旧世界
「トルネオ!」
クアトロはトルネオの名を叫びながら視線を向けると、トルネオはまだ顎が外れたように口を大きく開いて、ぷるぷると震えている。
「トルネオ、冗談も大概にしろ! 追えるか?」
「は、はあ……まあ……ですが、気持ち悪いって言われましたし、何かわたしのことも分からないみたいで……」
クアトロの怒声を聞いてもトルネオはどこか不貞腐れ気味だった。
すると、背後からスタシアナがトルネオの頭をぽかりと叩いた。
「トルネオ、あまりふざけていると、ぼくがびよーんってするんですよー。早く追いかけるんですよ!」
スタシアナもいつになく真剣な顔を見せていた。
「はいはい、分かりましたよ。脅して言うことを聞かせるなんて、初めて会った時と全然変わっていないじゃないですか。折角、さっきは皆さんのことを褒めてあげたのに……」
トルネオは尚もぶつぶつとそんなことを言いながら、クアトロに視線を向けた。
「ではクアトロ様、行きましょうか。大丈夫です。アストリア様はまだ無事ですよ。精神の移管には時間がかかりますからね……」
トルネオの言葉と共に二人は転移の青白い光に包まれたのだった。
「ここは?」
クアトロが呟くように言う。クアトロの視界には見渡す限りの草原の中に、ぽつんと四角い形の白い建物があった。
「クアトロ様たちが天上と言っている場所ですね。そこの一角にある天使すらも入っては来られない場所です」
トルネオの淀みない答えにクアトロは改めてトルネオの顔を見た。
「トルネオ、お前は何者だ?」
「不死者の王……という答えを求めてはいませんかね」
「やはり、神や魔神とやらと同じ存在なのか?」
「クアトロ様は変なところが何気に鋭いですよね。いつもはただの変態ろりこん大魔王なのですが……」
トルネオは否定も肯定もせずに短い笑い声を上げると言葉を続けた。
「魔族や人族がこの地に生み出される前の世界。仮にその世界を旧世界と呼びましょうか。わたしたちは旧世界の十三名しかいない生き残りなのですよ」
淡々と語るトルネオの言葉を聞きながら、わたしたちということはトルネオもやはり神とやらと同じということなのかとクアトロは思う。
「旧世界の生き残りであるわたしたち十三名は、この地に再び自分たちの世界を築こうとしました。ですが、残された十三名だけではかつての繁栄を取り戻せるはずもなく、わたしたちは旧世界に模した新世界を作ってその支配者、神となることを目指しました」
「その旧世界に模した新世界とやらが、今の人族や魔族の世界ということか?」
トルネオが黙って頷いた。
「新たに作った新世界の神となるために、わたしたちは不遜にも不死を望んだのです。そして、精神を移管することでその不死を適えようとしました。移管先は己の精神を持たないクローン。ですが、クローンへの精神移管には問題がありました。当初は分からなかったのですが、それを繰り返すとその度に元の原型から己の精神が徐々に異なってしまっていくことが二百年前に判明したのです」
「ならば、そんなよく分からない面倒なことをしないで、皆がお前みたいな不死者になればいいのでは?」
「……まあ、わたしが不死者になったのは別の理由ですが、こんな姿形での不死は嫌なんでしょうね。あの人たちの美意識が許さないんでしょう? だってさっきもわたし、気持ち悪いって言われましたし……」
トルネオは先程の気持ち悪い骸骨と言われたことをまだ根に持っているようだった。
「ですので、旧世界の生き残りたちは精神の移管を自分たちのクローンではなくて、それに適した人族や魔族に行うことが急務だったりするわけです。移管先がクローンでさえなければ精神の劣化が起こらないので。ですが、そんなに都合よく適した人族や魔族がいるはずもないですからね。そして、ようやく適合したのがアストリア様なのでしょう」
その精神の移管とやらに運悪く適合してしまったのがアストリア。そのことだけはクアトロにも理解できた。他はよく分からない言葉もあって正直、何のことだかといった感じのクアトロだった。




