てのひら
アリスはイルクナーへとやって来ていた。
イルクナーは、五カ国から成る。アリ=マイア教徒連合国の一つだ。五カ国は、同じ宗教〝アリ=マイア〟を信仰する国である。
そして最も、五カ国のなかで発展している。それは、イルクナーが港町だからである。
パルドウィンやリトヴェッタに比べて遅れているものの、五カ国のなかでは真っ先に〝最新〟情報が入る。
かつては色とりどりの建物が建ち並ぶ素晴らしい街だった。
現在は、アリスによる襲撃――救済で崩壊しているものの、彼女が最初に征服したアベスカの職人達が修復作業に当たっている。
イルクナーを担当しているのは、拷問官でありながら修道女である――悪魔。シスター・ユータリスである。
イルクナーは港町であると同時に、アリ=マイアの中でも宗教とよく結びついた国だ。
今はアリスの宗教〝トレラント教〟に塗り替えるため、彼女が大いに働きを見せているのだ。
アリスはユータリスに会うため、彼女の滞在している屋敷に来ていた。
魔王城よりも遥かに小さいそこを、ぐるぐると一周したが、ユータリスは見つけられなかった。
首を傾げていた彼女の前に現れたのは、ユータリスの部下として創造したエクセターであった。
「おや、アリス様。最近良くイルクナーにいらっしゃいますね」
「やぁ、エクセター。元気?」
「〝私〟は元気ですよ」
「……ねぇ、君って、そんなにウロウロしてて大丈夫?」
エクセターは、頭部がタコのような化け物になっている。本体がこのタコのようなものなのだ。
首から下は人間だが、これはエクセターが寄生している人間だ。しかも死体である。
生きている人間にも寄生して行動可能だが、彼は好んで死体に棲みつく。そっちのほうが居心地がいいだとか、前に聞いた記憶があった。
だから余計にアリスはエクセターに対して心配の目を向けた。
ユータリスのように人と遜色ない見た目をしているならばまだしも、エクセターは頭に化け物が乗っている。
それに死体ともなれば、転生したばかりの頃のパラケルススのように、腐臭がする可能性だってあるのだ。
「被り物だと思われているようで、他の二人よりは勝手が良いのです」
「あー、まぁ、たしかに……」
「実際、頭から下は本物の人間ですから」
「死んでるけどね!」
ナハハハ、とアリスは笑う。笑い事では無いのだが、人間達に気付かれないのならばそれでいいのだ。
それに、人は気付かないフリをしているのかもしれない。
気付いてしまえば、気が触れてしまう。そんなことを本能的に悟って、知らないフリをしている。
その方が、人は生きやすいのだ。
「話を戻すけど、ほら……最近私が新しいものを導入させたでしょ? 定期的に確認したくて、ユータリスへ聞きに来たんだ」
「不満は特に上がっていませんよ」
「それはよかった」
もっとも、アリスを女神や巫女、現人神などとして紹介した以上――彼女の生み出したアイテムが、否定的に扱われるはずがないのだ。
それどころか、賜った大切な品物として愛用されている。
イルクナーはそもそも、アリ=マイア教徒のなかでも、その教えをきちんと守る厳格派が多い。
言い方は悪いが、何事も信じやすいたちなのだ。
襲撃を受けた際にどれだけ神頼みをしても、アリ=マイアの神は来なかった。
代わりに彼らを助けたのは、アリ=マイアの神ではなくアリスだった。
それはイルクナー国民にとって、衝撃的だった。
人の命をも簡単に操る彼女は、新たな神として崇められるには十分すぎたのだ。
アリスは、エクセターと軽く二、三喋りながら、部屋を見渡す。
新アイテムの評判は聞けたからいいとして、元々はユータリスに会うつもりだった。
ユータリスを探しているのだが、部屋には見当たらない。
「ユータリス様でしたら、現在は教会にいらっしゃいます」
「そ。ありがと。……ちなみにちゃんと、〝下〟は入れ替えてる?」
「勿論です。長時間使用も考慮して、防腐の魔術を付与して頂いていますよ」
「良かった。臭くなったら怪しまれるからね」
「えぇ。お気遣い感謝致します」
エクセターとの簡単な会話を終えると、アリスは再び街に出た。
イルクナーの復旧は進みつつある。まだまだ記憶の中にある、美しい港町を取り戻せていないが、それでも人々はより元通りになるよう奮闘している。
アベスカの人間や、魔族も入り交じり、この美しい都市を再び見ようと作業に取り掛かっているのだ。
「見ろ、アリス様だ!」
「トレラント陛下、いらしてたんですね!」
「おはようございます!」
「本日は良い天気ですね!」
アベスカの人間がいるということは、アリスを既によく知る面々がいるということ。
