覚醒
「そうですね。申しわけありません。変なことを訊いてしまいましたね」
謝辞を述べるアストリアの頭にクアトロは片手を優しく置いた。いくら平気な顔をしていても、当事者としては不安なことだらけなのだろうとクアトロは思う。
急に手を置かれたので、アストリアが少しびっくりしたような顔をしてみせた。
驚いた顔も可愛い……。
そんなことを思っていたら、クアトロの脇腹を突っつく小さな指があった。
「何をそんな小娘に見惚れていて?」
エリンだった……。
エリンの方が見た目はもっと小娘なのではないだろうか。
「見惚れるのもいいけれど、いい加減にしておかないと、そこのおっ化けが嫉妬の炎でクアトロのことを燃やしてしまってよ」
「はあ? エリン、何を言ってんの? 私は別にどうだって……」
なぜかそう言いながら、マルネロが急に赤くなってしまう。
急に話を振られたからか、それとも少しここが暑いのだろうか。
「ほ、ほら! そんなことより、何か蓋みたいのが開くわよ!」
クアトロがそんなことを考えていると、マルネロが慌てたように言いながら指差した。マルネロが言ったように、透明の蓋が静かに開き始めた。開いた隙間からは僅かに煙のようなものが出てくる。
「エネギオス、俺たちも近くに行くぞ」
クアトロはエネギオスを促して、トルネオと寝台のようなものに近づいた。トルネオは背後を少し振り返ったものの、近づくクアトロたちを咎めようとはしない。
危険はないということなのだろう。
トルネオの横に立って、クアトロは寝台のようなものを改めて覗き込んだ。横たわっている女性の目はまだ閉じられていたが、先程とは違ってまぶたが痙攣するように動き始めていた。
「もう、目覚めますかね」
そんなトルネオの言葉に合わせるように女性の瞼がゆっくりと持ち上がった。自分を上から覗き込むクアトロたちに、目覚めた女性は焦点が合っていないような黒色の瞳を向けている。
「お目覚めでしょうか……」
トルネオの言葉に返事をすることなく、女性はゆっくりと上半身を起こした。そして、自分を覗き込んでいたクアトロたちを怪訝な顔でゆっくりと見渡す。
「貴様らは……誰だ? どうやら、天使ではないようだが」
「お前が……神とやらなのか?」
クアトロが問いかけると、女性は眉間に僅かな皺を寄せた。
「質問をしているのはこちらだ。貴様らは何者だ?」
苛立つ様子をみせた女性にトルネオが口を開いた。
「お久しぶりですね、クロエさん。お目覚めはいかがでしょうか?」
女性はトルネオに視線を向けると、骸骨というその容貌のためなのだろう。一瞬だけ言葉を飲み込む素振りをみせた。
「何……だ? この気持ち悪い骸骨は? おい、骸骨、なぜ私の名前を知っている?」
「へ……?」
トルネオは顎が外れたかのように大きく口を開けた。
「それにその赤い瞳、貴様ら魔族だな。なぜ、魔族がここにいる? 天使どもはどうした?」
クロエと呼ばれた女性はクアトロに視線を向ける。次いでその背後にも視線を向けた。
「そこの人族は……ふむ、そこの天使が連れてきたのか?」
クロエの黒い瞳はクアトロの背後にいるアストリアに向けられていた。
「貴様……」
嫌な感じだった。
クアトロがそれを咎めようとした時、クロエはすでに寝台の上にはいなかった。
油断したか!
クアトロは心の中で派手に舌打ちをする。
「ダース! エリン!」
クアトロが叫んだ時、すでにクロエはアストリアの前に立っていた。
瞬間的な転移魔法のようだった。
それを見て腰の長剣を抜き払ったダースと、防御魔法を展開しようとしたエリンが後方へ吹き飛ばされるのは同時だった。
次いでクロエはアストリアに手の平を向けた。その刹那、アストリアが膝から床に崩れ落ちてしまう。
一瞬、冷や汗を浮かべたクアトロだったが、アストリアの命に別状はないようだった。照射されたのは精神系の魔法なのだろう。
「貴様!」
クアトロの長剣とエネギオスの大剣が、それまでクロエがいたはずの空間を同時に斬り裂いた。
「くそっ! ろりろり姫ごと転移しやがった!」
エネギオスが舌打ちをする。




