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魔王アリスは、正義の味方を殺したい。 後編  作者: ボヌ無音
第二章 化け物たちの恋
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営業

「お疲れ、早かったね」

「頑張りましたので……」


 アリスはライニールに呼ばれ、アベスカへ来ていた。

 もちろん用事と言えば、先日頼んだ〝サクラ〟探しだ。呼ばれたということは、その選定が済んだということだろう。

 ライニールを見やれば、目の下にはクマが出来ている。

 少し前まで国のことは大臣や右腕に任せていた男だ。それだというのに、労働に追われ、睡眠を削ってまで働いている。

 疲れ気味なのか、返答も具合が悪そうである。


(すごい疲弊してる……。働きまくる洗脳でもしたっけ……)


 ヴァルデマルやヨナーシュなどは酷使しまくっていても、心があまり傷まない。

 彼らは魔人であるがゆえに、人間よりも疲労をあまり感じない。何よりも、彼らは死にたくなくて率先して働いているのだ。

 もはやそれを咎める理由はない。


 だがライニールは別だ。

 彼は魔人ではなく、人間だ。使い続ければ死んでしまう。

 適度に働いて、適度に休んで、人間としての生活をしてもらわねばならない。

 仕事を頼んだとは言え、まさかここまでしてくれるとは思わなかった。今までのライニールの態度を考えれば、もっと適当にやると思っていたのだ。


「彼らの説明は私が引き継ぐから、ライニールは数日くらいしっかり休んでくれる?」

「まだ仕事が……」

「パラケルススとかに振るから! 君は人間でしょ、今にも倒れそうなんだけど」

「はあ、分かりました……」


 なんだか納得のいかない様子だったが、無理矢理デスクから引き剥がして、部屋から追い出した。

 大臣達が別の場所へ出払っているということもあるが、あまりにもライニール一人で抱えすぎている。


(どうしたんだ、一体……)


 ライニールは、部屋を出てフラフラと廊下を歩いて行く。

 それを見送りながら、アリスはため息を吐いた。

 そしてそのまま、アベスカに常駐している部下へと、通信を投げかけた。


「パラケルスス」

『はいですぞ』

「ライニールがすごく弱ってるんだ。暫くは休みにさせてくれる? えれなと協力して、仕事を片付けてほしいな」

『あの人間のためにですか?』


 パラケルススは不快そうに、素直な感想を述べた。

 いくらパラケルススがアベスカの人間を好きになったとはいえ、ライニールは別だ。

 ライニールはもともと、アベスカに巣食っていた闇金融と繋がっていたこともある。アリスが征服し始めた当初は、不敬な態度を何度も取ってきていた。

 今更になって態度を改めたところで、今まで培われた印象はそう簡単に覆るわけではない。


「もう……。何度も言うけど、ライニールは一応あれでも国王なんだからね。人間相手なら、重要な存在だ」

『わかりましたぞ』

「お願いね」


 パラケルススが完全に納得したわけじゃないが、彼も〝アリスからの命令〟と割り切って、実行してくれることだろう。

 そう信じて、アリスはくるりと向き直った。未だ待機している、〝サクラ〟達の方向に。


(……さてと。思ったよりも多いな)


