血の逢瀬
アホの子三人の回。
スケフィントン、ベルがリトヴェッタにやって来て、早くも数日が経過していた。
今日はスケフィントンが約束をしていた、手紙の相手と会う日だ。
待ち合わせ場所は、リトヴェッタでもそれなりの賑わいを見せている広場。昼にはまだ差し掛からない時間帯だったが、多数の人間で溢れていた。
リーレイとベルは、スケフィントンの代わりにそこに立っていた。
ベルの手には、小箱がある。本来であればスケフィントンが浮遊させ、彼女たちに連れ添うのだが、そんな奇っ怪な技術に理解があるかもわからない。
手紙の主に出会う前に、不審人物だと通報されたらたまらない。
だからこうして、浮遊を押さえてただ持っているのだ。
「ねぇ、スケフィントン。相手の子ってどんな子?」
ベルが尋ねる。
キョロキョロと周りを見渡しても、人、人。
スケフィントンから特徴といえるものを聞いていないため、誰がその該当者なのかが分からない。
帝国でも賑わう広場であるため、ベル達以外にも待ち合わせている人たちは多く居た。その中の誰が当たりであるのか、全く判別がつかないのだ。
ベルが聞いているものの、スケフィントンから返答はなかった。
喋らずとも、カタカタと主張をしてくれれば、多少なりとも感情はわかる。知っているのであれば、スケフィントンが出てきて会話の出来るところまで移動すればいいだけだ。
だが小箱はピクリとも動かない。
「えっ、もしかしてぇ、知らないのぉ!?」
「この感じだとそうかもね……」
「もぉ、じゃあ僕が探してくるぅ」
「え?」
リーレイはそう言うと、飛び出していった。
ベルはそれを止めることも出来ず、リーレイが何をしようとしているのかを見ていた。
「あのぉ、すみませぇん。今って何してるんですかぁ?」
そして広場にて誰かを待っていそうな人に、片っ端から声をかけている。
リーレイのような、人と接することが得意な幹部だからこそ出来たことだ。……もちろん、得意なだけで人が好きなわけではないが。
〝オタク〟として設定されたベルにとっては、そういうコミュニケーションが求められることはあまり得意ではなかった。
だからぽかんとした表情で、ただ見ているしかなかった。
「リーレイ……あ、アクティブすぎる……」
暫く後。
リーレイは一人の少女を連れてきた。
手紙のやり取りをしていた割には、連れてきたのは不良少女だった。スラム街に住まい、スリをやっていそうな素行の悪い少女だ。
少女は怪訝そうな顔で、リーレイとベルを交互に見つめている。
それもそうだろう。手紙をやり取りしていた相手はスケフィントン。想像していた相手とは違い、困惑しているのだ。
「……なに、どっちがスケフィントンなわけ?」
「えーっと。あたしはベル。そっちは……聞いたかもしれないけど、リーレイ。スケフィントンはちょっと恥ずかしがり屋でね……」
「そぉなの! ご飯食べながら会お?」
「……怪しいんだけど」
少女――ヴァンティアは、率直な感想を述べた。
二人の年齢設定が低くとも、ヴァンティアが怪しむのは当然のこと。ヴァンティアには今まで、スラムで培ってきた経験がある。
突然、身なりのきちんとしたものに呼び出されれば、不審に思うのも頷ける。
貴族の中ではホームレスをいたぶって喜ぶ愚かなものも存在する。そういった話を仲間内で聞いたこともある以上、ヴァンティアは警戒をしたままだ。
リーレイは安心させるために、口を開いた。
「だいじょーぶ! スターライト・ブルーって分かる? 僕その人達の知り合いなんだぁ」
「……!」
「なんならお店を紹介しようかぁ?」
「いいっ! いらないわよ!」
ヴァンティアは安心するどころか、大声を出して拒否を示した。
突然、大きな声を出したヴァンティアに、ベルとリーレイは驚愕している。そこまで拒否することだろうか、とすこし不思議に思うほどに。
スターライト・ブルーは、帝国に住んでいる淑女ならば誰もが憧れる服飾店だ。
皇后も利用したことがあるというその店は、予約も取れないほど。