出張先のイルクナーで、尊敬するアリスを見れば、それはそれはいい笑顔で挨拶を投げかける。
アリスも少しだけ微笑んで、手をヒラヒラと振って返事をした。
そんな事を何度か繰り返していれば、教会にたどり着いた。
アリ=マイア厳格派であるイルクナー国民のため、アリスが守った教会だ。
おかげで、イルクナーの人間は、よりアリスへ信頼の目を向けている。
しかしその教会は、今まで信じていたアリ=マイアの神ではなく、新たな現人神であるアリスの為のものとなっている。
アリスが教会へ足を踏み入れると、ちょうどユータリスの演説が終わった頃合いだった。
拍手に包まれているおかげか、アリスの入室に誰も気付かない。
ぞろぞろとみなが立ち上がって、扉へ向かっている最中、やっとアリスの存在に気付く。
誰もがアリスに向けて、尊敬や憧れの目を向けている。
「本物だ……」「握手してもらおうかしら」などと聞こえていたが、アリスは適当にあしらって、ユータリスの元へと急ぐ。
早くやることを終わらせたかったのだ。
「ユータリス」
「アリス様。いらっしゃっていたのですね。お迎え出来ず申し訳ございません。ようこそ、イルクナーへ」
「ありがと」
ユータリスと簡単な挨拶をすれば、二人は教会に設置された事務室へと向かう。
「スケフィントンは粗相無く過ごせているか、心配でなりません」
「そう?」
「はい。誰か殺してしまいそうで……」
「いいんじゃない、殺せば」
「え……?」
子供を心配する母のような思いを漏らしたユータリスに向けて、アリスは淡々と答えた。
スケフィントンはまだ自分の感情のコントロールが上手くない。機嫌を損ねれば、すぐに手が出てしまう。
正直言えば、拷問には不向きでもあった。
だからシスター・ユータリスとしては、彼を自分の手の届かない場所へ送るのは不安だったのだ。
「文通の相手ならもっといいね」
「スケフィントンのようなものが公になれば、危険です」
「だろーね。でも今回ばかりは殺してほしいかな。私、ちょっと上の人間と近付きたいからさ」
アリスとユータリスは、スケフィントンの手紙を送る前に、書かれている内容を読んでいた。
検問ではないが、幼いスケフィントンが書いてはならないことを記載していないかの確認だ。
運良く文通が決まった相手は、本人こそ隠そうとしているものの、貴族の出身のようだった。
妙に整った字に、変に才能を感じられる文。隠しているということは、本人もそれなりに苦労をしているのか。それとも、己の出自に不満を抱いているのか。
貴族と繋がりがあるのならば、アリスがお近づきになりたい存在とも、より早く接触できる。
「スケフィントンにはお灸を据えることができる。私はやりたいことができる。帝国に向かう理由にもなるしね」
「……そこまで、するべきでしょうか」
「何言ってるの。ユータリスも手紙をチェックしたでしょ」
「? 特におかしい点はなかったかと……」
不思議そうに言うユータリスに、アリスは嘆息した。
もう少しアリス以外への関心などを持って欲しい……と。
「あのね……。ユータリスの情報を流してたでしょ、その時点で駄目だよ」
「私程度で、ですか?」
「内容的には些細なことだったし、魔王や拷問に触れることはなかった。でもあまりにも口が軽すぎるよね。文通していた期間も短いのに」
「……確かにそうです」
「スケフィントンは部下であると同時に、子供でもある。もう少し気を配ってあげてもよかったかもね」
「気を付けます」
「それに、スケフィントンなら……箱から見るだけじゃなくて、姿を現して会いたいはず。手紙にはそれくらい、心を開いている様子が書かれてたし」
アリスはニヤリと笑った。
まともな人間であれば、スケフィントンの姿は恐ろしく不気味だ。呪われた小箱から出てくる様子だけでも、大人でさえ怯えてしまう。
相手が女ならば、余計に嫌悪感を抱くだろう。
スケフィントンを見て、まだ友情や慈しみを持って接するならば、それこそこちらに引き込むべき人間だ。
だがそんな人間、稀有なのである。
スケフィントンを見た瞬間、大抵の人間は率直に述べるだろう。「気持ち悪い」と。
純粋で幼く、傷つきやすいスケフィントン。そんな言葉を聞いてしまえば、逆上して怒りのまま行動に移る。
女は死に、スケフィントンは深く傷つく。そこへ、アリスは慈悲の手を差し伸べるだけだ。
ひどい方に比べれば軽微な花粉症なのですが、くしゃみと鼻水が止まらないのは厄介ですね。
北の方に住んでいるので、そろそろ開花して観桜会の時期なんですけど、花粉症になってから一度も行っていません。あと普通に、友達がいません。




