成果
アベスカからのサクラによる営業の力もあって、リトヴェッタ帝国でアリスの開発した技術が、知れ渡るのは早かった。
余所者を受け入れることが得意ではないアリ=マイアとは違い、リトヴェッタは先進的な国の部類だ。
こういった新しい事業にも、怪しいと思うよりも先に、興味がわいていくのだろう。
庶民でも手を出しやすい低価格ということもあって、普及の速度は早かった。
帝国の人間のなかでも、他国に行ったことがあるものはあまり多くはない。
特に平民となればそうだ。大きな河川を渡るには、それなりのお金が必要になる。
本や噂で他国の話を聞いたことがあっても、実際にどんな人間が住んでいて、どんなことが行われているのかなどは知らないことが多かった。
しかし今回、この機器が導入されたことにより、その見識が広まったのだ。
知らない土地の知らない誰かと、手紙をやり取りする。
次第にそれは、街の中で娯楽として消化されていった。
*
「ちょっと、ヴァンティア! それって流行りの?」
「そーよ」
少し裏路地に入った、この場所。表通りの安定した人々が歩いている広場とは違い、薄暗く小汚い。
ここはホームレスが住んでいる場所にも近く、無法地帯にも近い。
行き場を失った人々や、金のないもの、家に居場所のない若者などで溢れている。
このマチルダとヴァンティアもそうだ。
いわゆる〝不良〟のグループに属していて、盗みを働いたり、なにか定職につくわけでもなくブラブラと過ごしている。
もちろん、それを世間や国が許しているわけではない。
現在はまだ〝処置〟がなされていないものの、いずれ彼らは追いやられる結末が待っているだろう。
それでも彼らは、未来ではなく――いまを生きているのだ。
「えぇー!? あのヴァンティアが文通ぅ? 誰とよ?」
「あのって何よ。アリ=マイアにいる、えーっと……、スケフ……? あぁ、スケフィントンって子」
「アリ=マイアぁ!?」
「そ。数日もあれば届くの」
巷で噂になっている以上、普通の手紙よりも早く届くのは知っていた。
だがマチルダが予想していた以上に早いそれは、彼女を大声で驚かせるには十分だった。
騒々しいマチルダなど気にもとめず、ヴァンティアはカリカリと手紙をしたためている。
「へぇ……。あんたがそれくらい続くだなんて、相当いい男ってこと?」
「馬鹿にしないでよ、相手が男とは限らないでしょ」
ヴァンティアの素行が良いとは言い難い。
彼女と長く一緒にいるマチルダが言うのだから、間違いはない。
ヴァンティアの場合は素行が悪くなるのは、性格の問題ではなく家柄なのだが――それを知るのもマチルダくらいだ。
マチルダとヴァンティアは、様々な垣根を超えて仲のいい親友だ。
だから今回も、ヴァンティアが文通をしている相手は、てっきりそういった男を引っ掛けるためのものだと思っていた。
予想外の返答が戻り、マチルダは驚いている。
「じゃあ誰よ?」
「多分……施設に入ってる子供かな? ほら」
ヴァンティアが見せた手紙は、お世辞にも綺麗とはいえない文字だった。
まるで字を覚えたばかりの子供のようで、必死に書いたのが分かる。ペンを持つ手も、まるで握りしめているかのように力強い。
文章には何度も〝シスター〟という文字が登場している。
相手の内容を聞こうともせず、自分の主張だけを書きなぐっている。本当に子供のような文章だった。
流石にこれを見せられては、マチルダも納得した。
「本当だわ……。シスターってことは、孤児院の子かな?」
「そうだと思う。だからなんか、愛着と言うか……断れなくなっちゃって」
「あぁ……」
「それに、頭の悪いあたしでも、誰かに教えられることがあるんだなーって」
誰がどうみても、ヴァンティアはいい顔をしていた。
それがマチルダにとっては、とても嬉しいことだった。
初めて出会ったときは、滲み出るオーラから「生きている価値なんてない」と主張していて、己の存在意義を失っていた。
ヴァンティアの抱える問題を考えれば、マチルダもあの頃の彼女の状態に納得できる。
マチルダにとって、ヴァンティアの第一印象が強烈だった。
だからこうしてヴァンティアが、楽しそうに文通をしているのを見ると、マチルダまで嬉しくなるのだ。彼女が、幸せを手にできたかのように。
「……よかったじゃん。私もやろっかな」
「いいんじゃない?」
「あー、勘違いしないで。私は男探しの方」
「馬鹿女。ってか、アンタ手紙書けないでしょ」
「そうでした」
などと、冗談を投げかける。
こんな会話を出来るくらい、昔よりも改善していた。ヴァンティアはマチルダのおかげで、幾分も心が楽になっているのだ。
「ていうか、そろそろ家に戻ったら? 親御さん心配してるでしょ」
「別に。あんなクソ親父、あたしのことなんてどうでもいいと思ってるよ」
「そんなことないでしょ」
「ふん。どうせ何でも言うこと聞く、息子がいるから」
ヴァンティアはそう自虐的に言う。表情は重く暗い。
それほどに、家族からの愛を受け取れていないと感じているのだ。
ヴァンティアは、本来ならばこんな場所にいるべき人物ではない。
彼女はとある貴族の娘。だが素行が悪い不良少女になっているのは、家出を繰り返しているからだ。
家には家族がいるが、彼らはヴァンティアのことを見もしない。代わりに弟ばかりを可愛がっている。
それが加速すれば、ヴァンティアの家族への当たりもきつくなる。長時間家をあけても探されないあたり、家のものもヴァンティアに愛想を尽かしているのだ。
――マチルダは家族に関して沈んでいるヴァンティアに対して、いい言葉をかけられない。
ヴァンティアとは立場が違う。そう簡単に、慰められないのだ。
貴族の事情は分からないということもあったが、マチルダは物心ついたころから一人で過ごしてきていた。
家族の愛情がないことなんて、当然だった。
「まぁでも、あんまり迷惑かけないように」
「もう、マチルダはあたしの親かよ!」
「かーもね」
ヴァンティアが元気よくツッコミを入れる。その様子に、マチルダはホッとした。
貴族の娘と知った今でも、ヴァンティアとマチルダは親友だ。
お互い立場が違えど、年頃の近い仲のいい友人だ。
ヴァンティアは家族とはこういうものだと教え、マチルダは街なかでの〝狩り〟を教えた。お互いに知らないことを教えあって、二人は友になっていった。
スラムの中では、ヴァンティアの素性を知れば「付き合うのをやめろ」というものもいるだろう。
だが、マチルダはその忠告を蹴ってでも、ヴァンティアとつるんでいる覚悟だ。
それだけ二人は、相性が良かった。
きっと出会う場所や場面が違えば、二人の関係は悪いものになっていただろう。貴族とホームレス。出会うことすらなかったかもしれない。
そのため余計に、お互いの友人という関係は、より貴重なものになっていた。
ヴァンティアは手紙をペラペラと揺らしながら、マチルダに話す。
手紙のことを知られた以上、聞きたいことがあったのだ。
「でもさぁ、この子。あたしに会いたがってるんだよね」
「会えばいいじゃん。なにか悪いの?」
「……いや、幻滅しないかなって」
「大丈夫でしょ。相手は子供なんだし」
「それもそっか」
ヴァンティアは、次の手紙が来たら、スケフィントンの誘いに乗ると決めたのだった。