そこそこ知識と金があれば、スターライト・ブルーとの知り合いと聞けば、ぜひとも御近付きになりたいとすり寄ってくるほどなのだから。
たった数日ではあるものの、滞在期間の短いベルですら痛感するほど、その服屋の人気具合はわかり易かった。
逆に素行の悪い不良少女にとっては、劣等感を覚える対象だったかもしれない――と、ベルは思った。
「あっそー。でも嘘じゃないからぁ」
「信じるってば。お腹空いてるし、早くご飯に連れてってよ」
「りょーかぁい」
リーレイが連れてきたのは、それなりに高級店として知られているレストランだ。
給仕はリーレイを見るなり、満面の笑みを浮かべた。予約もそれなりに埋まっていたが、そんなものリーレイの前では意味をなさない。
そして当たり前のように、店の最奥にある個室へと案内する。
「僕ぅ、レジーナとよく来てるんだぁ」
「レジーナ……? レジーナ・ブルー?」
「そぉだよぉ。よく知ってるねぇ」
「…………べつに、スターライト・ブルーの一人娘だし。有名でしょ」
リーレイはレジーナという、スターライト・ブルーの一人娘の知り合いだ。
知り合い――というより、彼女が暴漢に襲われているときに助けた命の恩人でもある。
そのせいか、レジーナはリーレイに恋をして、彼を王子様だと思っているのは別の話だ。
リーレイにとってはレジーナはどうでもいい相手。リーレイの好きな相手は、アリスを除けばパラケルススとハインツであるのだ。
ヴァンティアは奥の部屋に通されて、当然のように食卓につく。
キョロキョロと周りを見渡しているが、この部屋には彼女を含め三人しかいない。
一番の目的である、スケフィントンに会うということが、まだ出来ていないのだ。
「それで? スケフィントンってどこなの?」
「ちょっと待ってぇ。ベルちゃん」
「ほんとにいいのかなぁ……。スケフィントン、出ておいで」
ベルは手に持っていた呪詛箱を、ぽいっと空中に投げた。
箱は重力にしたがって落ちるわけでもなく、そのまま空中で浮遊を続けている。
この時点で異様な光景なのだが、驚きが勝ってヴァンティアは動けずに居た。
箱はガタガタと大きく揺れると、壊れるのではないかというくらいに開いた。
そしてそこから、肉塊のような白い何かがズルリと這い出る。160センチほどの目線の高さにあった小箱から、やせ細った人のような形のものが落ちたのだ。
それと一緒に大量の虫や鼠、蛇などもボタボタと落ちていく。
「……な、ひっ!?」
ヴァンティアはその様子に驚き、尻餅をついた。カタカタと震え、逃げたいのに動けない。
――こんな化け物、見たことがない。
街の外には魔獣や魔族が大量にいると聞いたことがあっても、街から出たことのない彼女にとっては、そんな化け物とは無縁の生活を送っていた。
兵士達に守られた街の中で過ごしてきていたヴァンティア。
彼女にとって、スケフィントンという存在は、恐ろしいものだった。
「……ば、ばば、ヴァ、ヴァン、ティ……ア」
「そいじゃ、あとはお二人で~」
「ま、まって、行かないでよ!」
ベルもリーレイも、個室から出ていってしまう。
ヴァンティアは縋るように手を伸ばすが、震えた体では彼女たちに届かない。
部屋中にスケフィントンの血液の匂いが充満し、虫たちの這う不気味な音がこだまする。
ヴァンティアは部屋の隅へと逃げて、出来るだけスケフィントンに捕まらないようにしていた。
目に入るもの全てを手に取り、スケフィントンへと投げつけている。
「い、いや……っ、化け物!」
「ば、ばばば、ばけ、もの……」
「誰よあんた!」
「ぼ、ぼ、ぼく、スケフィントン……」
「スケフィントン……!? あ、あんた子供じゃなかったの!?」
「こど、も?」
スケフィントンはキョトンとしてみせた。顔はないから分からないが、仕草からそのように受け取れる。
事実、スケフィントンはヴァンティアの言うことがよくわからなかった。
彼は正確な年齢こそ決められていない。肉体も精神も年齢を定められていない。自分が何歳なのかも知らないのだ。
