初めての外出
「帝国に行きたい、ですか」
「い、いき、いきたい」
「……」
ユータリスは手に持っていた資料から目線を外し、都合が悪そうな顔でスケフィントンを見やる。
国民をアリスの教徒に作り変えつつ、一国の管理を任されている身として、日々頭の痛い日常を過ごしていたユータリス。そこに、再び頭痛の原因が投下される。
珍しくスケフィントンが、「話がある」と言うものだから、聞いてみたらこれだ。
モジモジと恥ずかしがりながら、スケフィントンは外に出たいと申し出た。
これが他の部下ならば、少しだけ考えて了承を出していただろう。表舞台に立たない――気味の悪いクリーチャーであるスカベンジャーであっても、ユータリスは許可を出した。
スカベンジャーもエクセターも、まともな思考と対話能力を持っている。見た目は奇妙なれど、人間と接するにあたって一番必要な部分が足りているのだ。
それに見た目など、魔術で何でもごまかせる。
だがスケフィントンは、そうはいかない。彼は思考どころか、対話すらままならない。
会話出来るどころか、感情のコントロールも上手く行かず、都合が悪くなればすぐに癇癪を起こす。そんな部下を、管理下ではない土地へと送り込めるだろうか。
「……アリス様に確認を取ってみます。私だけでは、送ることは出来ませんから」
「お、おね、おねが、し、おねがいま」
ユータリスはスケフィントンを一瞥しながら、アリスに通信魔術を送った。
アリスは忙しくないのか、比較的早めにそれに応じる。
「お忙しいところ申し訳ありません。スケフィントンが帝国に行きたいそうで、確認のための通信となります」
『へ~、なんで行きたいの?』
「恐らく文通の相手に会いたいのだと思います」
『文通の相手……。ふぅん』
アリスは否定することもなく、ただ含みのある物言いをする。
何かを考えているようだが、それがいい方向なのか悪い方向なのか分からない。
ユータリスとしては、はっきりと断るものだと思っていた。スケフィントンはどこに出しても、上手くやれることが出来ない。
彼が一番この世で褒められることは、拷問くらいだろう。
「アリス様?」
『うん、いいよ』
「よろしいのですか?」
意外な返答だった。
否定が戻ってくるものだと思っていたため、すんなりと了承するとは思わなかった。
アリスはそんなユータリスの驚きを察知したのか、すぐに言葉を続けた。
『リーレイの様子も確認したかったし。ベルが手すきだから、スケフィントンの監視も含めて連れて行こう。どうかな?』
「全く問題ありません」
『それじゃあそれで。そっちにベルを送るから、それまで待っててね』
「はい」
ユータリスが返事をすると、通信魔術はプツリと切れた。
そわそわと落ち着きのない様子で待っていたスケフィントンは、ユータリスを伺うように見つめている。
ユータリスは小さくため息を吐いてから、スケフィントンへアリスからの了承を伝える。
「アリス様から許可がおりました。ベル様が付き添いだそうです」
「べ、ベベベ、ベルさま」
「いい子にするんですよ?」
「も、もち、もも、もちろ、ん」
数分としないうちに、アリスはベルを連れてユータリスのもとへとやって来た。
スケフィントンのためなんぞに、アリスがやって来たことに、ユータリスは少しだけ心苦しい。主人をそんな我儘のために動かしてしまったことを、後悔しているのだ。
アリスはスケフィントンの入った呪詛箱を回収すると、ベルとともにすぐに帝国へと発った。
ユータリスはできるだけ、丁寧にアリスたちを見送っていた。
発った、とは言っても。アリスは既に帝国への〈転移門〉を生成できる。
魔術を用いて門を開き、あとはくぐるだけだ。船に揺られて数日経る必要などない。
人気のない港の影で、呪詛箱を持ったベルを転移させると、アリスはすぐに魔王城へと戻っていってしまった。
「あぁーん! ベルちゃん!」
「久しぶり〜、リレたん」
「寂しかったぁ! 僕一人なんだもぉん」
