馬鹿力
「どうかな、エリン。分かりそう?」
マルネロの言葉にエリンは眉間に皺を寄せた。
「うるさくってよ、おっ化け。少しは静かに待ちなさい。集中できなくってよ……そうね。胸の中心ね。間違いなくってよ」
エリンの言葉にマルネロは頷く。後は自分の魔法が正確にその一点に集中できるかだ。
それに関して言えばマルネロは全くもって自信がなかった。そもそも自分の魔法は大味だとの自覚がマルネロにはある。簡単に言えば威力に任せて放っているだけなのだ。
なので、核などという小さな一点だけを狙うなどという細かな芸当が簡単にできるとも思えない。
だけど……やるしかないのだ。
マルネロは視線を再びエネギオスに向けた。エネギオスは片膝を着いて荒い息を吐き出していた。額からはかなりの出血があるようで、そんなエネギオスの姿を見るのは初めてかもしれなかった。
「エネギオス、あいつの核に魔法を集中させるわよ。後は自分で何とかして!」
マルネロの言葉にエネギオスは不敵な笑みを浮かべてみせた。まだ余裕があるとのことなのだろうか。それともこれで突破口が見つかったからなのか。
「ふんっ!」
気合いの言葉と共にエネギオスは立ち上がると大剣を構え直した。
「マルネロ、狙いを違えるなよ。後は任せろ」
やはり、まだ余裕があるのだろうか。偉そうにそんなことを言っている筋肉ごりらは置いといて、マルネロは精神を集中する。
「神炎孔!」
神々の世界にしかなく神のみが扱えるという神秘の炎。マルネロはそれを細く一点だけに集中させる。
マルネロから放たれた一筋の炎は違わずに、ゴーレムの核がある胸に突き刺さるように到達した。
その衝撃でゴーレムが大きく仰反る。
それと同時に魔力を使い果たしたマルネロが床に力なく両膝を着く。どうやらエリンから注入された分も含めて、これで完全に魔力が底をついてしまったようだった。
急速に飛びそうになる意識をマルネロは必死で繋ぎとめる。
渾身の一撃だったはずなのだが、マルネロの視界に映るゴーレムは大した被害を受けていないように見えた。見た目は表面が黒く焦げただけのように見える。
「十分だ!」
エネギオスは吠えると一気にゴーレムとの距離を詰めた。それを見てゴーレムが巨大な拳をエネギオスに向けて振り下ろした。
紙一重で繰り出されたゴーレムの拳を躱したエネギオスの頬から鮮血が舞う。次の瞬間、エネギオスはゴーレムの懐に潜り込んでおり、黒く焦げているゴーレムの胸を目掛けて大剣を突き刺した。
……筋肉ごりらの馬鹿力ね。
マルネロは心の中で呟く。
ゴーレムの背中からは見事に大剣の切先が覗いていた。ゴーレムの核を完全に貫いたようだった。
……これで、もう安心かな。後はヴァンエディオ、よろしくね。
再び黒色の闇にマルネロの意識が取り込まれたのだった。
天使とゴーレムを殲滅させれば残るのは魔人たちだけとなる。その魔人たちもヴァンエディオによって大半は討たれている。使い物にならないマルネロを置いといても、残るヴァンエディオ、エネギオスそしてスタシアナとエリンだけで対処が可能だった。
しかし、とエリンは思う。マルネロを始めとして彼らの強さは常識を逸していると改めてエリンは思った。
天使である自分やスタシアナは同格の上位種として魔人や天使と相対することができるとしても、マルネロたちは言ってしまえば下位種の魔族でしかないのだ。
それなのに天使や魔人たちと互角どころか寧ろ遥かに圧倒している。普通に考えればあり得ない話のはずだった。
床を見つめてうーんと考え込んだエリンだったが、不意に顔を上げた。
……分からないことは考えても分からなくてよ。
エリンはどこかで聞いたことがあるような台詞を心の中で呟くと、スタシアナに視線を向けた。




