇえ……ユータリスさまぁあぁ……」
リーレイは勢いのまま、内容を伝えた。
拙い説明だったが、ほとんどはアリスの希望通りに運んでいたようだ。
これでアリスが喜ぶだろうとユータリスは安堵する。
話を聞いたとなれば、スケフィントンの保管している手紙の確認をすることになる。
ユータリスは全てに目を通していたが、知らないていでチェックを進めることにした。
「私が読んだほうが早いですね」
「うん、お願いぃ」
ユータリスの特技である速読。ここの場面では役に立つ。
二人で読み進めるよりも、ユータリスが一気に読んだほうがすぐに片付く。それに本とは違って、手紙だ。さほど時間も要さない。
実際に、数分で大量の手紙を読み終えてしまった。
「確かにスケフィントンが勘違いしそうですね」
「ど、どぉ?」
「ここを見てください。彼女は〝自分も家族がいないようなもの〟と記述しています。恐らく彼女は、スケフィントンの知能の低さと字の汚さから、孤児だと勘違いしたため〝自分も――〟と記載したのですね」
全てはスケフィントンの勘違いだった。
少女は完全に「家族がいない」と書いたわけではなかった。
スケフィントンにとって、文章の奥にある物事を読み解くのは難しいことだ。だから起こってしまった惨事なのだ。
「あ、ここにユータリスさんの話があるよぉ」
「それもスケフィントンが書いたのでしょうね。私も送る前に確認するべきでした。〝私の慢心〟です」
ユータリスの慢心といったものの、これはあえて残しておいたものだ。
のちのち、スケフィントンを叱るためのもの。
物わかりの良くないスケフィントンからすれば、好きな人を殺したくらいの衝撃ではないと理解が出来ない。
そして、尊敬しているアリスに対する裏切り行為――とも言われることをしてしまったという事実も無くてはならない。
少々心苦しいが、アリスが帝国を手に入れる一歩のためならば、仕方ないことだと理解した。
しかしスケフィントンはともかく、ベルやリーレイを巻き込んでしまったことは、心底申し訳なく思っている。
「これで彼女は孤児ではありません。身内が大捜索するのも頷けます」
「ど、どうするのぉ? ベルがもう食べちゃったよぉ?」
「た、食べた。…………アリス様次第ですね」
「べ、ベルも呼ぶぅ?」
「えぇ。スケフィントンも魔王城へ、連れて来るよう言ってください」
「一時間以内に合流するねぇ……」
「先に向かってお待ちしております」
庭に桜の木があるんですが、ずっとカーテン閉めてるので全く風情がありません。