「よすよす」
リーレイとは既に調整済みだったようで、転移先に彼が待機していた。
ベルたちの前に、少女のような少年が現れる。人形のように透き通った白い肌に、独特な斜めに切りそろえられた頭髪。青色のガラス玉のような瞳。
人形のような――とはいったが、彼は〝設定〟では機械人形である。
リーレイは、ベルなどの初期メンバーとは違って、アリスがこちらの世界にやって来てから追加で作成された幹部。
運用にあたって、同等の能力を持つベルが手合わせをしたのだが――それがまた悲惨なものだった。
お互いに頭に血がのぼり、ヒートアップした結果。ベルはほぼほぼ本気を出して、リーレイも同じくベルを殺しにかかった。
最終的にアリスにより止められたのだが、良い結果であったとはいえない。
それでも、機能テストとしては十分だった。
開始こそよくなかったものの、ベルとリーレイは仲が悪いわけじゃない。
むしろ、ベルとリーレイ、そしてルーシーは三人で仲良しなほうだ。
だからこうして久々の再会を喜んでいる。
「それでぇ? スケフィントン……だっけぇ? 会いたい子がいるってぇ?」
「そ。出発前に、待ち合わせ場所を決めといたの」
「僕達はそれを見守ってればいいってことぉ?」
「そういうこと」
「日付はぁ?」
「いつだろ。スケフィントン」
ベルが話しかけると、スケフィントンの入っている箱がカタカタと鳴る。
スケフィントンが何かを言っていたり、主張していたりする証拠だ。
しかしアリスや、直属の上司であるシスター・ユータリスとは違い、ベルとリーレイにはそれが理解できない。
ベルはムッとした表情で、スケフィントンに言う。
「ユタちんとかじゃないんだから、あたしは何言ってるか分かんないよ」
「出てきて喋ってぇ?」
ズルズルと呪詛箱から、スケフィントンが這い出てくる。
のっぺらぼうとも言える何もない顔では、表情が掴めないが――リーレイとベルを前にして、少しだけ畏怖しているようにも見えた。
50もレベル差があり、拷問に特化した〝インドア〟なスケフィントンとは違い、ベルもリーレイも戦闘向けの幹部だ。
その力の差は、幼稚なスケフィントンでも理解できていたのだろう。
それに普段、彼らとは顔を見合わせることなどない。余計に恐ろしさが増したのだ。
「ひ、ひひ、ひづけ、て、手紙の日、から、い、いい、いしゅ」
「一週間後ぉ?」
「そ、そそそそ」
「おっけー」
帝国に来る前に手紙を出したとは言え、その手紙が届くまでタイムラグが発生する。
スケフィントンの文通相手がそれを知るまで、まだまだ時間があるのだ。
「ねぇねぇ、だったら観光しようよぉ。僕ぅ、案内するぅ」
「そうだね。暇だしぶらぶらしよっか」
「ぶ、ぶぶぶ、ぶら、ぶら、ら……ぼ、ぼく、も、もも、戻る……」
スケフィントンはいそいそと、自身のいつも入っている箱へと戻っていく。
そして箱は、ベルの目線の高さでフワフワと浮き始めた。彼の移動方法は、いつもこれだ。
普段ならば、エクセターの付近をフワフワと浮いているのだが、今回の旅にはエクセターは存在しない。
ベルがついてくると聞いていただけあって、ベルの付近で浮遊をしている。
「いくら魔術に明るい国だからってぇ、流石に目立つよぉ?」
「じゃああたしが抱えてるよ。それでいいよね?」
「なら大丈夫ぅ!」
ベルは浮いている箱を取ると、そのまま両手で抱えた。
スケフィントンの視覚がどこにあるのか分からないが、ガタガタと抗議するように揺れないことから、この持ち方で問題ないのだと納得する。
そのことを確認したリーレイは、ベルにキラキラとした視線を向けた。
ずっと帝国で単独任務を行っていたリーレイ。久々に幹部に会ったため、興奮をしているのだ。
それに〝設定年齢〟も近いベルだ。余計にそれは加速する。
早く一緒に国を見て回りたいと、ソワソワしているのだ。
「ベルちゃん! 早くぅ、早く行こぉ?」
「はいはい」