周りはスケフィントンを子供のように扱っているが、彼はそれにすら気付いていない。それほどまでに知能が低いのだ。
「シスターって書いて……それに、字も汚いし、頭も悪いから……」
「あ、ああ、あた、あたま、悪い?」
「だ、だから文通しててやったのに……こ……こんな化け物だなんて!」
「ばけ、ばけも、ばば、ばけものじゃ……ない!」
「うぐ!?」
スケフィントンの細長い両腕が、ヴァンティアの首へと伸びた。そしてその両手はしっかりと、ヴァンティアの首を絞め上げる。
細さに見合わないその力強さは、拷問でしっかりと力を発揮できるよう設定されたものだ。
たとえ幼稚だと馬鹿にされようとも、ガリガリにやせ細って気色悪いと思われようとも、スケフィントンは拷問において相手を逃がすことなど無い。
それは使命だとかそういうのではなく、自分を大切にしてくれるユータリスや他の仲間、アリスのため。
「ぼ、ぼ、ぼぼぼ、ぼく、かなしい! い、いや、きき、きもちに、なった!」
「ぉ、ごれ……これ、や、めで……ぐるじ……!」
スケフィントンは幼い。そして知能が低い。
年齢が設定されてなかろうが、それは事実だ。
ギリギリとヴァンティアの首を絞めているのも、自分の気持ちに対してヴァンティアが嫌な事を言ったから。
スケフィントンの感覚では、親が子供を諭すように、「相手の嫌なことをしたらいけない」と教えているのだろう。やり方がまずいが。
感情任せで動いてしまうスケフィントンは、その手を止めることなど無い。
そしてスケフィントンの気持ちに呼応するように、彼の〝友達〟がヴァンティアをもてなす。
同じく箱に入っていた百足や、鼠、シラミなどが、スケフィントンの腕を伝っていく。それらはヴァンティアの首に辿り着くと、顎を這い、頬を通り、口や鼻、目の中へと侵入していく。
苦しさも痛さもなにもかもあるというのに、ヴァンティアは抵抗すら出来ない。
どれだけスケフィントンを叩いても、彼の力は圧倒的で、引き剥がすことなど出来なかった。
「あが、オ゛、ぃ……、ゔっ」
「だめ、だだ、だめ、たにん、き、ききっ、傷、言う……!! ヴァンティア、ひどい! ひどい!!」
ごきゅり、と。してはならない音がした。
あれだけ抵抗を示していたヴァンティアは、腕をだらりと下げて動かなくなった。
「ば、ばば、ヴァンティア?」
「ど、どうすんの、これ」
焦っているスケフィントンに呼ばれて二人が戻ってくれば、そこには無惨な姿で死んでいる少女の姿があった。
スケフィントンは理性的ではなく、思ったことをすぐに言ってしまうし、行動に移してしまう。とはいえ、まさか殺してしまうとは思わなかった。
もともと残虐な仕事に従事しているとは言え、そこまで酷いとは思わなかったのだ。
ベルもリーレイも、人間に比べれば常識とはかけ離れた非道な性格だ。
しかし流石に、アリスに全く関係ない一般市民を殺してしまったのは、〝まずい〟と理解できる。
酷い手段で殺すことに関しては特になんとも思ってない。
彼らが問題だと思ったのは、これをアリスが知ったらきっと叱られるから。
「ベルちゃんが食べちゃえばぁ?」
「馬鹿! 人間には大抵、家族がいるんだってば!」
「あ、そっかぁ」
証拠を隠滅すれば問題ない。そう思ったリーレイが早速口に出す。
だがベルの言う通り、人間にはたいてい家族が存在するのだ。娘が突然行方不明になれば、それは大事になるだろう。
大事になってしまえば、アリスの耳に届きかねない。
死んだ人間を蘇生させる魔術を扱えるのは、現時点ではアリスだけ。
ベルもリーレイも、どうにかしてこの場を切り抜けられないかと画策している。
「……か、かか、かぞ、カゾク……いない、って、い、いい、言ってた……」
「ほんとぉ!? じゃあラッキーじゃん!」
「じゃあ食うかぁ」
バキゴキ、とベルが捕食を開始する。
それを横目に、スケフィントンは小箱へと戻っていってしまった。
八年ぶりに某ゲームを再開したのですが、サービス開始日から遊んでいたのが一番驚きました。




