トルネオのくせに
「精神の移管とやらが行われたら、移管先に元からある本人の精神はどうなるんだ?」
クアトロにしてみれば、それは当然の疑問だった。
「残念ながら消滅しますね。つまりは、その者に死が訪れるということです」
トルネオがあっさりと断言する。
アストリアに移管とやらが行われたなら、それは外側の姿形が同じでもアストリアではなくなるということだ。
ならば、自分がやることは同じだとクアトロは思う。これまでと変わることなく、その移管とやらを全力で否定するだけだ。
「もう一ついいか? 人族や魔族に精神を移管したあと、その旧世界の連中はどうするつもりなんだ? この世の王にでもなるつもりか?」
「王のように、その姿を見せることは望まないでしょうね。彼らは己が神として、この世界を適切に管理したいだけです。彼らが言う管理とは何なのか。そこは意見が分かれるところなのですが……」
適切に管理。
穏やかな言葉ではないなとクアトロは思う。
「それに、彼らは移管先の寿命がくる前に、また次の移管先を見つけなければなりません。再び劣化のない不死を望むのであれば、永遠にその繰り返しです。この世の支配者だと威張っている暇はないでしょうね。何せ人族や魔族の寿命は百年もないですから。因果な話です」
「移管先が見つからなければどうなる?」
「あのクロエさんのように、それが見つかるまで眠る他にありません。肉体が滅びれば精神だって滅びますので」
「気の長い話だ」
それが率直なクアトロの感想だった。
それにそこまでして、不死を望むものなのだろうかとの疑問もある。
「神となった我々は、滅びたくないのですよ。そう言う意味では、すでに精神が劣化していて、我々は病んでいるのかもしれませんね」
そう言いながら、クアトロの言葉にトルネオが静かに頷いて同意する。
「さて、無駄話はここまでのようですね。直に彼女が姿を現すかと。いま言ったような理由で、アストリア様が肉体的に傷つけられることは考えられません。その点は心配しなくても大丈夫です」
トルネオの言葉が終わる前に、目の前にある空間が歪み始める。周囲の空気が少し冷え込んだように感じられた。クアトロはごくりと唾を飲み込む。やがて姿を現したのはクロエと呼ばれたあの女性だった。
「貴様らがなぜここにいる? どうして、ここに来られた?」
クロエは明らかにそれと分かる怒気を放っていた。
「クロエさん、できれば穏便に済ませたいのですが。貴方の気持ちは分かります。ですが、あなた方の都合だけで、何も知らない魔族や人族を踏み台にするようなことは、残念ですけど私は受け入れられませんね……」
「おい、そこの気持ち悪い骸骨。さっきも訊いたがなぜ、貴様が私の名前を知っている? しかも、妙に上から目線だな」
「き、気持ち悪い……」
クアトロが横目でトルネオを見ると、クロエの言葉に対して明らかに衝撃を受けているようだった。その証拠にトルネオは顎が外れたかのように、あんぐりと口を開けている。
いちいちそんなことで、何度も衝撃を受けるな。
面倒臭い奴め。
クアトロは心の中で舌打ちをする。そもそも骸骨なのだから、見た目が気持ち悪いと思うことは正しい見方だ。
そのようなトルネオは放っておくことにして、クアトロは口を開いた。
「貴様、アストリアはどこだ?」
「魔族ごときに答える義務はない。ただ、あれは私の大切な器だからな。傷ひとつ付けるつもりはないぞ」
「貴様! 人の大切なものを器呼ばわりするな!」
瞬時に距離を詰めたクアトロは長剣を真上からクロエに向かって振り下ろした。
しかし、いとも簡単に防御壁によって長剣は弾かれる。
「何を怒っているのかは知らないが、魔族ごときが創造主の私に歯向かうのか? 馬鹿なことを。それよりも、ここにはいない仲間を心配しなくていいのか? あそこには守護者がいるぞ? あの時はなぜか発動しなかったが、どうやらようやく発動し始めたようだ……」
クロエは左右の口角を上げて微笑んでみせた。
嫌な笑い方だった。
それを見たクアトロの背筋に一瞬、悪寒が走ったのだった。
「むきーっ。トルネオ、トルネオのくせに、ぼくたちを置いていきましたね!」
トルネオがクアトロと魔法での転移を行ったあと、自分が置いていかれたことを知ったスタシアナが、見事なまでにぷんすかと怒っている。そんな怒りに同調してなのか、背中にある漆黒の翼も小刻みに揺れている。
しかし、そうはいってもトルネオでもこれだけの人数を同時に魔法で転移させるのは無理なのだろうとマルネロは思う。でも、エネギオスかヴァンエディオぐらいは連れて行ってほしかったとも思っていた。
クアトロの常人離れした強さは、身近にいる者として十分に知ってはいたが、一緒にいるのがあの面白骸骨だけでは何とも心許ない。
何せ相手は神や魔神と呼ばれる最上位の存在なのだ。神や魔神がどれほどの戦闘能力を有しているのかは知る由もないのだが、天使や魔人の上位存在であれば推して知るべしといったところなのだろう。
妙な感じで事情に精通しているようだったとはいえ、そのような相手にあの面白骸骨がどれだけ役に立つのだろうか。