 目の前に要るのは、老若男女様々なアベスカの国民――六名。

 現在のアベスカを考えれば、多い人数だ。復興が進んでいるアベスカであれども、人口が一気に増加するわけではない。

 それに、その復興のために毎日忙しくしている。一人でも人員を失えるわけもない。

 そんななか、六名もの人員が選ばれた。中には無理をしてでも、ここに来ている人だっているだろう。


 彼らは故郷であるアベスカを離れて、遠くリトヴェッタ帝国へ行くことになる。それも、長い間。

 そんなに時間に余裕の持てる人間なんて、滅多にいないだろう。

 だからこれだけ選ばれたのは、物凄いことなのだ。


「今日は来てくれてありがとう」

「なっ……」

「滅相もない!」

「感謝して頂けるなんて……!!」


 アベスカ国民の反応は、もはや魔王軍と変わりない。アリスへの巨大な敬愛が、彼らの中に存在するのだ。


「長い間、故郷を離れることになるんだ。しかも知らない遠くの土地に」

「アリス様のためですもの」

「そうだぜ、全く気にしてないです!」

「助かる。……では、早速だが説明をさせてもらう」


 アリスは国民らに、説明を始めた。

 アリスが広めたい機器は、既に国では導入が始まり、使っているものも多くいる。

 だからといって説明を省けるわけもなく、簡単とはいえ最初から使い方を伝達した。

 簡単に済んだのは、ここに居る六名も使用したことがあるからだ。アリスとしても、話術に長けている訳では無いのでその点は助かったと言えよう。


 器具の説明が済めば、今度はやってもらうことの説明だ。

 寧ろこちらの方が重要視される。

 それはもちろん、この機器の利用促進、普及率の向上だ。


「応募してみたけど、そんな大役が務まるか心配ね……」

「アリス様のために頑張ろうぜ!」

「気負わなくて良い。さり気なく「よかった」と酒場や仕事場などで、言ってくれれば良いだけだ。リトヴェッタの国民が、少しでも気に留めてくれればいい」


 巷の噂というものは、現代社会においても強い力を持つ。

 使用者が良かったというのであれば、少しだけでも使ってみたいと思うだろう。

 この器具に関しては、利用者がいないことで、何か大きな損害を被るわけでもない。

 しかし初めての技術に戸惑う人々も現れるだろう。何もしなければ余計、不審がられておしまいだ。

 だから人間の利用者の、生の声というのは強大な影響力があるのだ。

 仕込み(サクラ)がより一層蔓延っている現代に比べれば、比較的信じられやすい。


 それにリトヴェッタは、アリ=マイアと違って魔術に対する知識や経験、興味も深い。何も知らないアリ=マイアに普及するよりかは、簡単に行くだろう。

 だからアリスも、強く押し付けるような仕事をしなくていいと言ったのだが……。


「……いいえ、アリス様の作られた品ですもの」

「そうだわ。絶対に全員が使うべきよ!」

「ん?」

「俺らで何としてでも広めねぇとな!」

「ちょ……、そんなに頑張らなくていいんだからな?」

「「「任せてください!」」」

(大丈夫かなぁ……)


 妙に張り切っている面々を見て、一抹の不安を覚えた。

 幹部達に比べれば大々的なことはしでかさないだろうと信じ、次へと移る。


「まぁ説明はここまでにして、そろそろ行こうか。準備もしてきたのだろう?」

「はい」

「もちろんです」

「それはよかった。帝国には私も行ったことがない。帝国の港までは同行するつもりだ」

「まぁ! アリス様と船旅ね」

「素敵だわ!」


 ◆


 長い船旅を経て、一同はリトヴェッタ帝国に無事到着していた。

 船から全員が降りたのを確認すると、アリスは声をかける。


「悪いがここで私は分かれる。頼んだ」


 さらり、と風になびいているのは、いつもの馴染みのある白髪ではない。もっと言えば反転した真っ黒の瞳などなく、大きな黒い角も見当たらない。

 ありふれた金髪に、青い瞳。どこにでも居そうな平民の女だ。

 これがアリスの人間態だ。

 帝国はまだアリスの存在を知らないため、こうして〝隠して〟来る必要がある。


「お任せください」

「楽しかったですわ」

「うっぷ、俺は少し休むよ……」

「ちょっと、あんた大丈夫かい……?」


 圧倒的にイルクナーやアベスカよりも広い港を見ながら、一同は都市の中へと消えていった。

 アリスはそれを見送りながら、港をぐるりと見渡している。


(ここがリトヴェッタ……。大きな都市を一人で回るのは寂しいけど、転移先を増やしたいし……帰る前にちょっとだけ観光でもするかぁ)


 彼女も同じく、帝国の中へと歩いていくのだった。

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