道理
「トルネオはアストリアの救出を頼む。俺はあのクロエとやらを何とかする」
「……分かりました。ですが、気をつけて下さい、クアトロ様。魔人とは能力が桁違いですので……」
トルネオの言葉にクアトロは無言で頷いた。神とやらの能力がどの程度かは知らないが、それがどうであれ自分はアストリアを助けなければならないのだ。何があっても自分が守るとアストリアにそう約束したのだ。
「面白い。この娘を人質に……などと無粋な真似をするつもりはない。余興に相手をしてやる」
こちらの意図を悟ったのかクロエがそう言って薄く笑う。
「舐めるな!」
クアトロは吠えるとクロエとの距離を瞬時に詰めて、そのまま上段から長剣を振り下ろす。
「何だ、それは? 遅い……」
クロエの呟きに合わせるように長剣がクロエの頭上で弾かれる。
長剣が弾かれると同時にクアトロは片手を開いてクロエの胸に向けた。
「神炎!」
しかし、クアトロから放たれた炎は胸の前であっけなく霧散してしまう。
「どうした、魔族? そんな物では私に傷ひとつとしてつけられはしないぞ」
半ば揶揄するようなクロエの言葉を聞きながら、クアトロは唇の端を不遜に歪めてみせた。
クアトロに余裕があった訳ではない。単に強がっただけだ。
「魔族、そもそもお前たちは分かっていない。お前たちを作ったのは私たちだ。私たちに作られたお前たちが、私たちに勝てる道理がない」
何か言い返そうと思ったクアトロだったが、うるさい以外に言葉が見つからなかった。言い淀むクアトロに変わってトルネオが口を開いた。
「クロエさん、それは一方からでしか見ていない道理ですね。世の中、一方からでは決して見られない真実があるのですよ……」
「知ったような口を叩くなと言っている。気持ち悪い骸骨風情が!」
「気持ち悪い……」
トルネオの口が再び大きく開く。
「お前らの道理など知ったことかよ……斬!」
そんなトルネオは放っておくことにしてクアトロは再びクロエとの距離を詰めると、エネギオス譲りの剣技を放つ。
先程と同じく振り下ろされたクアトロの長剣は防御壁によって弾かれるかに見えたが、同時に見えない何かが砕ける音がした。
クアトロの口元に笑みが浮かぶ。
「神炎!」
神々の世界にしかないと言われる真紅の炎が奔流となってクロエの胸を直撃した。その勢いでクロエは後方へ激しく吹き飛ばされる。
致命傷を与えたとは思えなかったが、それなりの牽制にはなったはずだった。クアトロはアストリアを助け出そうとしているはずのトルネオに視線を向けた。
「アストリアは?」
叫ぶクアトロにトルネオが顔を向ける。
「……駄目です。どうにもこの球体、壊れないようでして。どういう仕組みなのでしょうかね、クアトロ様」
俺に訊かれても分かるはずがないだろう。
クアトロはそう思う。しかし、悠長にしている時間はなかった。球体の中にいるアストリアの顔色が青白く見えるのは気のせいではないだろうとクアトロは思う。
「何とかしろ、トルネオ!」
「えー? そんなことを言われましても……」
理不尽だとは思いつつもクアトロはそう言い放つ以外になかった。クロエに視線をむけると、吹き飛ばされて大地に投げ出された彼女だったが、既にゆらりと立ち上がっていた。
これこそどういった仕組みなのかは知らないが、クロエは無傷に近いように見えた。
「少しばかり舐めていたのか。私を傷つけるなど……」
クロエが呟くように言う。どの辺りが傷ついたのだと思いつつ、クアトロは長剣の切先をクロエに向けた。
「お前はアストリアを悲しませた。死ね」
単なる強がりなのだったが、クアトロの言葉を受けてクロエの表情に怒気が浮かぶ。
次の時、前触れもなくクアトロの眼前にはクロエから放たれた火球が迫っていた。クアトロがその火球を長剣で両断した時だった。
クアトロの両腕が肩の付け根から分断されて、鮮血を撒き散らしながら宙を舞っていた。
鮮血を撒き散らして宙を舞う自身の両腕を見ながら、音が遮断されているはずだったアストリアの叫び声をクアトロは聞いた気がした。




